真夏の懐旧 【月夜譚No.209】
ドーナツみたいな形をした雲だった。丸い塊の中心に穴が空いてフワフワと青に浮かぶ様は、美味しそうとまではいかないが、面白い光景だった。
「お腹空いてきちゃった」
「オレも~」
屋根のないバス停。夏の日差しに焼かれながらバスを待っている青年の隣で、二人組の少年が腹を押さえて笑い合う。彼等もまた、あの雲を見つけたのだろう。
それにしても、この暑い中で腹が減るとは、若さ故の特権だろうか。青年は成人してから数年が経つが、もう何年もの間、夏の時期はバテてしまって食欲が湧かないのだ。
昔の自分は暑くてもお構いなしに色々なものを結構な量食べていたことを思い出し、青年は青い空を仰いだ。
夏は、つい昔を振り返ってしまう。楽しかった思い出が、夏休みに凝縮されているからだろうか。
あの頃は良かった、楽しかった。そう思っては、懐かしみつつ今を憂えてしまう。
でも、それはきっと違うのだろう。
昔も今も、時代や年齢が違うだけなのだ。楽しもうと思えば、きっとなんだってできる。
陽炎に揺られながら、バスがやってくる。
(今日の昼は、カツ丼でも食べるかな)
青年は軽やかにバスのステップを踏んだ。