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「レナート・ジュスタ騎士団長と、その専属事務官、到着!」
扉口で叫ばれ、足を踏み入れた『王の間』は、少し広いホールのような部屋だった。
五段の赤絨毯が敷かれた階段の上に置かれた椅子に、どっかりと座っているのが国王。舞踏会でも見かけた、でっぷりした金髪金髭のおじさん。
目が小さくて、どこを見ているのか分からないんだよね。王妃はいないみたい。
「残念だ、騎士団長」
レナートと二人で眼下に並ぶのを待てずに、いきなり話し始めた。その椅子の脇には、扇子で顔の半分を隠しているけれど、目が笑っているアネット王女が立って寄り添っている。
「まさか我が兄アルソス国王の信頼を裏切り、事務官と結託して私的に国庫を使用していたなどとは! 嘆かわしい!」
「事実無根にございます」
レナートはあくまで冷静。けれども、既に国王は激高していた。おかしいくらいに。
「だまれ!」
「証拠がどこに」
「だまれと言ったぞ! クレイグ!」
「ははーっ」
大げさに礼をしてから出てきたのが、クレイグ・オルグレン男爵。騎士団本部へ乗り込んできた財務院の役人で国庫管理人だ。
「間違いございません! そこの二人が、明日使用するマントの代金さえも使い込んで払えず、手配ができなかったのです!」
気弱そうなおじいさんを、無理矢理引っ張ってきて、発言しろと促す。
「こちらが、その職人です!」
「そ、そのとおりですじゃ」
――いや違うし。マント職人さん、若くて腕のいいお兄さんだったよ。
「茶番ですね」
「キーラ……」
しまった、思わず言っちゃった!
「あらあ! お金を盗んだだけじゃなく、陛下を侮辱するのねっ!」
扇をぱちん! と弾くような音を立てて閉じ、アネットが叫んだ。
「ぬぬぬぬ! なんと無礼な! 縛り首だあっ!」
――えっ。もしかして私、今、……人生終わっちゃったの?
ちらりとレナートを見上げると、眉をしかめたまま国王を睨んでいる。
前を見やると、怒りで顔を真っ赤にする国王と、その横で笑いを噛み殺している王女。
「キーラを縛り首にすると。そう仰いましたか」
低くて冷たい声が、王の間に響いた。
レナートの殺気で、全員押し黙る中、気炎を吐くのはクレイグだ。
「庇いだてするならばっ! 騎士団長、貴様も」
「黙れ。陛下に聞いている」
「ぐぬ」
「そうだ! 縛り首だ!」
「……確たる証左もなく、いたずらに人の命を奪うとは。嘆かわしい。真実茶番です」
「はん! そのような平民ごとき!」
――あそっか。平民の私には、生きる価値なんてないよね。
「……マントの手配ができなかったなどとは、事実無根。既に騎士団本部に納入済であり、その職人はニセモノである。よって事務官は無罪であると証明する」
クレイグが、大慌てで否定する。
「そんなわけはない! 世迷言を!」
「世迷言などではない。謀略でもって事務官を陥れようとしたのは、誰であるか」
ぎっ、とレナートは王女を睨んだ。さすがに怯んで、再び扇を開く。変な鳥の羽が付いている、どピンクのものだ。正直趣味悪い。
「黙れい!」
とただ叫ぶクレイグを、レナートは一瞥してから、王座に向き直る。
「陛下。このような蒙昧極まりない虚言をお許しになるのですか」
「陛下! このわたくしめは、嘘などついておりません!」
「クレイグは、嘘などつかぬ!」
「ではこの者のしたことを、罪とお認めにならない。そう仰るか」
「クレイグが罪など、犯すわけがない!」
「浅はかなご決断ですね」
「なん、だと! 余を……余を、愚弄するか!」
「愚弄ではなく、事実を申し上げている。キーラ」
「はい!」
「書類を」
「はい、こちらに」
鞄から取り出したのは、騎士団長室できちんと保管していた『写し』だ。
「ありがとう――これらは、ブルザーク帝国受け入れにあたって手配した品々の、経費申請の写し。確かに財務院に提出した」
レナートは、そう言いながら右手の書類の束を掲げた後
「がしかし! こちらは、職人たちから騎士団本部へ送られてきた督促状だ。代金を払えと!」
左手の束を掲げ、そして
「これは、一体どういうことなのだ! 財務院!」
とクレイグに詰め寄る。
「し、知らん! 騎士団が、盗ったからだろう!」
「おかしなことを言う。国庫から支払われるべき金だぞ? 所在の分からぬ金を、どう盗る」
「貴様あ! 盗人のくせにぃ! 陛下! こやつが全てを企み、盗んだ張本人ですぞ!」
クレイグが、唾を撒き散らしながら、レナートを指さす。
レナートはその行為へ、最大限の嫌悪感を返す。
「だから、国庫にある金を、どう盗るというんだ? 申請したのに、支払われていないのだぞ」
「職人どもと結託して、嘘を」
「嘘だと? 生活が困窮し、財務院を何度も訪れた職人たちを、貴様らはどう対応したのだ」
「知らん! 嘘をつくな!」
口角に泡を溜めて、否定の言葉を怒鳴り散らすクレイグに、レナートは――
「王宮の手前で、餓死寸前で倒れた者もいるのだぞ。貴族や役人は、民を救うためにいるのではないのか? 私腹を肥やし、見殺しにし、貴様には何が残るのだ」
と静かに詰め寄る。
ちなみに職人たちは、騎士団の寮でロザンナさんのおいしい食事を与えて、元気になりつつある。
「このわたしを、脅しよって! 許さん! へへへ陛下ぁ! こやつはもう、気が狂っておりますぞ!」
「うむう、ただちに! しゅ、収監せよ!」
王宮を警護している騎士たちは、レナートの部下であり、私とも顔見知りだ。だから、動けない。私たちが正しいのなんて、分かりきっているから。
そう油断していたら、後ろから急に首を、腕で羽交い絞めにされた。
「うっ」
「な!?」
レナートが、驚愕に目を見開いている。
私は、うまく息ができないから、声も上げられない。なされるがままに、ずりずりと後ろへと引きずられていくことしかできない。
「ぐはは! 熱くなったらだめだぜえ」
「……っ! ボイド!」
――いつの間に!
壇上で高笑いする王女が、目の端に見えた。
王の間は、気軽に入れる場所じゃない。貴女が、ボイドを招いたのね……そこまで、するんだ……
お読み頂き、ありがとうございました。
不快な奴には正義の鉄槌が待っております。




