17 レナート side
俺は、レナート・ジュスタ男爵だ。
つい最近までは、アルソス王国で騎士団の師団長をしていた。つまり、アルソスの人間だ。
アルソスとメレランドは、王族同士に直系の繋がりがある、まさに兄弟国だ。
メレランドが弟、というと響きは良いが……アルソスは、海の向こうの魔法大陸にある『大帝国』からの脅威に備えて、メレランドに防波堤の役割をさせている。表向きは、貿易を任せると言って、それなりの益を渡しているが。
そのためアルソスは――表立っては言えないが――メレランドを下に見る傾向がある。(メレランドは、アルソスを兄と慕っているため、それには気づいていない。)
「レナート。メレランド騎士団の評判がすこぶる悪い。このままでは、帝国に攻め入られる隙となっても、おかしくはない」
アルソスの国王陛下から、騎士団長とともに呼び出されたと思ったら、そのような密談だった。
海のはるか向こうにある『魔法大陸の大帝国』ブルザークは、魔道具の開発が盛んだ。
船にも大量の魔道武器を搭載でき、かつ船足も速い。攻め込まれたらあっという間に負けるだろうが、補給が追い付かないという距離の優位性でもって、なんとか平和を維持している。
が、メレランドの武力弱体化に付け込まれたら、その平和など蠟燭の灯を吹き消すより簡単だ。
不思議と、魔法大陸には(魔法大陸と呼ばれるだけあって)魔力を持つ人間が生まれるのだという。
こちら側は、魔石を用いた魔道具を使用するのが一般的だが、魔石を使わず「魔力」のみで「魔法」を使われたら……いかなる武力も敵わないだろう。こちらで魔法を防ぐ手段は皆無だからだ。
そういうわけで、いわば「出向」を命じられてメレランドの騎士団長としてやってきたのが、半年前。
――怠惰で傲慢な騎士団に、本当に絶句した。
時を同じくして副団長に任じられたロラン・ビゼーは、メレランド沿岸を治める由緒あるビゼー伯爵家の次男。優秀なので有名で、アルソスに出向してきており、俺の師団で面倒を見ていた旧知の仲でもある。
「レナートが団長になるなら、いいですよ」
そう言って『銀狐』と言われるほどの策略家であるロランは、嫌々ながら帰国を決めた。
「……嫌だったんじゃないのか?」
ロランは、実は自国も家も、好きではない。小さな王国では、彼の才能は収まりきらないのだろう、と勝手に思っている。
「レナートだけだったら、たぶん無理だからね。入り込んで懐柔して、あとでまとめてたたき斬る役が必要だよ」
「……それほどまで、か」
「うん。腐ったらもう、刈るしかない、てやつだね」
「……それは辛い立場になるぞ、ロラン。裏切り者と呼ばれるかもしれん」
「自分の国のことだし、僕には伯爵領があるし、何ならメレランドに未練もないからね。幸い陛下は期限切ってくれたしさ。それまでやるだけやってみるってだけ」
「わかった。一人で背負うな。俺もだ」
「相変わらずクソ真面目だね」
「クソ言うな、銀狐」
「はは!」
そして半年。
「我慢してきたけど、聞きしに勝るだったね」
「まったくだ」
怠け癖のついた暴れん坊ほど、手に負えないものはない。
厳しいしつけを実行すべき、と思い始めたところだった。
「うーん。これから実力行使に出るとして――レナートだけじゃ書類仕事がさばけなくなるね」
「だが」
「外から事務官探してこよう。できれば可愛い子ね!」
「おい」
「裏表がなくて、しゃきんとしてる、明るい子が良いなー。レナートも好きでしょ?」
「ロラン……」
「堅物にも癒しが必要でしょうよ」
「カタブツ言うな」
――そうして連れてこられたのが。
「キーラと申します。一生懸命勤めさせて頂きます。宜しくお願い申し上げます」
肩より少し長いくらいの鮮やかな赤い髪は、少し癖があって跳ねている。
翠がかった碧眼は大きく、くりくりと良く動き、彼女の感情をそのまま映すかのようだ。
声も元気で明るくハキハキとしているし、小柄な体にも関わらず、生命力に満ち溢れている気がする。
本当に連れてくるとはな、という驚きで、しばらく言葉を発することができなかった。隣のロランがどうだ! という顔でこちらを見ているのにも、少し苛立った。
宣言通りの人材を探してきたというのか……まったく。だからどうしろというのだ!
「んん。彼女を、寮に入れたいのですが。許可願えますか」
――お前、今絶対笑うのごまかしただろう!
「ああ。ロランはまたすぐ戻ってくれるか。不在時の申し送りをしたい」
――案内するとか言って、逃げるのは許さんぞ。ちょっと文句言わせろ……おい、口角が震えてるぞ!
そして戻ってきたロランは、団長室に入るなり、相好を崩す。
「奇跡的に、見つけちゃったよ! 僕すごくない!?」
「銀狐の化けの皮、剝がれてるぞ」
「うわっ、それヨナにも言われたんだよね」
「気をつけろ」
「クソ真面目」
「詐欺師」
「言いすぎじゃない!?」
「すまん」
「……大変な境遇でがんばってきたみたい。だから、大切にしてあげないと」
「そうだったのか」
「うん……ここからが、勝負だね」
「ああ」
キーラは、本当にコロコロ表情が変わって(時々うっかり本音が漏れすぎるが)、一日に何度も「可愛いな」と言ってしまいそうになるのが、最近の悩みだ。
特に豚の鳴き声を「ぶーぶー」と言った時など、あやうく悶絶して変態になるところだった。
――その度に、「また悪口でしょう!」とふくれるのがまた、とても可愛いのだが。
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