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「まあ、あと二十日はここに留まる。その間に結論を出して欲しい」
ヨナターンが立ち上がって、私の頭を撫でながら言う。
「結論?」
「そうだ。帝国に帰るか、ここに残るか」
「!」
絶句。言葉が出ない。それってきっと、また私の人生における重大な決断に違いない。
「団長……」
思わずレナートを振り返ったら、眉間に深いしわができたいつもの顔で、私のことを見上げていた。
少し潤んだ、深い青の瞳が何度か瞬いてから
「キーラが、決めていいんだ」
と優しく言った。
切ない。私が今欲しい言葉は、それじゃない。
「今すぐは無理だろう? まだ二十日ある。ゆっくり考えればいい」
レナートは、あくまでも優しい。でも、それじゃないの。
「そうだぞ。二十日でメレランドを叩きのめすから、その間に決めてくれ」
「ヨナさん!? あ、戦争、する……?」
「しねえよっ、くそめんどくせえ」
荒い言葉でどかり、とソファに身を投げ出すのは、本当に海軍大将なのだろうか。
マント、しわになっちゃうよ?
「めんどくせえ?」
「こんな小国取ったところでなんの利益もねえ。仮に、次はアルソス潰すってなったら、補給線の確保がめんど……ごほん」
「じゃあなんで、助けに?」
「そりゃ、借りを返しにさ」
「借り?」
「あのな。大帝国皇帝陛下の妹君を無事引き渡すってえのは、だいぶ借りなわけ」
――ひょええ。
「きっちり返して、あとは知らん」
「すっごい納得」
「だろお? アルソスはその辺わかってて、俺らを利用してるわけ」
「すごーい、高度な政治」
「お? さすが陛下の妹君。賢いな」
「でも……記憶がないの」
「読み書きと計算は得意だろう? 陛下が直接教えたんだから、そりゃそうさ」
「え!?」
「どうだ、会いたくなったか?」
――正直、少しだけね!
コンコン、コンコン。
すると突如として、けたたましいノック音が鳴り響く。
「誰だ」
レナートが声を掛けると、
「ヤンです!」
と元気な声が。そして部屋に入ってくるなり、
「ああああ! やーっと見つけたあああああ! もおおお、どこにいるのかと」
膝から崩れ落ちた。髪の毛ぐしゃぐしゃ。額には汗が。走り回って探してくれたんだと分かる。
「ご苦労」
「うわー、閣下ってば、三文字で終わらす! いいっすけどね!」
「? 四文字だろう?」
「団長! 真面目だ! ああもう! そっすね!」
「ヤンさん……ブルザークの人だったんですね」
「うぐう」
「わたしのため?」
「うー、まー、そーねー」
床に膝を突いたまま、髪をぱぱ、と整えてヤンはにかっと笑う。
「じゃじゃ馬姫を、護衛にね!」
「じゃじゃ馬姫って、私!?」
「だって、喧嘩売りまくりなんだもんよー。じゃなかった、えっと売りまくって差し上げすぎ?」
「なにそれ!」
ヤンは、リマニから馬を飛ばして馬車を追い越し、先に王都入りしてくれたのだとか。
途中でロランにもちゃんと面通ししてたって。いつの間に! 私の前では完全に初対面だったよ!
「この人が! まっじでこき使うわけよ!」
ヤンがヨナターンを睨むけれど、
「いや、アレクセイ閣下よりマシだろ?」
しれっと返される。
「はいはい! そっすね! あざっす!」
「アレクセイって?」
「「陸軍大将」」
――ひえええ! もうお名前からして強そう! あ、そういえば。
「あの私、国王陛下から縛り首って言われたんですけど、それはもう平気ですか?」
「あ?」
「ああ、そのことなら気にするな」
「おい? レナート殿、それはどういうことか」
「その、キーラは、なんというか……うっかりぽろっと本音が出てしまう時がありまして」
ヨナターンがぽかんとする代わりに
「はいはい! わかります!」
ヤンがものすごい勢いで頷いた。
「少しその、メレランド国王の気に障ることを……」
「な、るほど。あー、キーラ?」
「はい」
「気をつけような」
「はひ……」
「さて。こんなんで王宮泊まるとか、憂鬱だな」
ヨナターンが、頭をがりがりかいた。
それはそうだろう。思いっきり喧嘩売ってるわけだし。
私は、ちらりとレナートを見る。
「キーラの好きにしていい」
今度は、欲しい言葉が返ってきたことに安堵する。
「はい! ありがとうございます! ヨナさん、家に泊まってください」
「あ?」
「レナート様とヤンさんと、三人で一緒に住んでいるんです。お部屋はありますから!」
「いっしょ、て」
「ぎょわああああバレたあああ」
「おい、ヤン、こら」
なんか分からないけど、怒られそう! 助けなくちゃ!
「ね、ヨナさん! 何食べたいですか?」
「んあ?」
「お夕食! 作りますよ!」
「キーラが?」
「はい! いつも」
「いつもぉ?」
ぎりぎりぎりぎり、とヨナターンがヤンを睨みつける。
「いやだってえ! あくまでもメイドだって言うからあ!」
ヤン、半泣きだ。
あんなにかっこよくボイドをやっつけた人と、同一人物とは思えない。
――ごめん、助けられなかったね。
「いいなあ。楽しそう」
ロランがぽつりと言うので
「ロラン様も、どうぞ?」
と誘ったら、すごく嬉しそうに笑って
「やったあ! ねね、せっかくいとこだって分かったしさ。呼び方、兄さまとかでもいいよ!」
だって。
「ロラン兄さま?」
「うわあ! 想像以上! めちゃくちゃ嬉しいな!」
「ふふ! 私も嬉しいです!」
私、天涯孤独じゃなかった。
いとこって、親戚だよね! 嬉しい! 嬉しい!!
なんて思っていたら、ロランが
「うん。もうひとりじゃないよ。……やっと言えた」
ってすごく優しくぎゅーっと抱きしめてくれて、幸せだった。
――レナートとヨナターンが、ものすごくロランを睨んでいたけど、なんでかなあ。
お読みいただき、ありがとうございました!
「ご苦労」
三文字→ごくろー、つまり雑
四文字→ごくろう、つまりきっちり
※ヤンの見解です。
ロランがキーラを抱きしめているのを見て:
レナート→羨ましい(嫉妬)
ヨナターン→おま、陛下の妹君に何してくれとんねん!
でした。
ロランは皇帝と血縁関係はありませんが、キーラの従兄ということを尊重して、ヨナターンは自分と同等ぐらいに扱っています。
ちなみに皇帝の娘であれば皇女、妻であれば皇妃ですが、妹は皇妹?
調べたところ一般的な呼称ではなさそうですので、単純に殿下、としたいと思います。
引き続き、お楽しみ頂けましたら幸いですm(__)m




