砕けた歯車は戻るのか
私は、皆さんが思ってくれているような人間ではありません。
ごめんなさい。
□■□
あの日、空から落ちてきた私を皆さんは暖かく受け入れてくれました。
私に聖なる力があると分かる前も、後も。
聖女だと祀られる前と後で態度が違ってしまうのは仕方ないと思っています。納得しています。寂しかったけれど、自分でもそうすると思うのです。だから、それは大丈夫でした。平気でした。
皆さんは悪くありません。私がちゃんとできないのがいけないんです。
王子様にこう言われました。
婚約者の---はこれくらいは子供の頃にはできていた。
私は聖術と魔術をすべて覚えるのに3日もかかってしまいました。ごめんなさい。
礼法の先生だった方にはこう言われました。
私の従妹殿なら教えずともできていましたよ。
私は礼法を完璧にできるようになるまで1週間もかかってしまいました。ごめんなさい。
開いたお茶会に集まったご令嬢方にはこう言われました。
---お姉様ならもっと素晴らしいお茶会になったでしょうね。
満足の行くお茶会にできなくてごめんなさい。
学園の先生にもこう言われました。
---さんはすべての教科で1位をとっていました。
どれだけ勉強してもこの世界独自のものには慣れなくて、1位にはなれませんでした。ごめんなさい。
お手伝いに行った生徒会の会長さんにも言われました。
姉さんなら言わなくても気づいていたよ。
この学園のことはなにもわからなくて、戸惑ってしまいました。ごめんなさい。
体力をつけるために剣術を教わった騎士団の方にも言われました。
---様は剣など恐れなかった。君は剣なんて野蛮だと言いたげだな。
元の世界では剣なんて馴染みがなくて、手が震えてしまいました。ごめんなさい。
司祭様からもいわれました。
貴女ではなく---様が聖女であったなら…。
私なんかが聖なる力を持っていて、聖女と呼ばれていて、ごめんなさい。
□■□
「聖女さま、あまり夜ふかししてはいけませんよ」
「もう寝ます。…あの、---様って、誰のことですか…?」
「---様、は…私の口からは申し上げられません。殿下にお聞きになられたほうがよろしいかと」
「あぁ…気が利かなくて、ごめんなさい。ありがとう、殿下に聞いてみますね。おやすみなさい」
□■□
王子様に、聞きました。
---様のこと。
彼女は公爵令嬢で、才色兼備で、文武両道で……とてもとても、素晴らしい人なのだそうです。
でも、私が落ちてきてから、隣の国に留学に行っているのだそうです。
王子様の側近の方々は口にはしませんが、私のせいなのでしょう。
---様の弟さんや、従兄のかたが内緒話をしていました。
…姉さんが居なくなったのは聖女さまのせいだ。
そんなことをいうものではないよ。
従兄さんもあの言葉、聞いたでしょ?
……聖女と殿下かその側近達が恋仲になり、---を害すると?そんなのありえないだろう。
でも姉さんはそう思ってた。………聖女なんか―――
それ以上は聞いていられなくて、こっそりと私の――いえ、聖女に貸し与えられた部屋へ戻りました。
誰も、悪くありません。いえ、私が、私だけが、悪いのです。
私なんかが、落ちてしまったから。
□■□
前に、神様に聞いたことがあります。元の世界に戻れないのかと。
でも、神様が困った顔で口を開く前から、なんとなくわかっていました。
元の世界で死んだから、私は落ちてしまったんだということは。
神様からの答えも、同じでした。
この世界で死んだら、もっともっとおちてしまうのかな。
□■□
「聖女様!」
「…司祭様。どうかされましたか」
「っ、最近頑張り過ぎではありませんか?予定を見させてもらいましたが、詰め過ぎです。聖女様は一人しかおりません。もっとご自分を大事になさってください」
「……大丈夫です。もう少しですから」
「もう少し…とは、どういう」
「もう少しはもう少しですよ。ぜんぶ、うまくいくんです」
○●○
昼頃、聖女様にお会いした。来たばかりの頃の何も知らない少女ではなく、聖女と呼ぶにふさわしい方となられていた。
しかし、侍女たちが言うところによると、ここのところ、朝から昼まで聖術、魔術、剣術に礼法…講義がみっちりとつまっているとか。そのせいか最近疲れていらっしゃるようです、と心配そうな顔で私へと恐る恐る言いに来た。
聖女様に確認する前にそれぞれの講義の担当者や殿下、殿下の側近にまで尋ねてみると自分の講義だけだと思っていた、最近頑張っているのは知っていたがそこまでとは気づかなかった、と言っていた。嘘を吐く必要もない。本当に知らなかったのだろう。
聖女様は、周りの人に好かれている。最初こそ突然現れた少女ということで怪しまれてはいたが、彼女はとてもいい子であっという間に好かれていった。聖なる力を持つ異世界の者だということがわかってからは聖女としても好かれていった。…当初こそ---様と比較する声も多かった。かくいう私も踊らされた一人だ。
彼女と2度めにあったとき―聖術や、この世界の神話を教える授業のときだ―、彼女の世界は平和だったことや、急に聖女だといわれ苦労しているだろうことなど様々な思いが胸をよぎり、彼女をかわいそうに思ってしまった。
そしてつい言ってしまったのだ。貴女ではなくかの公爵令嬢が聖女であったならば、と。
公爵令嬢の---様とは何度かお会いしたことがある。彼女はとても才能豊かな方だが、少し、傍若無人というか、傲慢というか…他者を無意識に見下しているようなきらいがある。ただそれを表に出すようなことはしない。---様は戦いにも慣れているし、貴族としての振る舞いや―貴族特有の回りくどい嫌味にもそつなく対応するだろう。
私は、彼女に、まだ幼い少女に辛い目にあってほしくなかったのだ。
だが、今でこそどうだ。
彼女は立派に聖女のつとめを果たし、ふさわしくあろうとしている。全くの杞憂だったのだろう。ただ、頑張りすぎているのが多少気になる点ではある。
しかし、彼女自身がもう少しだと言っていた。よくわからないが自分でそういう以上信じるしかないだろう。世界も安定していることだし、区切りがついたら休暇をとらせよう。彼女も年頃の少女だ、甘いものやきれいな服、装飾品などをあげるのもいいかもしれない。これまでの成果にはまだまだ足りないが、報奨だといえば受け取るだろう。彼女は遠慮がちなところがあるから、そうまでいわないと受け取らないだろう。
殿下や侍女たちにも聖女様が何を好むのか聞いてみよう。
□■□
これから私がしようとしていることは、皆さんに喜ばれるのでしょうか。
…いえ、喜ぶのでしょう。私が気になるのは、私がしたあとの皆さんの反応です。
私のことを、褒めてくれるのか、それとも厄介なやつだったと思うのでしょうか。
私は、
□■□
「聖女様」
「…かいちょ、いえ神殿ですし、会長と呼ぶわけには行きませんね」
「貴女の呼びやすいようにどうぞ。あぁ、そうではなく…以前貴女にとった態度を謝罪したくて呼び止めたのです。本来なら部屋に出向くべきなのでしょうけれど」
「別に気にしませんよ。ですが…態度?失礼かもしれませんが、なんのことですか?」
「あ、貴女が生徒会の仕事を手伝ってくださったときのことです。…この世界のことも、学園について何も知らないあなたに対してする態度ではなかったと、」
「―――いえ、私のほうこそ、」
「姉は、幼いころの憧れでした。ですが――長じるにつれて、短所も少しずつ見えてきたのです。貴女が来た頃は…理想が壊れ、姉の現実が見えかけていた頃なのです」
「げん、じつですか?」
「えぇ。といっても深刻な話ではありません。人間である以上少しは…嫌なところがあるという話です。あのときの僕はそれがわかっていなかったのです。ですから、こうして謝罪を。申し訳ありませんでした」
「…気にしないでください、と言っても無駄なのでしょうね。陳腐な言葉ですが、人である以上過ちは誰にでもあります。あなたは、その過ちを今後に活かすことができる、そういった人だと思います。……頑張ってください」
「あぁ…ありがとう、ございます。以前は、姉のほうが聖女と呼ばれるにふさわしいと思っていましたが、馬鹿らしい考えでした。能力も振る舞いも、あなたこそが聖女であると示しています。僕の忠誠など必要ないかもしれませんが、どうか、捧げさせてください――我らが聖女」
「―――――ありが、とうございます。失礼いたしますね」
○●○
ようやく聖女様にお会いし、謝罪することができた。別に避けられていたというわけではない…と思う。司祭様から聞いたが、聖女様は怠ることなくさまざまな講義や訓練を受けており、自由な時間が殆どないらしい。その上少し前までは生徒会の仕事も手伝ってくださっていた。しかしながら疲れた様子は全く見たことがない。素晴らしい方だ。少し前までは姉のほうを聖女と呼ぶべきだという世迷い言――いや、実際に言ったことはないが――を吐いていた自分がひどく恥ずかしい。
以前から聖女様には謝罪するべきだと考えていたが、その考えが強くなったのはほんの数日前のことだ。
隣国へ留学中の姉からの手紙が来たことが原因だ。
姉からの手紙には自分のことと、隣国で自分がどんなことをしたかという自ま…報告と、自分の友人のことと――自分のことばかり。こちらを案ずる言葉も、様子を伺う言葉も、一言も書いてはいなかった。そこでやっとわかったのだ。結局のところ、あの姉は自分のことしか気にかけていないのだ。
聖女様がこちらに落ちてくる前に、姉はゲームの話をしていた。よく理解はできなかったがゲームブックのようなものらしい。姉は夢でそれを読んでいたのだという。そのゲームで姉は出てこなかったが、殿下やその側近たち、従兄さんや僕自身が出てきていて、聖女と恋仲になるのだそうだ。そして、国も世界も平穏になるのだと語っていた。
”あくやくれいじょう”はいなかったけど、いまは私が皇太子の婚約者なわけだし、そうなっちゃうのかな…。そうすると、聖女が私を殺そうとする…!?いやいや、”あくやくれいじょう”モノも多かったし、そっちって可能性もあるよね!?
言っていることは理解できなかったが、聖女が姉を殺そうとする、といったのはわかった。
そのことが頭から離れなくて、聖女様を色眼鏡で見てしまっていた。
本来ならする必要もなく、断ることができる生徒会の仕事をしていたときも、嫌味を――姉と、比べるような言葉を言ってしまった。
たしか、姉ならばこんな仕事言われずともしている、とかだったか。覚えていないような嫌味を言ってしまったのだ。
だが仕事ができないなど当たり前だ。彼女、聖女様はこちらの世界に来たばかりで、聖女と呼ばれるのにも慣れてはいない。この学園の常識も、慣例も、何一つ知らないのだ。そんな少女に言われる前にやれなどと、我ながら酷い言い草だった。
彼女に言ったとおり、あの頃はひどく不安定だった。
姉が漏らしていた言葉と、聞こえてくる聖女様の評判はかけ離れていた。
聖女様は、謙虚な方だ。
殿下が欲しいものは、と聞いたら、もっと学びたいとおっしゃったらしい。
姉は、恋仲だの言っていたが、聖女様がそうなりたいと考えているようには到底思えなかった。
だが、その頃の僕は姉を――バカみたいに尊敬していた。姉の言うことは絶対だと思っていた。
それが変わったのは従兄さんと話してからだった。
でも姉さんはそう思ってた。………聖女なんか―――
なんか、じゃない。聖女様は素晴らしい方だ。礼法を教えているが、素晴らしい生徒だよ。
姉さんだってそうだっただろ?
たしかに、そうだった。でも---はいつも自分のことばかりだ。自分がどう思われるかばかり気にして、周りはまったく気にしない。自分がよく見られることしか考えていないんだ。
それ、は…そうかも、しれない。
貴族であるからにはそういったところも必要だろうけど、到底聖女なんて呼べるような人物ではないだろう?…姉を尊敬するなとは言わない。ただ、聖女様を――色眼鏡無しで、見ることは、できないかな?
――――努力、してみる
先入観なしでみてみれば、彼女はとても―――いい子、だった。
僕は生徒会や学園での彼女しか見ることはできなかったけれど、それでもいい子だとわかるには十分だった。
生徒会の仕事は丁寧に素早くこなしているし、それ以外の関係ない先生の手伝いなんかも率先してやっていた。勉強も歴史とか、文法なんかは苦手みたいだったけど、それ以外では1位を取っていて、聖女の務めとして神殿にこもる前にはすべての教科で満点を取り、歴代最高得点をとっていた。
従兄さんに聖女様と会って謝罪したこと、その時の聖女様の言葉を話していると、唐突に言われた。
聖女様に恋しているみたいに言うんだな。
悔しいけれど、姉が言ったことは少しだけ、あっていた。
僕は聖女様に、彼女に恋をしてしまった。
□■□
---様は、聖女に、ふさわしくなかった?
人間である以上、誰しもに長所と短所がある。
聖女として、許容できる短所、なのか。
---様は、聖女に、ふさわしくは、ない?
なら、だれにすればいいの?
□■□
「我が愛し子、何をするつもりだ」
「神様、私は」
「……愛し子以外に、お前以外に力を貸すつもりはない」
「でも、私は聖女には、聖女とは」
「聖女は人が勝手につけた名称だ。お前がそれにとらわれる必要はない」
「わたし、どうすればいいんですか?」
「私が決めることは容易い。だが、お前が決めることが重要なのだ。お前は、どうしたいのだ」
「私は―――」
□■□
「聖女殿が倒れたというのはどういうことだ」
「殿下…。侍女が朝、起こしに伺ったところ、その…」
「はっきりと言え」
「は。眠ったまま、起きないのです」
「医者にも見せたのか」
「もちろんです。私自身も診ましたが…あれは、人智の及ばぬ領域――神が、なにかされているのではないかと」
「それは…どういう意味だ」
「―――聖女様に失礼だとは思ったのですが、部屋を改めたところこのようなものを見つけたのです」
「覚書、か…?いや、なんだ…これ…これは…」
「聖女様は私達に見せるつもりは全くもってなかったのでしょう。―――ですからこうやって、聖女様の本物の気持ちが、書かれている」
○●○
聖女殿が、倒れた。
倒れたというよりは、寝たまま、起きないと言ったほうが正しいだろう。
―――原因は、見当がつく。いや、ついてしまった。
司祭が聖女殿の部屋から見つけた、紙束。
そこには聖女殿の思ったこと、感じたこと、考えたことなどが脈絡もなく書かれていた。
日記のようだったが、日付もなく、書き留めたという言葉がふさわしいものだった。
ごめんなさい。
落ちてきたその日から書かれていたのであろう書面にはその言葉が、一番多く書かれていた。
最初の方にはその言葉は全く書かれていなかった。元の世界への郷愁と、私達への感謝の言葉。それだけだった書面が、聖なる力が発現したその日――より正確に言えば、聖女としての務めを果たすため、講義を受け始めた日――から、謝罪の言葉が増えていった。
そこに書かれていた聖女殿にかけられた言葉の主たちには、たしかにその言葉を言った記憶があった。
○●○
司祭は言った。
貴女ではなく---様が聖女であったなら…。
たしかに、その言葉を言いました。ですがそれは聖女様を貶めるための言葉ではありませんでした。
―少なくとも、私はそのようなつもりで言っていません。
聖女様も普通の少女です。急に聖女だと言われ、それにふさわしい振る舞いを身に付けろと言われ、思うところがないわけがありません。
彼女の負担を軽くしたいと―そう、思っていたのに…。
なじられたほうが、ましです。聖女様は謝るようなこと、していないのに。
○●○
生徒会長は言った。
姉さんなら言わなくても気づいていたよ。
た、しかに。僕は聖女様に、そう言いました。でも聖女様に謝って許してもらって…。
…なんですか?これは、聖女様の――。
……そんな。
僕は聖女様に、なんてことを言ってしまったんだ。
○●○
令嬢たちは言った。
---お姉様ならもっと素晴らしいお茶会になったでしょうね。
えぇ、そう言いましたわ。ですが聖女様のことも知らず、---様と比べてしまっていましたの。それに聖女様は殿下の婚約者になられるのでしょう?なら、前の婚約者である---様よりも――。
あら…婚約者ではない?そのような話は一切ない…?ですが---様は…あ、いえ。なんでもありませんわ。
それよりも――それが本当なら、私達は聖女様になんてことを…何をしても、償いきれるものではありません。何を言われようとも覚悟はできております、殿下。
○●○
学園の教師は言った。
---さんはすべての教科で1位をとっていました。
聖女様に?……言った、かもしれません。ですがあくまでも一生徒として---さんの名前を出したに過ぎないと思います。
ええと、覚えていないということはそういうこと、かと。
聖女様はそのあと素晴らしい成績を修めましたし…本当のところ、---さんよりも素晴らしい生徒と言えます。あ、このことは口外しないでいただけますか?---さん、そういうのにうるさいので…。
○●○
礼法の講師は言った。
私の従妹殿なら教えずともできていましたよ。
あぁ…聖女様は、気にしておられたのですね。あれは、聖女様を焚きつけるため…というと聞こえが悪いですね。聖女様のやる気を出すために言いました。ですが聖女様は比較されるのが苦手なようでしたので、その次の講義からはそういう物言いはやめました。
殿下、これは…聖女様の文字ですが…読め、と。
……私は、大きな間違いを犯してしまったのですね。
○●○
騎士は言った。
---様は剣など恐れなかった。君は剣なんて野蛮だと言いたげだな。
殿下、これは…いえ。言い逃れなどしません。確かに聖女…様に向かって言いました。
どのような意図があって…?いえ、単純に私達のような…騎士とともに剣を持つ方など---様以外にはいなかったので…。
ええと?…聖女様について知っていること…?いえ、別の世界から来たことぐらいしか…。
聖女様の世界では剣を見ることは殆どない…それに、ここに来たのは体力をつけるため?
私はそのようなことまったく聞いておりませんでした。てっきり、他の冷やかしの令嬢と同じく…。
! 申し訳ありません。確かに、聖女様にそのような様子はありませんでした。私の先入観のせいです。
謝る相手が違う…そうですね。あの、聖女様にお会いすることは…できませんか?
○●○
王子は思い出す。
婚約者の---はこれくらいは子供の頃にはできていた。
なんとなく言った一言だった。講師から聖術の勉学がうまく行っていないようだと聞いて、そう言ってしまった。
そのあと、聖女の世界には魔術などないと聞いて、自省した。それでは聖術の勉学などできぬのも当然だ。聞いたその足ですぐに聖女に謝罪に行くと、目を伏せて受け入れていたのを覚えている。
いえ、私が至らないのが悪いのです。これからもがんばります。
そう、言っていた。
○●○
神は何も言わない。
…だが、思うところがないわけではないのだ。
周囲の人間が---のことを一様に褒めたのは偶然だ。――必然、でもあるやもしれぬが。
---には前世の記憶があった。偽りのものだが。
---という少女には夢を介して別の世界を覗く能力があった。
本来ならその能力は物心付く前になくなってしまうような弱いものだったが、なんの偶然か、その前にある世界を覗いてしまった。
波長が合ったのか、そこにいたある女性の魂を、人生をすべて見てしまった。
それは幼い少女の記憶を侵食するのには十分なものだった。
その記憶は、少女の有り様を変えてしまった。
周囲に自分をよく見せること――それしか、それでしか自分は生き残ることはできないのだと、思ってしまった。
神は、聖女や聖人を通して間接的にしか下界に干渉できない。
だが今回のことは、完全に私の間違いだった。
聖女は、いつも謝っていた。
すべてに、自分が悪かったのだと。
最初からそうだったのではない。
聖女として、---と比べられるたびに、段々と自分を過剰に卑下するようになった。
膝で眠る聖女を撫でながら、語りかける。
お前は何も悪くはない。周りの人間も悪くはない。
私が―神が、全知全能ではなかったという話だ。私が、悪いのだ。
だがお前はそれでも気に病むのだろうな。
ならば、こう言おう。
歯車が、絶望的に噛み合い、また、噛み合わなかったのだ。