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「失礼いたします」
「行ってまいります」
ロランとルイスに見送られ、ヤンに促されて、歩き出した。
「えーと、さて……どっから行くかなー」
「ヤンさん」
「ん?」
「訓練のお邪魔して、すみません」
「全然! むしろ楽できて嬉しい! ってこれ内緒で!」
「ふふ、はい、ヤンさんも新人さんなら、一緒ですね」
「おう。 二日だけ先輩!」
――なんか、犬っぽい人だなー! それにめちゃくちゃ話しやすい!
「キーラはさ、王都の子? それとも」
「あ、港町のリマニというところから来たばかりです」
「そうかあ、そしたら、王都のこともよく分からないかあ」
「そうなんです」
すると、ヤンは周囲をキョロキョロしてから、声を潜めた。
「騎士団員って、こう、なんてーか女の子大好き! って奴もいてさ……危ないから気を付けて。俺で良かったら案内するからさ」
「はい」
「あっ、もちろん、俺が大丈夫な人って思ってくれてから。な!」
「ふふふふ、はい、もちろん」
港町の豪快な漁師たちがひしめく食堂で、そういうことを躱しながら働いてきた自負はあるけれど、それでも騎士となるとまた用心した方が良いかもしれない。
「ま、副団長のメイドって言いふらせば、大丈夫だと思うけど。じゃあ食堂から行こうか」
「はい!」
演習場脇の渡り廊下のようなところを歩いていくと、何度も騎士団員たちとすれ違う。
すれ違うだけでなく、立ち止まって「女の子だ!」って話しかけてくる人たち、思ったより多い。
その度にヤンが人懐っこい笑顔で
「新人さんです! 副団長のメイドで、団長の専属事務官になった、キーラ」
と紹介してくれた。
最初の『副団長のメイド』でなぜか身構えられて、さらに『団長の専属事務官』で憐みの目を向けられる。
「大変だろうけど、がんばれよ」
「よろしくな……」
が大多数の反応。
でも
「かっわいいー! ねね、何歳?」
「今度ご飯食べに行こうよ!」
「どんな男が好き? 俺とかどう?」
というあからさまなのもあり、屈強な騎士たちは、さすが迫力が違った。ずずいっと来られると、なんとか笑顔の表情を保つので精一杯。
「まーまー、先輩。いきなりは、びっくりしちゃいますって!」
とヤンが間に入ってくれて助かったけれど、なんとなく容貌の特徴を『要注意人物』として頭の隅で覚えておいた。
そしてようやく、食堂へ。
木の長テーブルとベンチが、ずらりと並んでいる。
その数だけで、たくさんの人たちが所属しているのだと分かって、圧倒された。
「あー、やっとついたー」
「ほんとですね……団員のみなさん、多いですね……」
「本部だからね。顔と名前覚えるのなんか絶対無理だと思うから、まず階級章の種類だけ叩き込んだらいいかもよ」
「なるほど! そうですね!」
最低限、偉い人には気を遣わないといけない。
「ヤンさんて、いい人ですね」
「え! 嬉しいけど、判断早くない!?」
「ふふ、じゃあやっぱり用心します」
「それはそれでなんていうか……ふくざつ!」
「あはははは!」
話しながら食堂の中を進んで厨房に近づいていくと、元気に動き回る女性が見えた。
「ロザンナさーん!」
カウンター越しにヤンが呼ぶと
「なんだよヤン。つまみ食いならないよ!」
とすかさず返ってきた。――つまみ食い!?
ちろり、とヤンを見上げると、ばつが悪そうな顔をしている。
「違うよ! 新人さんが来たから紹介しに!」
「おやまあ、ずいぶんとかわいい子が来たねえ」
エプロンで手を拭きながら近寄ってくる、恰幅の良い、おばちゃん! て感じの人だ。
こげ茶色の髪と瞳に、ふさふさのまつ毛で、優しそうな笑顔。
「キーラです!」
「ロザンナだよ。むさくるしいところだけど、がんばりな」
「はい!」
「副団長のメイドで、団長の専属事務官なんだって」
「おやまあそれはそれは……銀狐と、ゴーレム男とはねえ」
「ゴーレム男? って?」
ヤンが、肩をすくめて苦笑いをしている。
「岩みたいにかっちかちで無愛想で、でっかい団長のことだよ! わはは!」
――わあー。
「ここは、女は少ないからね。困ったことがあったら、遠慮なく言ってきな」
「はい! お世話になります!」
ロザンナさんが明るくて、ホッとした。少ない女性が苦手な感じだと苦労するな、と思っていたから。それこそ、ソフィみたいな、ね。
そして、その他の色々な部屋――救護室や、お手洗い、共同浴場(近寄るな危険! だって)、武器庫、書類庫、会議室などなどとても覚えられない――をぐるりとしてから、団長室に戻った。
コンコン。
「ヤンと申します! 専属事務官殿を、ご案内いたしました!」
「……入れ」
――ごっきゅん。
再び入室すると、金に近い薄茶色の髪の毛を整えた碧眼の、背が高くて逞しい男性が、書類を片手に壁の本棚に向かって立っていた。こんな見た目だったんだ、とようやくレナートという人がどんなか分かった。
「ご苦労」
「は!」
ヤンが、目線で頑張れ! と言って、無情にも去っていく。
部屋の中には、ゴーレム男、もとい団長の他は私しかいなくなった。
「……」
「……」
――どどどどうするよこれーーーーー!




