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【紙書籍発売中】追放されたやさぐれシェフと腹ペコ娘のしあわせご飯  作者: 呑竜
「第2部第3章:起死回生の逆転料理」
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「まさかの取り違え」

 マックスに目に物見せてやろうと張り切った、その日の夕方のことだった。

 フランス風の肉じゃがを作ろうと思っていた俺は、開始早々に暗礁に乗り上げた。


 豚肉にジャガイモ、玉ねぎニンジンぽろネギにベーコンにんにく、各種香辛料に調味料。

 材料を揃え、調味料を揃え、製法を子供たちに伝え。

 あとは手順通りに作らせるだけだと思っていたら、そういうわけにはいかなくなった。

 まさかまさかの事態が待っていたんだ。


 第一発見者はセラ──

 

「ねえねえジロー、これって砂糖じゃなくない?」


 うんしょうんしょとセラが運んで来た砂糖ツボを覗いてみると、たしかに違う。

 塩ツボと比べるとどちらも白色で一見すると似たように見えるが、塩と砂糖は粒子の大きさや溶解度が全然違うので、料理人だったら舐めるまでもなく見た目でわかる。

 白い粉大好きなセラ(語弊あり)は、おそらく舐めて気づいたのだろうが……。

 

「……うん、これは塩だな」

「ね、匂いが全然違うもんね?」

「うんそうだな。匂いが全然……え、匂い? おまえ、砂糖と塩の違いが匂いでわかるの? 舐めるまでもなくわかったの?」


 砂糖と塩、どちらも保存はきくが匂いがつきやすい調味料であり、保存環境によって特有の匂いがするというのはたしかにある。

 あるのだが、今回はどちらも同様の環境に置いていた。

 それのみでかぎ分けるというのは、野生の動物でない限りは不可能だと思っていたのだが……。


 はああ~、ホントにこいつは狼の血を引いてるのかもな、などと感心してる場合じゃない。

 これって下手すると、砂糖と塩を間違えて使ってる可能性が……。


「おいみんな! 調理の手をいったん止めてくれ!」


 俺は大声を上げ、全員の調理の手を止めさせた。

 

 だがしかし、その時にはすでに遅かった。

 子供たちはなんの疑問も抱かず調理を行ってしまっていた。

 本来であれば砂糖を使うべきところに塩を使い、そこへさらに塩を重ねてしまったため、ものすごく塩辛い食べ物になってしまっていた。 


 調べてみると、食料保存庫に保存されている砂糖ツボと塩ツボの中身の一部が入れ替えられているようだった。

 それらが一番手前にあったものだから、料理素人の子供たちが間違えて持って来てしまったんだ。

 指定したレシピ通りの材料を集めようとした結果、必然的に。

 

「……ちっ、なんだってこんなことに?」

 

 悔しさのあまり、俺は舌打ちしながら辺りを見渡した。


 保存庫の隅に砂糖と塩が集中的にこぼれている場所があるところからして、おそらくはそこで入れ替え作業を行ったのだろう。

 つまりこれは偶然ではない。誰かが故意に発生させた事故なんだ。

 

「誰がいったい……?」


 犯人は、すぐにわかった。

 保存庫で頭を抱える俺を、笑いながら見ている人物がいたからだ。


「おやおやジロぉ~、どうしたのかなぁ~? そんなに頭を抱えちゃってぇ~?」


 それはマックスだった。

 扉の脇から特徴的なリーゼントを覗かせたクソガキが、俺のことを嘲笑っていた。


「聞いたぞぉ~? 塩と砂糖を間違えたんだってぇ~? おかげでものすごい塩辛い料理が出来ちゃったんだってぇ~? なあなあどうすんの? そのままみんなに食わせるのぉ~? な~んて、さすがにそんなわけにはいかねえよなあぁ~? とすると今から作り直し? そんなのさすがに間に合わねえよなぁ~?」


 料理の塩辛さにプラスして、残された調理時間の短さ。

 こちらの窮状を的確に見抜いたマックスが、これ以上ないほどにムカつく口調で煽ってくる。


「いやもうマジで殺してやろうかな、こいつ……」


 腕まくりした俺が、思い切り憎悪を募らせていると……。


「その話、乗ったぞジロー」


 一部始終を見ていたのだろうオスカーが、闇の世界の殺し屋みたいな恐ろしく冷たい声で言い放った。


「こいつを殺して山に埋めよう」

「いやいやさすがに冗談だから。本気で殺す気はないから」

「はあ? なぜだ? こんなゴミ、生かしておいてもいいことないぞ?」

「まあそうだけどさ。わかるけど落ち着けって。そのペティナイフを逆手に持ち返るのマジやめろって洒落になんないから」


 はやるオスカーの肩を、ガシリと掴んだ。

 こいつの場合、紳士な俺と違って本気で殺しかねないからな。

 マックスのことはたしかにムカつくが、そのせいで同室の人間(オスカー)が官憲に捕まるのを見たくはないし……。


「おい、マックス。死にたくなかったら素直に自白しろ」


 オスカーのおかげでかえって冷静になれた俺は、「ひええ……っ?」とばかりにビビりまくってるマックスに自白を呼びかけた。


「おまえ、なんでこんなことをしたんだ?」 

「は、はああ~? そんなの決まってんだろ。おまえらがムカつくからだよ。ちょっと料理が出来るぐらいでいばって。料理番だなんだとチヤホヤされて調子に乗って。そういうところがムカつくからだよ」

「なるほど、嫉妬か」

「は、はああ~? そんなんじゃねえーしっ。これはあれだ、天罰だ。調子ぶっこいてるおまえらに神様が下した罰なんだよっ」


 絶対神様なんか信じてないくせにそう言い捨てると、マックスはバビュンとばかりに逃げて行った。

 よっぽどオスカーが怖かったらしい、とにかくものすごい勢いだった。


「……目立った俺らがムカついた、か」


 ガキによるガキっぽい動機にため息をつく俺の傍で、ようやく冷静さを取り戻したオスカーが状況を分析した。


「おいジロー、のんびりしている暇はないぞ。料理をこのまま出すわけにはいかないし、となるとパンとスープとサラダぐらいしか食卓に上げられるものがない」


 肉じゃが以外に用意していたのはパンとかぼちゃのスープと生鮮野菜のサラダぐらいしかない。

 さすがにそんな味気のないメニューでは、グランドシスターはもちろん育ち盛りの子供たちを満足させることは出来ないだろう。

 不満憤懣ふまんふんまん、シュプレヒコール。

 これから起こるだろう出来事を想像しげんなりしているところへ、セラがバタバタと慌てた様子でやって来た。


「ジロー! ジロー! みんなが大変だよー!」


 肘を引っ張られるままに厨房を覗いてみると、子供たちが一様にうなだれている。

 椅子に座り込んで呆然とし、あるいは天井を仰いでいる。


 ──どうしよう、失敗しちゃった……。

 ──こんなの食べられないよね?

 ──どうするの? 捨てるの? 他の料理なんてないよね?

 ──ああー、なんで気づかなかったんだろっ。

 ──そんなのしょうがないじゃん。全部マックスが悪いんだし、わたしらは悪くないし。 

 ──ハアア~、へこむわあ~。やっぱり俺には料理なんか出来ないんだあ~。

 

 まあ、無理もない。

 マックスのせいだとはいえ、これもひとつの失敗には違いない。人生における、挫折のひとつの形には違いない。

 晩御飯を楽しみにしている他班の友人たちや担当の指導教官への気まずさもあるのだろう、子供たちはどよんと沈んでいる。

 中には料理に対する苦手意識を持ってしまった者もいるようだ。


「このままじゃみんな料理が嫌いになっちゃうっ。ジローっ、なんとかしないとだよっ」


 セラがぎゅうと、俺の腰にしがみついてくる。


「ジローなら出来るよねっ? こんなのササッと解決しちゃうよねっ?」


 大きな瞳で俺を見つめ、なんとかしてくれとせがんでくる。


「あまり無茶を言うな、セラ。ジローにだって出来ないことはある」


 状況から無理だと判断したのだろう、オスカーが代替案を出してきた。


「どうだジロー、残った肉に味をつけて適当に焼くというのは。味としては素朴だろうが、スープとパンとサラダ自体はすでにあるんだ。メインのひと品があれば最低限の格好はつくだろう」

「ダメだよそんなんじゃっ。そんなのジローの料理じゃないもんっ。ジローの料理はパアアアーッと輝いててっ、魔法みたいにすごいものじゃなきゃダメなんだもんっ」

「状況的にしかたないと言ってるんだ。残された時間と食材で出来ることは限られていて……」

 

 ふたりの言い合いを眺めながら、俺は束の間思いを巡らせた。

 ドニが俺に教えてくれた大事な事々、そのひとつに。

 

 ──砂糖と塩を間違えるような間抜けはこの中にはいないだろうが、それでも万が一はある。人間ってのは完璧な奴ばかりじゃなく、一定の割合で間抜けが混じっているからだ。料理はひとりでするものではなく、多くの場合、他の奴らと協力してするものだからだ。この意味はわかるな?


 ケーススタディの一環として行われたその授業は、いつもの如く他の生徒たちには不評だった。

 だけど俺は、大いに楽しんで受けていた。


 なぜなら俺も、料理を勉強したての頃に同じ失敗をしたことがあったからだ。

 塩と砂糖を取り違え、やたらと料理が塩辛くなり。

 けっきょく挽回ばんかい出来なかった苦い思い出があったからだ。


「……ふん、こんなところで役に立つとはな」


 俺のつぶやきを聞き取ったのだろう、セラがパアアッと表情を明るくした。


「ジロー、やったっ。それじゃ……っ?」

「おう、任せろセラ」


 歓喜を叫ぶセラの頭をぐしゃぐしゃ撫でると、俺は告げた。


「マックスの奴に見せつけてやるさ。『それが料理だ(セ・ラ・キュイジーヌ)』ってな」

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