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「レナート様」
「どうした?」
「あの、化けの皮が」
「……言ってくれるな」
ホールの前の方で、王女にべったりと張り付かれている銀狐。感情が全部死んでる。あれは、あとで大暴れだよなあ。愚痴聞いてあげなくちゃ。
それにしても、ソフィの方がまだマシって思っちゃうのは良くないか。王女様だしね。うん。
あ、あれが国王と王妃かな。ステージのすごい大きな椅子から降りてきた。
「キーラ」
「はい」
「陛下のダンスが終わったら、一度だけダンスをしよう」
楽団が楽器を構えて、静かに音楽が始まった。
「わかりました」
「初めてが、私の相手では申し訳ないが」
「どうしてです? 私は、レナート様がいいですよ」
「そ、うか。よかった」
あ、耳の頭が赤くなっている。眉間のしわが少し緩んだ。
「レナート!」
すると、少し青みがかった黒い髪を後ろで結んだ、体格の良い男性に声を掛けられた。
「団長。お久しぶりです」
「お前も団長だろ」
「そうでした」
「珍しく、可愛い子を連れているじゃないか。紹介してくれないか」
「は。私の専属事務官の、キーラです」
「キーラと申します!」
即座にカーテシーをした。ちゃんとできているだろうか。
「そうかしこまらなくて良いよ。私はアルソス騎士団団長、フレッドだ」
あ、優しい! すぐに姿勢を戻せた。
「フレッド様。ごきげんうるわしゅう存じます」
「うん。レナートの前の上司。よろしくね」
「え?」
「そういえば、言ってなかったな……」
「おいレナート、無口にも程があるぞ」
「……」
「キーラ。レナートはもともとアルソスの人間なんだ」
「そうなのですか」
「うん。師団長として素晴らしい功績だったから、メレランドの団長に推薦したのさ」
「なるほど! わかります。真面目ですし、強くて頭も良いですし、何より優しいですもんね」
フレッドとレナートが、きょとんとしている。
「あれ? 私、変なこと言っちゃいました……でしょうか」
だんだんフレッドの口角がぷるぷるしてきた。
え? これもしかして怒られる!?
「ぶはっ」
「キーラ……嬉しい」
「へっ、はい」
「くっくっく。 安心した! キーラ、レナートをこれからも宜しく頼む。本当にとても良い奴だからな」
「はい!」
じゃ、と笑顔でひらひらと手を振って去っていく。その背中を、周囲のご令嬢が羨望の眼差しで追っているが、全て無視していくのがまた、堂々としていてかっこいい。
「すごくかっこいい人ですね」
「うぐ」
「レナート様?」
「……天国から地獄……」
「へ?」
「なんでもない」
なんか急にしゅんとしちゃった。私、またやらかしちゃったのかな。
「レナート様、私何かおかしなことを」
「いや。キーラは素敵だ。今のもとても良くできていた」
「そうでしょうか」
「さあキーラ。ダンスだ」
す、と差し出されるレナートの手。
私はたくさん練習したことを思い出しながらも、不安になる。
「大丈夫だ。楽しもう」
でも、レナートが優しく微笑んでくれたから。
「はい!」
私は、一歩、踏み出せる。
◇ ◇ ◇
「キーラ、僕とも踊ってよ」
レナートとのダンスが終わって戻ってくると、ロランに話かけられた。
王女様は? と首を巡らせると、むくれた顔で金髪碧眼の男性のダンスの誘いに従っている。
「あれは、アルソスの王太子。ナルシス王太子殿下、ね」
「なるほど」
「ごほん。キーラ嬢。このわたくしめと、ぜひダンスを」
ロランがかしこまってお辞儀しながら手を差し出すので、私は笑いをこらえながらその手を取った。
「レナート、キーラ借りるね」
「……俺のものじゃない」
「え、そうなの? 僕はてっきり」
にやける銀狐に、なんだか腹が立つ。
「ロラン様、それどういう意味ですか?」
「あー。なるほど鈍感!」
「は!?」
「眉間にしわ。それ、レナートじわって言うんだよ」
「おいこら」
「ぷっ、あははは!」
思わず大笑いしちゃった! マナー違反。やらかしちゃった。
「いいじゃん。いこ、キーラ」
ダンスホールのシャンデリアの下で微笑むロランは、やっぱり貴族なんだなあと思う。
場慣れしているし、所作も綺麗。華麗にターンをさせられるリードも、柔らかなステップも、さすがだ。
「どう? 見直した?」
性格以外はね! って言ったらすごく笑われた。
でも私は、レナートの実直で優しいダンスの方が好きだなと言ったら
「それ、レナートに言ってやりなよ。絶対だよ」
となぜかすごまれた。
◇ ◇ ◇
あの平民の赤髪! いきなり舞踏会なんて、絶対に恥をかくだろうと思って呼んでやったのに。
なんでちゃんと振る舞えているの?
しかも、私のロランとダンスするなんて! ロラン、笑ってる。なんで? 私、王女なのに! あんな風に笑ってくれたことなんか、ない!
あの女、絶対許さない。絶対、絶対、許さない!
◇ ◇ ◇
帰りの馬車で、レナートはたくさん労ってくれた。
「陛下への挨拶も良くできていたし、ダンスも上手だった。たった十日間でよく頑張ったな」
「レナート様とロラン様の教え方が上手だったからです」
「……もしかしたら」
「はい」
「いや、なんでもない。疲れたな。明日は休みだ、ゆっくりしよう」
「そうですね! めちゃくちゃ寝ます!」
「ははは」
「あ、でも」
「なんだ?」
「ロザンナさんと、メリンダさんと、アメリさんに、お礼をしたいです」
「そうだな。一緒に何か買いに行くか」
「一緒に?」
「ああ。まだ事務官の給料は入っていないだろう。それに今回は私からも礼をしたい。キーラをこんなに可愛くしてくれた」
「……嬉しいです」
また、可愛いって言った!
胸が、なんか、すごいドキドキするよ。
「あの」
「ん?」
「ロラン様に言えって言われたので、言います」
「なんだ」
正直に、私はロランより、レナートの実直で優しいダンスの方が好き、と言ったら。
「うぐごほ」
レナートが真っ赤になって固まってしまった。
私はどうやら、またやらかしたみたい……
でも私は、確信を持って言える。
あの時ロランの誘いに乗って、ここに来て良かった。
仕事にはやりがいがあるし、優しくて真面目なレナートに、こんなにも大切にしてもらっている。
「また、お仕事がんばりますね!」
「ああ。よろしく頼む」
その夜は、心地よい疲労感ですぐに眠った。
後日、あんな騒動に巻き込まれるとは知らずに――




