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「団長、本当に大丈夫ですか?」
団長室の自分の机に座りながら私が言うと、
「大丈夫だと言った。信じられないか?」
としかめっ面で答えるレナート。
「違うんです。私のせいで団長に何かあったらって、それが怖いだけです」
「なるほど」
レナートは執務机で座ったまましばらく考え込んでから、顔を上げた。
「じゃあこういうのはどうだ」
「はい」
「ありえないが、もしもだ。キーラのせいで、俺が団長を罷免されたら」
「……はい」
「一緒にアルソスへ行くのはどうだ?」
「へ!?」
「俺はフレッド様との約束で、アルソスの騎士団にはいつでも戻れるんだ。そこでまた一緒に働こう。どうだ?」
レナートは、どうしてそんなに私のことを大切にしてくれるんだろう。
「安心したか?」
「……はい」
「そうか。なら仕事をはじめよう」
「はい!」
コンコン。
突如として響くノック音に、二人で顔を見合わせる。今日は誰も来る予定はなかったはずだからだ。
「ロランです」
「……入れ」
疲れ切った顔の副団長が、入ってきた。
「おはよう」
「……おはよう……」
「おはようございます。ずいぶんお疲れですね。お茶淹れましょうか?」
「ごめん、お願いする」
「はい」
私がキッチンスペースへ移動すると、レナートが椅子から立ち上がり、ロランに近づいて行ったのが分かった。ソファに座るよう促し、自身もその向かいに座る。
そうして、真剣な顔で告げたのは。
「ロラン。キーラは王女に頬を叩かれたそうだぞ」
「っ」
「お前は危険なことをした。分かっているのか」
「申し訳ない」
「俺にではなく」
「うん」
私は茶器をトレイに並べて、静かに運ぶ。
床に膝を突いて、来客用テーブルにティーカップを並べていく。とぽとぽと熱いお茶を注ぐと、湯気が立ち上ると同時に良い香りが部屋に漂った。
しばらく、カチャカチャと茶器の音だけが鳴る。
「キーラ……」
低い声を出すロランは、本当に苦しそうな顔をしていた。
「化けの皮、剥がれていますよ」
「本当にごめん」
「ロラン様」
私は床に膝を突いたまま、ロランを見上げる。
「私はあれで、正解だったと思います」
「!」
「あのお方には、きっと優しくしたらダメです。毅然と対応されるべきだと私も思います」
「そうだけど、キーラを危険な目に遭わせてしまった。僕は、分かっていてそれで……」
なるほど、だから部屋から出て行く時に、あんな苦しそうな顔をしてくれていたんだ。ロランは優しい。私はただの平民なのに。
「次からは、心構えをします。それに」
レナートを振り返る。濃い青と目が合って、頷かれた。
「ずっと一緒にいようって、団長が言ってくれたから。もう大丈夫です!」
ロランが目を見開いて、レナートを凝視する。
「え? レナート、ついに?」
「違うぞ」
「ん? 違う?」
「ごほん。事務官として、だ」
「ええ……なんだあ……」
二人で意味の分からない会話をした後で、んはー、と体中の力を抜いてだらけるロランは、とても人に見せられないなと思う。
じとー、と見ていたら、はいはい、と起き上がってティーカップをソーサーごと持って一口飲んだ。
「あ、おいし」
「この間、団長と選んで買ってきたんです! 新茶なんですって。ね?」
「うむ。うまい」
「へえへえ。おなかいっぱい」
全部飲み終わっていないのに?
「あーと。んじゃ本題。レナートにこれ、届けに来た」
「!」
「……確認された。やはりそうだった」
「そ……うか」
ロランがティーカップを丁寧に置いてから懐から出した封筒には、見たことのない大きな封蠟がしてあった。上側がペーパーナイフで切られているので、ロランが先に見たのだろう。
「預けておくね」
「わかった」
「あ、キーラ。これは外交上の機密文書だから。絶対に見てはだめだよ」
「はい! わかりました!」
「ふふ。素直でいい子だね」
「子ども扱い!」
「なんだよ、褒めたのに。さあ一緒にお茶を飲もう。おいしいよ」
「ありがとうございます」
自分の机で、と思ったらレナートに目でここで飲め、と言われたので、ありがたくご一緒させて頂く。
「ふは。目で会話してる。すごいね」
「そうでしょうか?」
「うん。嬉しいな」
よくわからないけれど、レナートの耳の上が少し赤くなって、ロランが微笑んでいるから、私も嬉しくなった。
お茶のあと、二人で機密事項の打ち合わせをするというので、私は食堂に仕入れの確認に行くことに。
部屋を出て扉を閉める時、レナートがなぜか少し、悲しそうな顔をしているような気がした――




