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「あ、団長のお気にちゃんだー。おはよー」
「おきにちゃーん。たまには俺のことも、構ってねー」
「団長いけるなら、俺もいけるっしょー? 今晩、どう?」
翌朝。
あてがわれた寮の部屋は家具も備え付けで快適だったが、お風呂がない。そして、着替えや備品も足りないことに気づいた私。まずは団長にどうすべきか相談しようと、早めの時間に廊下を歩いていた。
すると、すれ違う団員たちから、そんな風にからかわれて、大いに戸惑った。
――お気にちゃん? お気に入りってこと? あ!
気安く触れるなって言ったから? うわ。やることが、ガキっぽい……騎士ってこんななの? がっかりなんだけど!
プンスカ、のしのし、プンスカ、のしのしのしのし……バアン!
あまりに苛立っていたので、ノックも忘れて団長室の扉を開けちゃった。反省は、少ししている。
「? 早いなキーラ」
レナートの目がまんまるだったから。ちょっと可愛い。内緒だけど。
「おはようございます」
「おはよう。口がへの字だぞ。何かあったか」
「はい! 聞いてくれます!?」
とりあえず丁寧に扉を閉めて(取り繕うのも大事だよね)、執務机で書類を眺めていたレナートのもとへと、ずんずん歩いていく。
ドン、と机に両手を突くと、レナートがたじろいだ。
「ど、どうした……」
「ここの騎士団、どうなってるんです!? やることが、ガキっぽいんですけど!!」
「……平和な国の騎士団というのは、力が有り余っている貴族男子の行き着く先、だからな」
「うっげえ! 簡潔かつ明瞭なご説明、ありがとうございます!」
「はは」
「笑い事じゃ、ないんですけど!」
「ロランは何も言ってなかったのか?」
「団長がクソ真面目としか!」
――間。
私ってばまた、ウッカリ失言!
「……そ、そう、か」
「つまりは! 暇で傲慢な猛獣どもの収容所、ってわけですね!」
「それは言い過ぎ……でもないな? うまいこと言うな……」
「団長!」
「なんだ」
「団長がまともで良かったですううううううう」
「お、おお? それはどうも……」
机に両手をついたまま、膝から崩れ落ちた。朝からへろへろだ。レナートからは、手の甲しか見えなくなったと思う。でも立ち上がれないの。ちょっと待って。
あれですよ、聞いてた話と全然違う! てやつ。
銀狐、あれは詐欺師だ。まんまとしてやられた!
「気休めだが、この部屋にいる限りは、大丈夫だ。俺が保証しよう」
――あ、そっか。
「団長!」
だん、と立ち上がった。
「な、なんだ」
「どこに行くにも、お供していいですかっ、というか、お供してもらってもいいですかっ」
「……」
「なんか、私すっかり『団長のお気に入り』らしいんで!」
「!?」
「団長?」
「うん……それは構わんが、そうするとおそらく別の危険が起こる」
顎に手を当てて黙り込むレナート。
思ったより、真剣に悩んでくれていることが、なんだか嬉しい。
「別の危険?」
「ああ。俺のことが気に入らない。だが俺には手を出せない。代わりに……とかな。考えたくはないが」
さすが団長。
最悪の事態を想定して頂き、ありがとうございます! それは最悪だね!
「……ちょっとロランの奴! 呼び出してもらってもいいですか!」
直接文句言いたい!
「冷静になれ。呼び捨てにしてるぞ」
「あ! 大変申し訳ございません……」
めちゃくちゃ頭を下げましたよ。やっちゃった……!
「いや……今日はとりあえず外に行くか。買い物でもしよう」
「!! ありがたいです! 服が、なくて!」
「おお」
「せっけんも! 下着も! あ、お風呂ってどうしたら!」
「っっ……」
あ、やべ。真っ赤になっちゃった。――可愛い。貴方年上……ですよね?
「あの、ぶしつけですが。団長って何歳なんです?」
「二十七だ。ロランは二十五。キーラは」
「多分十八くらいです」
「……そうか、記憶がないのだったな」
昨日、買い物表を作りながら、私がここに来た経緯をすごく真剣に聞いてくれたレナート。
特に冤罪のところと、ロランに腕輪を預かられたところは、憤ってくれた。
(預かり証を持っている時点で契約が成立しているから、どうにもできないな、と呆れたように言われたけど。)
その態度で、やっぱり良い人だと再認識した。そして良い人だからこそ、ここではないがしろにされてしまうのかも、とも予想した。
無駄に爵位が高い、貴族の跡取りでもない、力を持て余した男子どもの巣窟だとしたら。
こんな風に純粋で無愛想な善人、しかも若い男爵が、団長で。
任命した人、頭大丈夫!? って私でも思う。
「キーラ。眉間のしわがすごいことになってるぞ」
「え!」
指で慌てて触ってみる。
――ほんとだ、谷みたいなのができてる! 癖になっちゃったらどうしよう!
「団長にだけは、言われたくなかったです……」
「!」
あ、またお目目がまんまる。――私、またやっちゃったね。やっちゃったよ。
「キーラ……」
「……重ね重ね、失礼を申し上げてすみません……」
「いや。いい。そのままでいてくれ」
「へ?」
「正直なままで。言っただろう? 駄目なものは、駄目だと言う」
「はい」
「今のは、良い。もう言わないように、気を付ける」
なんなんだろう、誠実で純粋な人だね。
今、胸がぎゅん! てなっちゃったよ!
「さあ、出かけよう」
レナートが、書類の束をトントン、と机の天板に打ち付けてそろえてから、引き出しにしまう。
「良い天気だ。街も案内しよう。多少気分も晴れるだろう」
――訂正。この人、全然無口じゃない。
きっと、心を許していないんだ。そんな気がする。
「ありがとうございます!」
そのままでいてくれるように。がんばろう!
お読みいただき、ありがとうございましたm(__)m




