「ティアの一日は②」
~~~ティア視点~~~
ふたりがたどり着いた時、厨房にはすでにジローがいた。
コックコートを着て袖をまくり、すでに作業準備を済ませていた。
ジローとは同室のオスカーも、エプロンを身につけ作業準備を終えていた。
今日のメニューと作業工程の書かれた紙をテーブルに置いて、ジローと何やら打ち合わせをしていたようだが、ふたりの到着に気が付くと……。
「おう、おはよ。ティア、今日もセラを起こしてくれてあんがとな」
ジローがにかっと爽やかに挨拶してきた。
日ごろの苦労へ報いる気遣いも見せてくれ、ティアは思わず顔を赤くした。
「は、はいっ……あ、いいえっ。全然平気ですっ。わたし、早起きするの得意なんでっ」
あわあわと慌てて答えると、ティアは恥ずかしさのあまり顔をベールで隠した。
(ジローさんってすごいな。ホントになんでもお見通しみたい。わたしのしてることも全部わかっててくれて、こんな風に感謝までしてくれて、すごく優しい、すごく嬉しい)
努力を認められたり褒められたりといったことの少ない人生をおくってきた苦労人ティアだけに、ジローの反応は嬉しかった。
(もっともっと頑張らなくちゃ……。セラ隊長を支えて、お料理もきちんと作って……そしたらきっと、ジローさんはもっと褒めてくれるもんね。ジローさんはそうゆーとこちゃんと見ててくれるから……。で、でででできれば頭とか撫でてもらったりしてっ? なあーんてね、それはさすがに無理だよねっ? えへ、えへ、えへへへへ…………はっ!?)
ふと気が付くと、セラが( ‘ᾥ’ )グギギギギ……!
とばかりに顔を歪めて怒っている。
(しまったっ!? 隊長が嫉妬してる!? ジローさんから隊長へのあいさつがろくにないのにわたしだけがあいさつされて、褒められてっ! このままじゃ『どろぼーねこ』認定されちゃうっ!?)
あわあわするティアをよそに、セラはジローのお尻をバシバシ叩く。
「もう! ティアにばっかり! セラには!? セラにおはようは!? 早起きしてくれてありがとうは!?」
「へいへい、おはよ。おまえもあんがとよ」
「もおおおーっ! てきとおおおーっ! てきとーすぎだよジロー! これにはセラも激おこだよ!?」
「へいへい、悪かったよ。反省してまーす」
「全っっっ然気持ちが入ってない! もっと心を込めて謝って!」
ぷんぷんと顔を真っ赤にして怒るセラと、そんなセラをからかうジローと。
傍から見るとケンカしているようにしか見えないが、実はいつも通りの朝の風景だ。
こんなやり取りをしておいたくせにこの後何事もなかったかのように調理を始め、終わる頃には笑い合っているのだからすごい。
(ふたりって、ホントにホントの家族みたい。いったいどれだけ長い間一緒にいたら、こんな風な仲になれるんだろう?)
家族にも友人にも生活環境にも恵まれたことのないティアにとって、ふたりの関係は物語の中の出来事のように見える。
憧れるけど、決して手は届かない。そんな風に。
(これがオスカーさんだったら普通のケンカになって、一日口も利かないぐらい揉めるもんね)
ちろりと横を見ると、オスカーが眉間に皺を寄せている。
ギロリとすごい目でジローをにらみつけていて、正直怖い。
別に自分がにらまれているわけではないのに、思わずびくびくしてしまう。
(うう……オスカーさんはやっぱり怖いなあ……。女の子たちは美形だクールだって騒いでるけど、わたしには無理だあぁ……)
ティアから見ても、オスカーは美形だ。
女性みたいに細くて、凛とした雰囲気があってかっこいい。
成績もいいし運動もできる。
真面目で、調理に関しても手を抜かない。
ティアが困っていたら手を差し伸べてくれる優しさもある。
でもやっぱり、身に纏っている雰囲気が怖いのだ。
信徒というよりはどこか軍人のような、剣呑な気配を感じるのだ。
(やっぱりわたしはジローさんみたいな大きくて暖かい人がいいなあ。もちろん歳が離れてるし、具体的にどうこうってわけじゃないんだけど……できればずっと一緒に……。えへ、えへへへへ……ってダメだダメだダメだっ。これじゃまた、隊長に『どろぼーねこ』認定されちゃうっ)
火照った頬を手で扇ぎ、そっぽを向いてセラの強烈な視線を避けていると……。
「あ゛あ゛あ゛~……ねむい。ったく、こんな朝早くからやってらんねえよなあー……」
ぶつぶつとぼやきながら、マックスが厨房に入って来た。
ぼさぼさの寝癖、皺の寄った制服、止まらぬあくび……。
(あー………………これはない)
マックスのだらしなさを目にするなり、ティアは( ˙-˙ )スンっ……とばかりに平静に戻った。
「ったく、なんだそのだらしねえ格好は。寝癖を直して、服もきちんと着て、あとついでに顔も洗ってこい。身だしなみの整ってねえ料理人の作った料理なんて誰も食べたがらねえだろうが」
マックスの頭をこつんと叩いて叱ったジローだが、次の瞬間には満面の笑顔を浮かべた。
「ま、いいか。ひとりで起きて来てくれただけでも大いなる成長ってもんだな。よくやったぞ、マックス」
ちょっと前まで不良少年だったマックスが、こんな朝早くに起きて来てくれた。
その成長を、ジローは素直に喜んでいる。
「バ、バカにすんな。これぐらい普通にできらあ」
一方、まさか褒められると思っていなかったマックスは、顔を赤らめ動揺している。
(あ、いいなあー。わたしももっと褒められたい。あの笑顔を向けられたい。ずいぶんハードルの低い褒められ方だけど、それでもうらやましい……)
マックスが褒められているのを見てうらやましくなったティアは、こっそりと気合いを入れた。
(よーっし、今日もがんばるぞ。お料理がんばって、もっともっと褒めてもらおうっ)
ロッカールームに入ると、手早くベールを脱いでコイフを脱いだ。
エプロンを身に着け、袖をまくって紐で縛ると、小さな拳を握りしめた。
ティアの一日は、そんな風に始まる──
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