「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」
料理番となって最初の朝食が大評判。毎日の食事も大好評。
1週間がたち、料理担当がD班からA班に切り替わってもそれは続いた。
食への意識が高まった生徒たちのモチベーションはマックスで、教える傍から吸収してくれる。
グランドシスターの全面的な支援も得られ、なんともやりやすい状況だ
そこへさらに、思わぬ副産物までついて来た。
「ええー!? オスカーも料理番になるのー!?」
とある朝のこと、控室にて。
恥ずかし気な顔をしながらエプロンに袖を通したオスカーを見て(俺以外は全員エプロンだ)、セラが遠慮のない大声を上げた。
「なんで!? なんで!? なんでえええーっ!?」
「いや、その……なんというかだなあ……」
「あんなにいやそーだったのにどうしたの!? ねえどうして!?」
もごもごと言いづらそうにしているオスカーに、セラは遠慮なく質問を浴びせていく。
煽る意図はないのだろうが、ぐるぐるとオスカーの周りを回るようにして聞いている。
まあ、たしかに疑問ではある。
この間まではあんなに嫌がっていたのに、激怒してその場を立ち去ったぐらいなのに、どうしてまた急にやる気になったのか……。
「ははーん……そういうことか」
ぴんと閃いた俺は、煽り気味にオスカーに言った。
「おまえ、料理が好きになったんだろ? なんやかやで興味を持ったんだ」
「そ、それは違……っ」
オスカーは否定しようとしたが、何を思ったのだろう途中でやめた。
後ろを向いてぐぐっと拳を握り、「くっ……姫の命令でさえなければこんなことには……っ」とかなんとかぼそぼそ言っていたが、何を言っているかまではわからなかった。
ともかくオスカーが加入し、メンバー四人となった俺たち料理番ズ。
セラとティアの年少組が包丁を使えないので(セラは例の子供包丁で練習中)、包丁を使える人間が増えたのはかなり大きかった。
しかも事前の見立て通り、オスカーはかなり筋がいい。
味覚や美的感覚といったものはゼロに等しいのだが、作業をさせるとこれがまた正確で素早いのだ。
下準備、特に切るということに関してはすぐにでも俺の片腕になれるぐらいに。
そんなある日のことだった。
まな板に向かって忙しく包丁を振るっているオスカーの脇に、セラが立った。
「……ん? なんだ、セラ?」
いったい何の用かと、手を止めるオスカー。
「ふうーん……? ふうーん……?」
細く薄く切られたキュウリを摘まみ上げると、セラはすっと目を細めた。
ひとつ摘まんでは脇に置き、ひとつ摘まんでは脇に置き、やがて上手く切れずに繋がっている部分を見つけると、キランと目を光らせた。
「あらら~? ダメだね~オスカー隊員~? こことここの繋がってるの、ダメだよね~? こんなの恥ずかしくて、みんなに食べさせられないよね~?」
新人いびりをする先輩か、あるいは小姑のようにチクチクとミスを指摘するセラ。
「うっ……? し、しまったっ、ボクとしたことが……っ?」
オスカーはオスカーで素直な気質なものだから、自分のミスに気づくやズーンと落ち込んでしまう。
「オスカーにはまだ、ほうちょーは早いんじゃないかな~? 悪いことは言わないからあ~、ジローに言って辞めさせてもらったら~? セラと一緒に雑用から始めたらあ~?」
「いいかげんにしろ」
頭をコツンとチョップすると、セラは「のおおお……っ」とばかりにその場にうずくまった。
「せっかくやる気になってる奴をいびってどうする」
するとセラは涙ぐみながらガバッと顔を上げ。
「だってだって! ジローがオスカーばっかりひいきするから!」
「別にしてねえよ。普通のことだろ」
「だってほーちょー!」
「歳相応のものを使わせてるだけだろ」
「だってだって! セラはまだこれなのに!」
ほらほら、と小さな子供用包丁を見せつけてくるセラ。
刃先が丸く、根元に刃が付いていない子供用包丁、かつ俺の目の前でならという条件付きで使わせているものだが、それはセラがまだ11歳だからだ。
対するオスカーは16歳で、剣術を嗜んでいたおかげで刃物の扱いに慣れているし、大人用の包丁を使わせるのは当たり前。
当たり前なのだが、理屈で言い聞かせようとしてもセラはなかなか納得しない。
唇を噛み、目に涙を浮かべて悔しそうにしている。
さてどうしたもんかねと悩んでいると……。
「ジローさん、ジローさん」
ティアがくいくいとコックコートの袖を引いてきた。
万事につけ控えめなこいつにしては珍しいなと思って見ると、何やら真剣な顔をしている。
「ん? どうしたティア」
しゃがみこんで目の高さを合わせてやると、ティアはぽしょぽしょと小さな声で耳打ちして来た。
曰く──
自分がジローに次ぐ2番手だと思っていたのにいきなりオスカーに抜かれたことで、セラは焦っているのだそうだ。
ジローにそんな気はなくてもセラにとってそれは大事なことで、だから何とか面目を保ってやって欲しいのだという。
「ティア……おまえは人間出来てるなあ~。ホントに10歳か? 人生2回目だったりしないか?」
気遣いの良さが絶対10歳じゃない。
所属してる修道院で相当な目に遭って来たみたいだから、そういった理由もあんのかな。
しかしセラの面目を保つかあー、ちょうどいい方法あったかな?
ううむと腕組みして、考え考え……ふと気づいた。
そうだ、あれがあった。
包丁練習中のセラに、少しでも料理の満足感を覚えさせるためにと考えたあれが。
「おう、セラ」
「……ふんだ、ジローはオスカーとびーえるしてればいいんだ」
完全にふて腐れているセラはしゃがみ込んだまま、おそらくはおかーさん語録なのだろう言葉を吐き捨てた。
「ちっ……しょうがねえなあ」
俺はぼりぼりと頭をかいた。
正直面倒だが、ティアの言う通りではある。
セラの俺への執着を考まったく慮に入れずにオスカーにつきっきりになっていたのは俺が悪い。
だったらここは、譲歩するのは俺の方だ。
「今日の晩御飯な。最後にみんなにお茶を出そうと思ってるんだ」
「……お茶?」
セラの耳がぴくりと動いた。
ちろりと俺を見上げたその目には、希望の光が灯っている。
「お茶ということは、つまりその……」
「そうだ。おまえの特技、おまえの出番だ」
自分の出番と聞いた瞬間、セラの表情が変わった。
今までのふて腐れ顔がウソみたいな勢いで、パアっと輝いた。
立ち上がった勢いのままに俺の腰に抱き着くと。
「ホントに!? ホントにセラがやっていいの!?」
「おう、任せたぞ第一助手」
「やったー! やったやったあー!」
ぴょんぴょん跳ねながら万歳したセラはひとしきり喜ぶと、オスカーをの方をちらりと見た。
そして。
「……ふっ」
唇をひん曲げるような、いやらしい笑みを浮かべた。
「なっ、なんだその笑みは……っ? もしかして、キミが表に立つことでボクがうらやむと思っているのかっ? だとしたらそれは大きな勘違いで……っ」
サッと表情を変えたオスカーに、しかしセラはこれ以上ないぐらいの上から目線で。
「うんうん、わかってるわかってる。オスカーはまだ、このりょーいきの話にはついて来れないからねえ~」
「全然わかってないじゃないかっ。言ってるだろうボクは料理になんか興味無いし、キミがどれだけのことが出来ても関係無いしっ。そもそもなんだその領域とやらはっ。全然わけがわから」
「……ふっ」
「その笑みをやめろおおおおおーっ!」
セラとオスカーふたりの小競り合いはしばし続き。
「……争いは同じレベルの者同士でしか発生しないってのは、あれはホントだったんだな」
俺はしみじみとため息をついた。
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