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団長室の扉前で
「やっぱり、似合わないですよ……」
私は今、残念ながら泣きそうになっている。
王女の「視察」という名目はやはりロランに会うためだけだったらしく、せっかく用意して待っていた一番隊と二番隊の演習もろくに見ない、酷い態度だった。
ロランの腕を捕まえるや否や、王宮へ戻ろうと駄々を捏ねる王女に対して、ロランが「騎士たちの成果を見ないのですか?」と冷たい声を出したら、ようやくふくれっ面で留まった。なんとあれで十八歳。まさかの同い年!(多分だけど)
そうしてなんとか形通りの『視察』を終えた夕方。
着替えて舞踏会へ移動だというので、私はロザンナ、メリンダ姉妹の協力で、ドレスを着させてもらった。
薄水色で、パニエも最低限のドレスは、首までしっかりとレースで覆われている細身のデザイン。豪華なロングワンピースと言っても良いくらいのシルエットだ。可愛すぎる色やデザインを拒絶したら、レナートが選んだ。
髪の毛は、メイドのアメリが丁寧に編んでくれたが、こんなに飾り付けられたことはもちろん初めて。
オロオロしていたら「あたしが一番綺麗って思っときゃいいのさ!」とメリンダ。ロザンナと、アメリも頷いている。
私は、無理だよー! とへこたれそうになりつつ、レナートの待つ団長室へと、三人に引きずられるようにしてやって来た。
「団長さん、開けとくれ」
ロザンナの声で扉を開けて出てきたレナートは、髪を後ろに流しているせいか、その涼しい目元が強調されている。黒いタキシードに、薄水色のアスコットタイ。背が高くて筋肉質な体躯が映える、ぴたりとしたジャケットに身を包んでいた。
「……!」
そんな彼が、目を見開いていつまでも絶句しているので、私は泣きそうになって下を向いてしまった。
「大丈夫だよ、キーラ。堂々としな」
「自信持っていいよ、ねえ団長さん!」
「そうですよ。ちゃんとお支度したんですからね!」
三人の女性たちに背中を押されて、ようやくまた顔を上げられた。
「あの、団長」
「キーラ……驚いた……とても綺麗だ」
「へ」
「可愛すぎる」
あまりに真面目に言うものだから、咄嗟に意味が分からなくて
「あの、今、なんて?」
ともう一度聞いてみる。
「とても綺麗だ、と言った」
「えっと、私ですよ?」
「良く似合っている。すごく可愛い」
ばぼん!
と音が鳴るくらい一気に顔が真っ赤になってしまった。
「あらあら」
「まあまあ」
「うふふふ」
あとはごゆっくり、と訳の分からないことを言われて、三人が去っていく。
「あの……」
「キーラがこんなに可愛いのが、皆にバレてしまう。誰にも見せたくない」
「はえ!?」
「俺だけが知っていれば良かったのに……ったく王女のせいだな。あのクソバカ駄々っ子め」
「どどどどうしたんですか団長!」
仮にも! 王女様だし!
「うん。すまん。だいぶ動揺しているな」
ちょっと! そんなクソ真面目な顔で、何言ってるの!?
――私まで口悪くなっちゃう!
「いいか、絶対に俺から離れるな」
「は、はい!」
「絶対にだぞ。危ないからな」
団長が! レナートが! 壊れちゃったよー!
「ああああの。そんなに見ないでください」
「なぜだ」
なんとか移動して乗り込んだ、馬車の向かいの席。
ものすごく見つめられるの、落ち着かないから!
「恥ずかしいんです!」
「……可愛い」
「もう!」
「怒ってもかわ」
「それ、禁止です!」
「だめか?」
「あー! 面白がってますね!」
「楽しんでいる。とても可愛い」
「だから!」
ほんと、どうした!?
「キーラ。真面目に聞いてくれ。……今から、誰がどんなに傷つくことを言ってきたとしても、俺を信じろ」
「え」
「キーラは、とても可愛いし、素敵なレディだ」
ふ、とレナートが微笑むから、私の心臓はずっとドキドキしっぱなしで、まともに返事ができない。
「今日は名前で呼んでくれないか」
「えと、レナート様?」
「ああ」
今度は、ぽ、とレナートの頬が染まった。
「ふふ。レナート様も、可愛いです」
「ごほん。それは、褒め言葉ではないな」
本当は、すごくカッコイイって思っているけれど。
恥ずかしいから、内緒!
「挨拶の仕方は、覚えているか?」
「カーテシーですね。はい」
「キーラの所作は綺麗だ。何も問題はない」
「さっきから、褒めすぎですってば!」
「? 本心だが」
首を傾げて、本当に不思議そうに見つめて来るんだからね、この堅物め!
「さあ、行こう」
レナートがきゅっと唇を噛み締めたのを、私は見逃さなかった。
「はい!」
リマニを出た時のように、大きな覚悟を、した。
◇ ◇ ◇
煌びやかなシャンデリアも、色とりどりのドレスも、扇越しの会話も、初めてで全てに圧倒される。
独特の雰囲気は、重い真綿で全身をくるむかのようで、息がしづらい。
「キーラ」
でも大丈夫、レナートが手を引いてくれるから。手袋越しでも温かくて、力強い。
「へえ、堅物がエスコートしてるよ」
「田舎娘だって」
「平民がなんでこんなところに」
「アネット殿下が呼んだとか」
「あは、お慈悲を勘違い? 立場も弁えず、ねえ」
ヒソヒソ話にしては、声大きいな。
「レナート様」
「……気にするな」
「これ、舞踏会ですよね? 悪口大会?」
「っ!」
「私も悪口、言うべきですか?」
レナートの肩が、ものすごく震えている。
「やめとけ、口が腐るぞ」
「はい!」
キッ! て一斉に睨まれたけど、私、悪くないよね?
「くくく……」
レナートがずっと笑ってるから、いいよね!




