「みんなで料理」
ザントの厨房とは違い、神学院の厨房は設備も食材も完璧に整っている。
代用レシピを使う必要はないし、一部を除いたほとんどの現代レシピを再現することが出来る。
じゃあとびきり手の込んだ料理を皆に食わせよう……というわけには、しかしいかない。
問題は人数だ。
提供しなければならない食事量が二百食。
調理する生徒の数が二十五人(プラスで俺・セラ・ティア。今日は俺たち所属のD班なので、最も少ないパターンだ)。
状況次第では指導官五人も手伝ってくれるが、それを含めても三十人。
起床時間も食事時間も毎日決まっているので、調理時間は二時間ちょいでほぼ固定。
昨夜のうちに仕込みが出来ていれば話は別だが、初日の今日は当然だが出来ていない。
しかもD班は今日が初めての調理の日。
料理慣れしてそうなのも何人かはいるが、ほとんどは素人。
低い士気についてはグランドシスター召喚によってなんとかなったが、問題は肝心要の調理行程。
せっかく上げた士気を、複雑な行程で台無しにしてはならない。
というわけで今回俺がテーマとしたのは、『素人でも出来る』、かつ『作っていて楽しい』料理。
その名は『エンパナーダ』。
インドのサモサに似た一種の包み焼きで、スペイン系の多くの国で愛されている郷土料理だ。
日本人的な感覚で言うとジャンボ餃子が一番近いだろうか。
「ようーっし、みんな材料は揃ったなー?」
作業台の前にズラリと並んだ生徒たちに、俺は調理行程を手ずから教えた。
といったって、それほど複雑なものではない。
生地の材料は小麦粉とオリーブオイル、塩と牛乳。
それらをボウルに適宜投入し、混ぜすぎないように混ぜていく(グルテンが出来過ぎないよう、サクサクした生地にしたいので)。
ひと塊になったらしばらく放置して休ませる。
──……え、これでおしまい?
──こんな簡単でいいの?
あまりにも簡単な手順に、料理素人の生徒たちが驚きの声を上げる。
「生地はお休みだけどみんなは休まないよー。次だよ次ーっ」
一年前は生地と一緒に休んでたセラが、偉そうにみんなの背中を押す。
その光景の微笑ましさを笑いながら、俺は次の指示を出していく。
「次は切り刻む行程だ。まずは年長組、俺の見本通りに刻んで行くぞーっ」
たまねぎ、チーズ、キャベツ、レタス、ニンニク、パセリ、にんじん、さやいんげん、レンズ豆、ポロねぎ、じゃがいも、ベーコン、レーズン、米、唐辛子、魚、マッシュルーム、肉各種……。
刻めるものをとにかく片っ端から刻んでいく。
包丁に不慣れな者が多いので大きな塊がけっこう出来るのだが、それはそれでヨシだ。
──こんな適当でいいんだ?
──いやいや、おまえのそれは適当すぎんだろ。刻むの意味わかってる?
切り刻むだけ、という行程がわかりやすくていいのだろう、料理嫌いな男どもも楽しそうな顔を見せ始める。
「セラたちはまだ包丁使えないからこっちねーっ」
年少組に包丁を使わせて万が一のことがあると危ない。
なのでそっちはセラに任せ、溶き卵や次の行程で使う調理道具を用意させた。
「あう、卵が跳ねて……」
「あはははっ、ティアの顔が真っ黄色ーっ」
年少組は年少組なりのアクシデントを起こしつつも、和気あいあいとして行程は進んでいく。
「ようーっし、次は休ませた生地を用意しろーっ」
刻む過程で適度に時間を消費したら、今度は休ませていた生地の出番だ。
めん棒で生地を薄く伸ばしたら、そこに……。
「刻んだ材料に味付けして、適当に載せて包め。塩と香辛料の量と包み方は俺とセラが教えるからなーっ」
──え、適当に?
──なんでもいいの? ホントに?
「おう、なんでもいいぞ。肉嫌いな奴は野菜のみでいいし、逆に肉のみでもいいし。もちろん食べる人のことも考慮して──」
「じゃあセラは肉のみでっ」
すかさずしゅたっと手を挙げるセラ。
「おまえはバランスよく包め。じゃないと大きくなれんぞ」
「うええええー……」
俺とセラのやり取りを見た皆が、一斉に笑い声を上げる。
ともあれ、ノリはわかったのだろう。皆、生地の上に自分の好きなように食材を載せ始めた。
包む行為それ自体も簡単だ。
餃子の皮を作るのと一緒だから、料理素人でもすぐ出来る。
多少の不格好さも味といえば味だしな。
「ようーしっ、包み終わったら最後は溶き卵を塗ってオーブンに入れて焼いて終わりだっ。お疲れさんっ」
──え、ホントに? これでいいの?
──俺……料理ってもっと難しいもんだと思ってた。
──やってみるとこんなに簡単なんだ……はああー……。
感心したようにつぶやく皆。
まあ実際にはこの後洗い物もあるし、配膳や後片付けなどでも忙しくはなるのだが、そういう理解でいいだろう。料理自体はもう出来た。
「ま、最初はこんなもんだろうな」
楽しげに笑う皆の顔を眺めながらうなずいていると……。
「……なあ、ジロー。料理とは本当にこれでいいのか? もっと複雑なその……ボクにはわからない色々があるのじゃないか?」
オスカーが不安そうに話しかけて来た。
「なんだよ、不満か? 美味い料理が楽に作れるならそれでいいじゃねえか」
「いや、不満ではない……不満ではないのだが……。全力を尽くしていない感覚があって……」
「ああ、なるほどな。おまえって、料理は汗水たらして必死に働いて作るもの、と思ってたのか」
ま、それ自体は間違ってないんだがな。
向こうの世界で働いてた『ラパン・グルマン』の厨房なんか、毎日が戦場みたいなもんだったし。
「実際そういう料理もそういう厨房もあるけどな。ここはそうじゃねえだろ。入学したばかりの新米に、いきなり難しいこと望んだりしねえよ。複雑な料理はこれから、これから」
「そ、そういうものか……」
「そういうもんだ」
半信半疑といったようなオスカーの背中を叩くと、俺は俺の作業に移った。
「こ、こら、人の背中を勝手に触るな……ってなんだ? ジロー、キミはまだ何かするのか?」
「当ったり前だろ。こいつらとは違って、俺はプロなんだ。一品メインを作ってはいおしまい、ってわけにいくかよ」
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