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「ヨナさん、そういえば部下の皆さんは……」
「勝手に宿屋に入っているから心配するな」
海軍大将というからには、ぞろぞろと部下を引き連れて動きそうなのに? と聞いたら
「単独行動が多いから、皆それに慣れている」
だって。ちなみに前の海軍大将はぞろぞろ、ぞろぞろ、どこ行くにも大人数で鬱陶しかったんだとか。
そして、いざタウンハウスに来た時の、メイドのアメリの驚きっぷりは申し訳なかった。
「てて帝国! かかかいぐん、たたたたいしょう!?」
「気にするな。漁師と思ってくれていい」
「「いやいや」」
ヤンと二人ですぐつっこんじゃった。
でもヤンが気安く接しているから、アメリも安心したみたい。
ロランも、ヨナターンがいる間はタウンハウスにいると言ってくれた。
「僕ほら、どうせ一人暮らしだし」
「え? なら最初からみんなで住めば良かったですね」
「うっ……いやそれはその……」
なぜかロランがちらりとレナートを見て、レナートが
「遠慮したのだろう」
だって。
「そうですか……今日から一緒で嬉しいです!」
「うん。ありがとうね」
ヤンが買い物に付き添ってくれて、アメリと一緒に夕食を作って、順番にお風呂に入って――
私、こんなにたくさんの人と一緒に生活したのって初めてだ。賑やかで、楽しいね!
キッチンで、そんな余韻を楽しみながら、いつも通り一人でナイトティーを用意していたら、
「キーラ」
レナートがやってきた。
「はい?」
「その……」
「今日のナイトティーは、遅摘みっていって、まろやかなお味なんですって」
「……」
「なにか?」
レナートは眉尻を下げて、何か言うのを躊躇っている。
「キーラ。今夜からだが」
あ、これ、断られるやつだ。
「一緒はもう駄目なんですか? なぜ?」
反射的に言っちゃった。
私の悪いところだよね。
「キーラは、皇帝陛下の妹君なのだ」
「私自身は、なんにも変わってないのに!」
「聞いてくれ。もし誰かに知られたら、キーラの外聞が悪くなってしまう。それは……将来のために良くない」
「っ! なんですかそれ!」
「キーラ、頼むから話を」
知らない! 関係ない!
私は、あなたと!
――でも、駄目なのね?
「もういいです。ひとりで寝ますから」
「まっ!」
「団長なんて、大っ嫌いっ!」
顔も見ず、逃げるようにキッチンを出る。腰が、作業台にあたってガシャン! と茶器が鳴った。
片づけなくて、ごめんなさい。明日、ちゃんと片づけるから。
ごめんなさい。レナート。八つ当たり。ごめんなさい。
私だって、ただ『皇帝の妹』ってだけで迎えに来てくれるだなんて、思っていないよ。そんなバカじゃない。
『利用価値』がないといけないことぐらい、分かってる。そのためには、身綺麗でいなくちゃってことなんだよね?
ヨナターンにも、リマニで聞かれたものね。今までに恋人はいたか? って。
ごめんなさい……ちゃんと、分かっているから。
一人で入るベッドのシーツは、びっくりするぐらい冷たくて。
手を伸ばしても、あの安心する温もりがなくて。
一晩中、全然、寝られなかった。
◇ ◇ ◇
「うーわあ。なかなか酷い顔だね」
ダイニングで優雅にお茶を飲んでいる、麗しの銀狐の存在自体が、まぶしい。
銀髪に朝日が反射して、目に刺さる。痛い。
「うっ、おはようございます、ロラン様」
「おはよう。もしかしてレナートと寝られなかった?」
「……」
「ほんとクソ真面目だよね。レナートも酷い顔で出かけたよ」
「え」
「あのね。おこちゃまキーラちゃん」
「ちょ!」
「苦しいのが自分だけって、思わない方がいいよ」
「……わかってます」
「そう? 二人の問題なんだからね」
「ふたりの?」
ロランは、優雅にティーカップを傾ける。
「そうだよ。あの堅物で、自分の欲とか何にも表に出さない男の気持ちもね。問題だよね」
「!」
私、レナートの気持ち、考えてなかった。話、一方的に遮っちゃった。
そんなんじゃ、とても好きになってもらえないよね……。バカだな。
「ちゃんと話しなよ」
「……むり。こわい」
「ええ? いつも喧嘩売りまくりなのに?」
「売ってません!」
「んじゃあ、レナートに何言ったのさ」
私は躊躇った後に、大っ嫌い、と八つ当たりしたことを説明した。
「うっげ!」
「あ、ヤンさん」
「おはよっす。まさかそれ、団長に言った?」
こくん。
「まじかー」
「はは、一言で見事にレナートの致命傷。さすが血塗られた皇帝の妹だね」
「血塗られた皇帝?」
何その通り名みたいなの! すっごい怖いんだけど!
「皇帝位を簒奪するために、自身の血のつながった兄弟五人を全員斬首したんだよ。帝国から離脱しようとした小国の有力者ども、もろとも、ね」
すらすら言うロランに、ヤンがわたわたと慌てる。
「もー、それ、会う前から印象最悪になるやつじゃないすかー」
「だって事実だし」
血塗られた兄! 恐ろしすぎる!
「あの、ブルザーク帝国って、どのぐらい広いんでしょう?」
そういえば、私、帝国のこと何にも知らないって気づいた。
「そっか、記憶が……なら、教えるのに適した先輩が来てるんで、あとで紹介するっすよ」
ヤンが、にっこり笑う。
「ほんと?」
「ええ。帰国するしないは、色々知ってからの方がって、自分も思うんで」
「ありがと、ヤンさん!」
自分の国のことを勉強できるのは、単純に嬉しい!
「レナートと、先に話した方が良いと思うんだけどねー」
ってロランがつぶやいたけれど、私の耳には入っていなかった。




