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【紙書籍発売中】追放されたやさぐれシェフと腹ペコ娘のしあわせご飯  作者: 呑竜
「第2部第3章:起死回生の逆転料理」
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「第一助手の役割」

 どこのご家庭でもあるある、砂糖と塩を間違えた時の対処法。

 特に肉じゃがなどの煮物に塩を盛り盛りに入れてしまった場合の対処法は、大きく三つある。


 一:汁を捨てる。

 二:水や食材を足して希釈きしゃくする。

 三:調味料やスパイスを投入する。

 

 要は塩分を薄めるか、濃い味で誤魔化すかということだが、この中から俺は、まずは一を実行することにした。

 何は置いてもそれが、即効かつ実効性のあることだからだ。


 だが、味見してみてすぐに気づいた。

 食材には塩味がそこそこ浸透している。この時点でけっこう塩辛い。

 ならば今さらジタバタしてもしかたがないので、俺は慌てないことにした。

 ゆっくり大きな声で説明を行った。

 説明を聞く子供たちを焦らさないように、安心させるようにだ。

 子供ってのは大人をよく見てる、そういう意味で。

  

「いいか? みんな見てろ。まずはこうして煮汁を捨てるんだ。食材まで一緒に捨てちまわないよう慎重にな?」


 子供たちの誰もが見えるようにわかりやすい動作で、かつゆっくりとフライパンを傾けていく。

 シンクに向かってこぼれていく中に食材が混じらないように慎重に。

 ひとつのフライパンが終わったらまた次のフライパンに、それが終わったらまた次に。

 ひとりでやってたらキリがないので、手近で見ていたセラを招き寄せた。


「おいセラ。おまえもこっち来てやれ」

「うん! わかった!」


 どんなものであれ料理の行程を任せてもらえるのが嬉しいのだろう、セラは満面の笑みで駆け寄って来ると、両手でフライパンの取っ手を握った。


「うんしょ、うんしょ……だばーっ」

「おい、だばーはやめろだばーは。めっちゃ食材こぼれてるじゃねえか」

「むむむ、主にニンジンが逃げて行く不思議……っ?」

「おまえの苦手な食材から逃げて行くの都合よすぎるだろ」


 この機に乗じて完全犯罪を目論もくろむセラにツッコミつつ、さらに作業を進めていく。


 が、なかなか進まない。

 食材をこぼさないよう煮汁だけを捨てるというのはそれだけ慎重さを求められる作業だということだが……。


「んむむむむ……これは大変だ。ティア隊員っ、ティア隊員もきょーりょくしなさいっ」

「ええーっ? わ、わたしもですか隊長っ?」

 

 切羽詰まったセラが指示を出すと、ティアはおっかなびっくりフライパンを傾けていく。


「あああ……もったいない……」


 さすがは食いしん坊というべきか。

 作業自体は正確なのだが、塩辛い煮汁が排水口に流れていく様にすら哀愁を感じている様子で、これまたなかなか作業が進まない。


「よし、ボクもやろう。食材をこぼさず煮汁だけ捨てればいいのだな?」


 見かねたオスカーが参加してくれて、これで四人。

 

 しかし他の子供たちはなかなか参加してくれない。

 どうしたのかと思って見てみると……。


『…………』


 どこか遠くへ行ってしまったというわけではない。

 子供たちはまだその場にいて、俺たちの行為を不思議そうに眺めている。


 ──もうダメなんじゃないの?

 ──作り直そうとしてるの? ホントに?

 ──こんな塩辛いの失敗でしょ。 

 ──時間もないし、終わりでしょ。

 ──もういいよ、料理なんてくだらない。


 調理失敗のショックから立ち直れないでいるのだろう、まったく動こうとしない。

 それどころか、もう二度と料理に関わろうとしないような発言まで聞こえて来る。


「……ああーそっか、そんなすぐには立ち直れねえか……」


 何せ相手は子供なんだ。

 料理なんてそもそもしたことないようなのに超特急で教え込んで、これまでは上手いこと運んできたが、一度でも失敗したなら疑念が生じるわけだ。

 俺への、料理そのものへの。


 自分はホントに料理が出来ているのか?

 そもそも料理って楽しいのか?

 どうしてもやらなければならないものなのか?


 疑念が鎖のように体中に絡みつき身動きがとれないでいる子どもたちに、俺はなんらかの声をかけてやらなければならない。

 料理番として、遥かに年上の先輩として。


「なあ、おまえら……」

「終わりなんかじゃないよ!」


 俺が声を発するよりも先に、セラが叫んだ。


「失敗したって作り直せばいいんだもん! 一からじゃなくてもなんとか出来る方法はあるんだもん! ジローはすごいんだから! なんでも出来て、なんでも知ってて! いつだって美味しい料理でみんなを幸せにしてくれるんだから! お料理の魔法使いなんだから!」

「セラ……」

「わかった!? わかったらやるの! 言われた通りにとにかく手を動かすの! 失敗したあーってへこんでる暇なんかないんだよ! ご飯の時間はもうすぐなんだから! みんなみんな、今日のご飯を楽しみにしてるんだからね!」


 ね、そうだよね!?

 そんな風に目顔で確認してくるセラだが……。


「あ、ああ……そうだな……」


 俺は思わず圧倒されてしまった。

 

 この状況で、俺より先にセラが動くとは思わなかった。

 もともと思い立ったら即行動のやつではあったが、まさかここまで……や、でもそうか。そういうことか。


 それもこれも役割設定のおかげなんだなと、俺は気づいた。

 オスカーの存在に嫉妬していたセラに、俺は『第一助手』としての役割を与えてやった。

 それ自体にはなんらの権限もない、名目上の役割を。


 だけどセラは、そうは受け取らなかったんだ。

 俺の助手としてみんなに情報を伝達し、食材や調味料や調理器具を用意する。

 それだけでなく、みんなを叱咤激励して士気を盛り上げ、結束力を高めることまでしようと考えたんだ。

 自分で、自発的に。そうしようと考えたんだ。


「……ふ」


 ふと気が付くと、俺は笑っていた。

 口元を緩め、ニヤついていた。


 嬉しかったんだ。 

 子供だ子供だと思っていたセラが急速に成長していることが。

 勘違いから始まったことだとはいえ、神学院に来てまだ間もないにもかかわらず、こんなに広い視野を確保できるようになったことが。

 このままでいくと、いったいこいつは将来どんな立派な大人になるのだろう……なんて、それはさすがに親馬鹿(兄馬鹿?)かもしれんけど……。


「ん? どーしたの? ジローはなんで笑ってるの?」


 不思議そうに首を傾げるセラの頭にポンと手を置くと。


「いや、おまえは偉いなって思ったのさ。がんばってるなって」

「ホントっ? ホントっ? セラは偉いっ?」 

「おう、ホントだよ。おまえは偉くて立派だ。さすがは俺の第一助手」

「…………っ!!!!!?」

 

 俺からのかつてない賛辞を受けたセラは、つま先から頭のてっぺんまでをぶるりと震わせた。

 顔を真っ赤にすると、ティアの背後に逃げて隠れた。

 おそらくは恥ずかしかったのだろう、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぽしょぽしょとつぶやいた。


「そ、そうゆー告白的なことは、あとでふたりきりの時にして欲しい……」

「いやまったくそんなことは言ってないんだがな?」


 こういうところはやはり、セラはセラだ。


「まあともかく、みんながやる気になったようで良かったな」


 子供たちはすでに作業に取り組んでいる。

 おっかなびっくりフライパンを傾け、煮汁を捨てている。


 まだ動きに固さはあるが、十一歳のセラに叱咤されているようでは格好がつかないといった部分もあるのだろう。

 歯を食いしばって行っている。


「さて、煮汁を捨てたら次の行程に移るぞ。次は豆乳をー」


 パンパンと手を叩いて子供たちの注目を集めると、俺はさっそく次の行程の指示を出した。

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