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再びの、団長室。
傾く日の光が、オレンジ色に壁を焼いている。
ヤンがレナートに先ほどの顛末を報告すると、レナートは
「……はあ」
額に手を当てて、盛大に溜息をついた。
しばらく考えてから、顔を上げる。
「幸い今は討伐任務も少ない。ヤンは明日から団長付け事務官見習いとする。ルイスには言っておく」
ヤンが、踵を鳴らしてから、騎士礼をする。
「は! 事務苦手ですが、精いっぱい勤めさせて頂きます。キーラ、色々教えてくれな~」
「え? ……え?」
「というわけだ。しばらく、二人で事務を行ってくれ」
ヤンが、事務官見習い? なんで?
「キーラは、タウンハウスからの通いになるんだが」
「それは……うーん」
「ヤンも、うちに住み込んでくれるか。部屋ならある」
「……はあ。ですねえ。洗濯は得意ですよ」
「それは助かる」
「え? え? はいー?」
私の頭の中は、疑問符だらけだった。
でもそれを置き去りに、どんどん話が進んでいく。
「ルイスに話をするから、先に帰ってくれるか。ヤン、鍵を。タウンハウスの場所はここだ」
話しながらレナートはさらさらとペンを動かして、紙と鍵を一緒にヤンへ手渡す。
「は。確かに受け取りました」
「えーっと?」
「夕食は……いつ帰れるか分からん。二人で取ってくれ。食事代はのちほど経費申請していい」
「お言葉に甘えて。キーラ、荷物はこれかな? とりあえず行こう」
「はい……あの、お先に失礼します……」
「ご苦労」
ばたり、と団長室から出た私は、ヤンの横顔を見上げる。
「私、なにかまずいこと、しちゃった?」
「うーん」
「……ごめんなさい」
「あー違うよ。団長はさ、キーラを守りたいのさ。せっかく来てくれたんだし」
「私が、弱いから」
「違う、違う!」
ヤンが笑う。
「普通なら、こんな護衛つけるみたいなこと、しなくていいんだって」
「やっぱり! 護衛ですよね」
「うん。そのぐらいここが、異常だってこと」
「!」
「そしてそれを、団長は力技で正そうとしてるんだ。だから危険だって判断しただけだよ」
ロランとわざと不仲なフリをしているのも、きっとそれに関係あるんだね……
「私……足引っ張っていないですか?」
なんだかまた、泣きたくなってきた。
「そんなわけないよ」
「私でも力に、なれますか?」
「なれるよ! だから団長はこうして気にかけてくれるんでしょ?」
「そう、ですかね……あ! もしかしてヤンさんも、どこからか呼ばれた? 私の二日前、ですもんね」
ヤンの肩がびくっとした。
「あーと、そのー」
私はあたりをキョロキョロうかがってから、ヤンの耳元に背伸びして口を近づけ、囁いた。
「ロラン様が?」
「あーあー、あーのーねー。うーん。ま、そのうちわかるよ」
「今は、内緒?」
「うん。キーラは、賢いなあ」
「本当に賢かったら、さっきみたいなのも、うまく」
「いや。ああいう輩からは逃げようがない。助けを求めるしかない」
だから、俺から離れちゃだめだよ?
と念を押すヤンの目が、少し――怖かった。
◇ ◇ ◇
「あの、タウンハウスって」
「ん? ここみたいだね」
騎士団本部から、歩いて十五分ほど。
キーラの目の前に立っている建物は、洒落た飾り付き鉄柵にぐるりと囲まれた、二階建ての邸宅だ。
白壁にはたくさんの窓が見え、バルコニーもある。庭には季節の花が色鮮やかに咲き乱れ、門から玄関まで数十歩は歩かなければならない。
正面には小さな噴水があり、その横には馬車が置いてある(馬は繋がれていない)。
「私、ここ、住む?」
「キーラ、言葉おかしくなってるよ」
「だって!」
「まあ、気持ちは分かる」
「ヤンさんも?」
「身に余る家だねえ」
「はああ~」
そりゃ、部屋は余ってるよね!
ていうか、ここに一人で住んでたの!? さみしくない!?
呆然としていると、ヤンがポケットから紙と鍵を取り出し、紙を広げて読んでいる。
「えーと何々『現在使っている部屋は二階の奥』『部屋はそこ以外の好きなところを使え』『キーラ優先』……ぶは!」
「へっ!?」
「あからさまな贔屓! 清々しいな!」
ヤンが笑顔で、玄関を開ける。
「さあ、お貴族様のお家だ。滅多にない経験だぞ。楽しんで暮らそうぜ!」
明るく言ってくれて、助かった。
お読み頂き、ありがとうございました!
ロランの作戦失敗! 同棲ならず、なぜか共同生活スタートです。
ヤンは誰に呼ばれたんでしょう?そしてその任務とは?
ラストまでに、きちんと明らかになりますので、どうぞお楽しみに♪




