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「ぶは!」
ヨナターンがレナートを見舞いに訪れてくれた。残念ながらレナートは深く眠っていて話せず、その代わりに私が毎日一緒に寝たいのと言ったら、盛大に吹かれた。
「で、殿下? 俺は何を聞かされてるんです?」
「だって、レナート様が、ヨナさんに説明をって!」
「ぶははは! なるほど、クックック」
ばしばしと自分の膝を叩きながら笑う海軍大将と、なぜか微笑ましい顔でこちらを見ているブルザーク帝国の軍人たちに、私は戸惑いを隠せない。
「おっほん。分かりました」
「え! 良いの!?」
「良いも何も……あー、ちょっと後でレナート殿と話します」
「叱らないで。私がお願いしたの」
「大丈夫ですよ。事情はヤンからも聞いてます」
「うん……斬首案件て言ってた」
「ぶっ」
ごん!
「ってえ!」
「えっ!?」
音と声に驚いて振り向くと、アルカイックスマイルで拳を握りしめるオリヴェルと、頭を抱えてしゃがんでいるヤン。
「お気になさらず」
そう言うオリヴェルの笑顔がなんか、怖い!
「ん、……ん?」
「うお、起こしちまったか」
「! これ、は、閣下……わざわざすみませ……」
目覚めたレナートが、上体を起こす。
その様子を見て、かなり力が戻ってきたのは分かった。
「いい、いい! 寝てろ!」
「いえ。オリヴェル殿のお陰ですっかり良くなりました。ありがとうございました」
「そうかぁ? まあ、顔色は良くなったな。包帯も取れたな。うん」
「閣下、それ完全にお父さんのやつっすよ」
ごん!
「あいたあ!」
ヤン、涙目!
今度は私、思いっきり笑っちゃった。
すると、控えめなノック音がした。
「はい?」
ささ、とオリヴェルが扉を開けてくれ――
「レナート!」
起きているレナートを見て、涙目(こちらは、感動の方)の銀狐が走ってきた。
「ロラン」
「ああ、起きれたんだね、良かった……心配したよ」
「もう大丈夫だ」
「良かった! そのガーゼ、痛々しいけどね!」
「そうか?」
包帯の代わりに、頬にはまだガーゼを貼られている。
「ロランが来たならちょうど良い。レナートが倒れた後のことを話したいのだが、大丈夫か」
「! 是非お願いしたい」
ベッドの側にヨナターンが座り、その両隣にロラン、そしてボジェクが立つ。
私はヤンとオリヴェルと一緒に、三人掛けソファに腰かけた。少し遠いけれど、話し声は問題なく聞こえてきてホッとする。
「まず、酸をかけられたクレイグは……今朝死んだ」
「そうですか」
「色々聞き出したかったんだけどなあ。だめだった」
それから、ヨナターンが話してくれたのは。
メレランド国王シミオンは、自分の左手にも毒を受けて、失った。痛みからかなんなのか、それ以降は「余は悪くない! 兄者が悪い!」しか話さなくなったのだそうだ。まるでこどものようだぞ、とヨナターンが溜息をつき、ロランも同意するように頷く。
仕方がないので、アルソス王宮の奥で幽閉することになったそうだ。
王妃はもともとアルソス国王を慕っていたのに、シミオンに見初められて無理矢理嫁がされたらしい。物静かな人で、王女を連れて修道院へ行きたいと言っているそうだ。王女のことも、父親に似ているので全く愛せず、放置してしまっていた。こうなった以上、親としての責任を取りたいと申し出たというのが、切ない。
ちなみに王女はぎゃあぎゃあ騒いでいるので、自室に監禁しているのだとか。
メレランドは、国王の病を理由に、一時アルソス王太子ナルシスの直轄領になる(書類上、もうなったらしい)。
賭け事によって背負わされた王国民の借金については、地方の屯所へ届け出れば不問とする。不正に騎士となった人間たちは、レナートと私がまとめた名簿を精査の上、適宜解雇。その代わり、一定期間の生活保障金を支給する。
職人たちへの支払いは、請求に基づいてアルソス王国が補填。
などなど、アルソス国王が予め準備していたであろう通達を、王宮役人たちが次々とさばいているところなのだそう。
落ち着いたら、適した領主を見つけて割譲するか、下賜するかになるそうだ。
首謀である国王とクレイグがこうなった以上、事の真相を知っているのはボイドのみ。
だが、騎士団管轄の牢獄に収監されている彼は、未だ沈黙を貫いている。レナートの体調が回復次第、改めて聴取することになっているそうだ。
「だからまあ、帝国としては不完全燃焼だなあ~」
ヨナターンが伸びをしながら言うと
「そうでしょうね」
レナートが同意する。
「これ以上は越権行為すぎんぜえ」
「ですが、その方が良い。アルソスのためにも、メレランドのためにも。帝国が来て牛耳り、王国が直轄領になったなどとは」
「……民の矜持が許さねえよな。分かる。ま、その代わりきっちり取り立てしていくぜ?」
ヨナターンが唐突に振り返って、私にぱちり! と盛大なウインクをした。
――ぞぞぞぞ!




