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「というわけで、視察に備える必要がある」
レナートが、手紙から顔を上げて言う。
ボイドが大暴れしたのには、訳があった。
団長・副団長が交替して半年経ち、王宮からそろそろ『現状視察』に訪れたいと打診があったそうだ。
王宮関係に直接自分の力を誇示できる機会が訪れるのだから、部下を一人でも多く抱えていたいというのは、至極当然の要求かもしれない――それがまともな部下なら、だけれども。
「すっごい、いやーな予感」
ロランが、ものすごいしかめっ面をしている。
「当たっているぞ」
レナートも、それを上回る渋い顔。
「どういうことです?」
「ああ。早速で済まないが、お茶を淹れてくれないか?」
「あ! はい! 気が利かなくて、すみません!」
「いやいや」
「え? キーラ、お茶淹れられるの?」
「さっき、簡単な方法だけ、習ってきました。おいしくなかったらごめんなさい」
メリンダさんが、とりあえず慣れるまではと、小分けにした茶葉にお湯を注ぐだけのものを十回分、作ってくれていた。
それで量と蒸らす時間を少しずつ覚えたらいい、これは色が分かりやすいから、初心者向きだよ、と言って。
「うわあ。僕ここ、入り浸っちゃう」
「ダメだぞロラン」
「分かってるよ! でもレナートずるい!」
「あの、副団長室は、ないのですか?」
「来てくれるの?」
「えっと、団長が良いなら、ですが」
ロランが、キラーン! と目を光らせた。一方でレナートの眉間のしわが、深くなる。
「時々で良いから、お茶淹れにきて欲しい! いいよね? レナート」
「……はあ。まあキーラのためにも、良いだろう。団長ばかり、と言われるのも良くはない」
「そうですね。わかりました。では、淹れてきますね」
団長室の脇にキッチンスペースがあり、レナートが言っていた通り小さな魔道コンロも置いてある。簡単な食事なら作れそうだった。
先ほどメリンダさんのお店で買ったティーカップを、もう使える! と心が弾む。
団長のは濃い青の花、私のは赤い花で、お客様用のは黄色い花。同じ模様だけれど、色が違うだけでなんだか特別なものみたいだ。
「どうぞ。焼き菓子も、さっき買ってきたんです」
トレイに乗せて、持っていく。レナートのは、執務机脇の袖机に置いて、ロランと私のは、ソファ前のテーブルに置いた。
食堂で働いていた時の経験で、配膳に慣れているのが役立った。
「うわあ! 嬉しいなー。まさか本部でお茶できるなんて」
ロランが素直に喜んでくれたのが、本当にうれしかった。やっと少し役に立てたなって思えたから。
「……うん、美味い」
レナートがすぐにそう言ってくれて、心からホッとした。
「キーラも飲みなよ。おいしいよ!」
「はい、ありがとうございます。お茶も焼き菓子も、初めてです……すごい、いい香り。あ、美味しい!」
二人の目線が優しくて、背中がこそばゆくなった。
しばらくそうして、お茶とお菓子を楽しんでから。
「はあ。で、僕の嫌な予感は?」
優雅なしぐさで、ロランが促す。
「ああ。来るぞ。お姫様が」
「うげえ」
「お姫様?」
「ああ」
「メレランド王国第一王女アネット・メレランド、だよー」
「へえ、王女様! それが、なんでうげえなんです?」
「ロラン」
「あーもー、はいはい。自分で言うのもなんだけど、ものすごい、しつっこく追いかけられてるの、僕」
「追いかけられてる、とは?」
「ロランと結婚したいんだそうだ」
「はあ」
「いやすぎ」
「嫌なんですか」
ロランの口が、びっくりするほどへの字に歪んだ。悪いけど、おもしろい。
「どこの誰が好き好んで、ワガママ放題、可愛がられて当たり前、高飛車で傲慢なお子様と結婚したいよ?」
レナートの肩が盛大に震えている。
「えーと、それは……嫌かもですね?」
「嫌だよ。しかも王女だからって無視できないの知ってて、追い込んでくる。性格極悪でうるさいし、最悪。大嫌い」
「言い過ぎ……でもないな」
「代わってくれよレナート」
「無理だ」
「だよね。『顔怖い! 嫌い!』って叫ばれてたもんね」
ええっ!? なにそれ! 王女だからって、失礼にもほどがある! ――そりゃ、ロランにも嫌われるわけだわ!
「すまん」
「断れないよね、知ってた。遠征任務ない?」
「それで逃げても、日を変えられるだけだと思うぞ」
「はいはい! 言ってみただけ! 心の準備させて」
「二十日後だ。キーラも、色々準備が大変だと思うが」
「がんばります!」
「頼む」
まあでも、王女様の目的はロランだし。私には関係ないなってどこかで他人事だった。
――その考えは、ものすごく甘かった、と痛感したんだけどね……
お読み頂き、ありがとうございました。
ワガママ王女様。嫌な予感しかしませんね。




