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「お久しぶりです、キーラ殿下」
「おひさし……殿下?」
ロランが畏まって
「こちらはブルザーク帝国海軍大将、ヨナターン・バザロフ閣下であらせられます」
と紹介をすると、ヨナターンは
「いかにも、海軍大将ヨナターンである。突然の訪問、無粋であったか?」
と目線を国王に向けた。
「ひっ、いやその」
「取込み中のようだな。出直すか? ヤン」
「はっ」
ヤンが、ビシッとヨナターンへ、踵を鳴らした騎士礼をする。その礼は、ヨナターンと同じで、メレランドのものとは違っている。
「任務ご苦労」
「ありがたきお言葉」
「ヤンさん……?」
私が疑問に思っている間に、ヤンは
「閣下。誠に言い難いことではございますが、こちらの輩が、我がキーラ殿下に暴力を振るったため、排除いたしたところであります」
と廊下に突っ伏しているボイドを手で示した。
「なんだと! どういうことか、説明を願う!」
鬼気迫るヨナターンに対して、
「えっ? いやその! その方こそ、どどどどういうことだ!」
開き直れるメレランド国王。ある意味尊敬する。あ、図太さは遺伝か。
はあ、と大げさに息を吐いてからヨナターンは
「そちらにおわすキーラ殿下は、我がブルザーク帝国皇帝陛下の、妹君であらせられるのだ」
と言い切った。
「へはっ!?」
「行方不明でずっと探していた。ようやく見つかったとの知らせで迎えに来てみれば……なんたることか!」
え? 皇帝……妹? え? 私が!?
「えっ、ちょちょ、ヨナさん! じゃない、えっと閣下?」
「殿下、どうぞヨナと」
「いやいやヨナさん! えっと、ぜんぜん! わからないんですけど!」
物事が次から次へと起きすぎて、とても受け止めきれない!
眉尻を下げるヨナターンの代わりに、
「陛下、殿下。明日、アルソス国王陛下がこちらにいらっしゃるとのことです」
ロランが、淡々と言う。
「その時、全てをお聞きになると。どうかそれまで陛下は、お部屋にてゆっくり休まれてください。ただし逃げようなどとはお考えにならぬ方が賢明。陸にはアルソス騎士団、海にはブルザーク帝国軍がおりますゆえ」
がくり、と国王が床に膝を突き、逃げ出そうとしたクレイグは
「甘いっすよ」
ヤンが足を引っかけて転ばせ、味方であったはずの二番隊の騎士たちがその身柄を取り押さえた。
「これこそ、詐欺師であり、売国奴である。即座に収監せよ」
冷え冷えとしたレナートのその発言で、騎士たちは怒りの矛先を全てクレイグへと向けた。
私は茫然としたまま、レナートの騎士服の裾を握りしめていたけれど、
「キーラ……殿下」
と呼ばれてしまったので、思わずその手を――離した。
◇ ◇ ◇
「さあ、まいりましょう」
ヨナターンに促されても、足が全く動かせない。
「せっかくの再会です。積もる話もあり、できれば殿下のお時間を賜りたく。よろしいか、レナート殿」
「はっ」
「貴殿が同席すれば、殿下も安心されよう」
「喜んで」
床にへたりこんでいた国王を、役人のようなおじさんが支えて立たせて、どこかへ連れていく。
気絶したままのボイドは、どうする? と思ったら、ヤンと目が合った。
「あー、閣下。自分はこいつを収監してからいきます」
「わかった。殿下への手出し、本国なら斬首だが――」
「ざ、んしゅ?」
恐る恐るヨナターンを振り返ると
「ええ。例えわずかでも、皇帝のものに危害を加えた者は、即刻首を撥ねられます」
と教えられた。
「そうなんですか」
あ! もしかして、頬を叩いたのも、ざんしゅ?
私は、なにげなく王女の所在を目で探す。
「ひっ!」
――やっぱりまだいたのね。そして、びくっとするってことは、自覚あるっぽいね。
「どうなされた?」
ヨナターンの疑問に答えるのは
「お聞き苦しいと存じますが、そこのアネット王女殿下が、以前キーラ殿下の頬を叩かれたのです」
渋面のレナートだ。
――ここで言っちゃうのね! 相当怒ってたもんね!
「なにゆえそのような」
「あ! の! 私がちゃんと、お辞儀をしなくってそれで」
「は?」
ヨナターンが、心底意味が分からないというように、首を傾げる。
「閣下。僭越ながら、私はその場に同席しておりましたので申し上げます。キーラ殿下の行動になんら問題はございませんでした。突然のご訪問に驚かれただけです」
ロランが一歩進み出て言い、レナートが容赦なく畳みかけた。
「ですから――悪意からではと」
「ほう? ……それは、誠か?」
ぎろり! とヨナターンがアネットを睨むと、彼女は顔面蒼白になって、へなへなと床にへたりこんだ。
「あーとえっと。そうすると、もしかして?」
アネットとヨナターンを交互にちらちら見ると
「キーラ殿下のお望みであれば、この場で首を斬りましょう」
ヨナターンが言い、
「ひいっ!」
王女は短い悲鳴を上げて、お尻を引きずるように後ずさりする。
ざ、とヨナターンがつま先を王女に向けた。
海軍大将の剣は、たくさんの豪華な飾りがついて、キラキラ光っている。
その鍔元を握り、見せつけるように抜こうとすると――しゅわわわ、と音がして、絨毯が濃く染まっていく。
「いえ! いいです! そんなことで斬首なんて!」
「なんと。お心が広くてあらせられる」
カチィン! と大きく音を鳴らして、ヨナターンは刃をひっこめた。絶対、わざとだ。
「ふん。寛大な御心に感謝するんだな。では、参りましょう」
「はい」
好きな人の目の前で、粗相をしてしまったアネット。
ロランが、これでもかと侮蔑の視線を送っているけど、絶対わざとだ(二人して行動が似すぎじゃない? 仲良いから?)。
でもごめん。私、全然同情できないや。だって自分の行動が招いたことだもの。
――レナートにありがとうを言いたくて見上げたのに
「大丈夫です。お側におりますゆえ」
他人行儀に微笑まれたのが……とても寂しかった。
お読み頂き、ありがとうございました。
ついに、判明しました!




