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王宮内の、外部との接見によく使われるという部屋に通された。
メイドや侍従たちが、ぎょっとした顔をして迎えたのを、ロランが笑顔で
「密談である。決して近寄らぬように」
と人払いしてくれた。
ソファに座るヨナターンの向かいに促されて、レナートと私が並んで腰かける。
ロランは、ヨナターンの脇に立ったまま。
「さて、改めて。ブルザーク帝国海軍大将、ヨナターン・バサロフ。レナート殿に心から感謝申し上げたい」
「レナート・ジュスタ、メレランド王国騎士団長にございます。当然のことをしたまでで、礼には及びません」
「貴殿とロランがいなかったら、到底殿下は、無事ではおられなかっただろう」
「もったいなきお言葉です」
――レナートが優しかったのは、私が……皇帝の妹だったから?
「ね、いつ? いつから知ってたのですか?」
あ、だめだ。
泣いちゃいそう。
「……」
言葉に詰まるレナートの代わりに、ロランが静かに言った。
「キーラ殿下。機密文書のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「ロラン様、その口調やめてください! 前と同じにして!」
「そりゃあそうだよな。レナート殿もロランも、無礼は問わんから、力を抜いてくれ」
「「は」」
そういえば、あの機密文書を見た時のレナートは、とても悲しそうだった。
「あれは、なに?」
「僕が説明するよ。キーラの腕輪、預かっていたでしょう? 実は、帝国に送って照会したんだ。あれは、その回答書だった」
「え!」
「勝手にごめんね。でも」
ロランがちらり、とヨナターンを見下ろすと、肩をすくめながら教えてくれた。
「赤い大きな宝石が入っていただろう? あれは『皇帝の赤』と呼ばれる、大変希少なルビーなのだ。しかも、腕輪は陛下の銘入り」
「陛下の……銘入り?」
「ああ。キーラ、とは『ラドスラフの大事なもの』という意味で名付けられた」
「ラドスラフ?」
「我が皇帝陛下のお名前だ。幼い妹君を、大層可愛がっておられた」
――それからヨナターンが語ったことは。
年の離れた妹が、母親違いで生まれた。
跡継ぎになる皇子を希望していたのに女だったから、母親は見事に育児放棄。
当時皇子で、たまたま同じ場所に住んでいた現皇帝が不憫に思い、乳母の協力を得ながら、勝手に名付けて面倒を見ていたのだそうだ。
前皇帝が亡くなると、後継争いで激しい内戦が起き、母親は殺された。十歳になったばかりの私ですら暗殺の憂き目に遭い、混乱の最中で行方不明になってしまった。
手掛かりは、髪と目の色と、皇帝が贈った腕輪だけ。
現皇帝が即位してようやく内政が落ち着いて、帝国内はもちろん貿易相手の各国へも商人を送り込み、同じ色の同じ年頃の娘がいると聞けば、確かめさせていたということだった。
「奇跡的に見つかったんだよ……無事で本当に良かった。八年も探せずに申し訳なかった」
「はち、ねん」
年齢、合ってたんだね。良かった。
「僕のせいなんだ。辛い思いをさせて、本当にごめん」
「ロラン?」
「僕の……せいで……」
ヨナターンがソファから手を伸ばして、ロランの背中を優しく撫でる。
「キーラの母親は、ロランの叔母にあたるのだ」
「おば?」
「そう。僕の母親の妹が、帝国皇帝の側妃として無理矢理嫁がされた、キーラの母親。つまり、僕らはいとこだね。ほら、目の色一緒でしょ?」
――翠がかった、碧眼。言われてみれば、同じ色!
「僕とビゼー伯爵家との仲がこじれにこじれて、家の中が荒れ狂っていた。ちょうどその時に帝国から届いた捜索願が、見過ごされてしまったんだ」
しゅんとするロランを、責める気は全く起こらない。
伯爵家にはたくさんの書類が届くだろうし、心が別のことに囚われていたなら、見過ごされることもある。
ヨナターンが、
「母親と縁のある土地を、もう一度くまなく探そうとしていたところに、今回の戦争の話だ。ついでに乗り込んでやろうと思って、何度か下見で訪れていたら、ロランが探し回ってくれていて、知り合ったんだ。で、小さな港町に目立つ赤い髪の子がいると聞いて、キーラを見に二人であの食堂へ行った。まさかその場で泥棒扱いされるとは思わなくて、驚いたけどな」
と補足して笑う。
そりゃそうだ! 私だって驚いたし!
「僕たちは間違いないって確信していたんだけど、なにせ皇帝の妹だからね。腕輪を本国に送って照会しないといけないし、安全なところに連れていきたくてさ」
うわ! 全部ロランの作戦だったのね!
「策士! 詐欺師! 銀狐!」
「えっと、褒めてる?」
「褒めてない! 返して!」
「ん?」
「腕輪!」
ソファから立ち上がってロランに詰め寄ると、
「あーそれがな……」
なぜかヨナターンが言いづらそうに、頭をかいた。
「陛下が持ってる」
「は?」
「陛下。キーラに会って、直接渡したいってさ」
――うっそ!
「うっそおおおおお!」




