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【紙書籍発売中】追放されたやさぐれシェフと腹ペコ娘のしあわせご飯  作者: 呑竜
「第2部第2章:エンパナーダのおもちゃ箱」
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「みんなで料理」

 ザントの厨房とは違い、神学院ここの厨房は設備も食材も完璧に整っている。

 代用レシピを使う必要はないし、一部を除いたほとんどの現代レシピを再現することが出来る。

 じゃあとびきり手の込んだ料理を皆に食わせよう……というわけには、しかしいかない。


 問題は人数だ。

 提供しなければならない食事量が二百食。

 調理する生徒の数が二十五人(プラスで俺・セラ・ティア。今日は俺たち所属のD班なので、最も少ないパターンだ)。

 状況次第では指導官五人も手伝ってくれるが、それを含めても三十人。 

 

 起床時間も食事時間も毎日決まっているので、調理時間は二時間ちょいでほぼ固定。

 昨夜のうちに仕込みが出来ていれば話は別だが、初日の今日は当然だが出来ていない。


 しかもD班は今日が初めての調理の日。

 料理慣れしてそうなのも何人かはいるが、ほとんどは素人。


 低い士気についてはグランドシスター召喚によってなんとかなったが、問題は肝心要の調理行程。 

 せっかく上げた士気を、複雑な行程で台無しにしてはならない。

 というわけで今回俺がテーマとしたのは、『素人でも出来る』、かつ『作っていて楽しい』料理。


 その名は『エンパナーダ』。

 インドのサモサに似た一種の包み焼きで、スペイン系の多くの国で愛されている郷土料理だ。

 日本人的な感覚で言うとジャンボ餃子が一番近いだろうか。



 

「ようーっし、みんな材料は揃ったなー?」


 作業台の前にズラリと並んだ生徒たちに、俺は調理行程を手ずから教えた。

 といったって、それほど複雑なものではない。


 生地の材料は小麦粉とオリーブオイル、塩と牛乳。

 それらをボウルに適宜投入し、混ぜすぎないように混ぜていく(グルテンが出来過ぎないよう、サクサクした生地にしたいので)。

 ひと塊になったらしばらく放置して休ませる。


 ──……え、これでおしまい?

 ──こんな簡単でいいの?


 あまりにも簡単な手順に、料理素人の生徒たちが驚きの声を上げる。


「生地はお休みだけどみんなは休まないよー。次だよ次ーっ」


 一年前は生地と一緒に休んでたセラが、偉そうにみんなの背中を押す。

 その光景の微笑ましさを笑いながら、俺は次の指示を出していく。


「次は切り刻む行程だ。まずは年長組、俺の見本通りに刻んで行くぞーっ」

 

 たまねぎ、チーズ、キャベツ、レタス、ニンニク、パセリ、にんじん、さやいんげん、レンズ豆、ポロねぎ、じゃがいも、ベーコン、レーズン、米、唐辛子、魚、マッシュルーム、肉各種……。

 刻めるものをとにかく片っ端から刻んでいく。

 包丁に不慣れな者が多いので大きな塊がけっこう出来るのだが、それはそれでヨシだ。


 ──こんな適当でいいんだ?

 ──いやいや、おまえのそれは適当すぎんだろ。刻むの意味わかってる?

 

 切り刻むだけ、という行程がわかりやすくていいのだろう、料理嫌いな男どもも楽しそうな顔を見せ始める。


「セラたちはまだ包丁使えないからこっちねーっ」


 年少組に包丁を使わせて万が一のことがあると危ない。

 なのでそっちはセラに任せ、溶き卵や次の行程で使う調理道具を用意させた。

 

「あう、卵が跳ねて……」

「あはははっ、ティアの顔が真っ黄色ーっ」


 年少組は年少組なりのアクシデントを起こしつつも、和気あいあいとして行程は進んでいく。


「ようーっし、次は休ませた生地を用意しろーっ」


 刻む過程で適度に時間を消費したら、今度は休ませていた生地の出番だ。

 めん棒で生地を薄く伸ばしたら、そこに……。


「刻んだ材料に味付けして、適当に載せて包め。塩と香辛料の量と包み方は俺とセラが教えるからなーっ」

  

 ──え、適当に(・ ・ ・)

 ──なんでもいいの? ホントに?


「おう、なんでもいいぞ。肉嫌いな奴は野菜のみでいいし、逆に肉のみでもいいし。もちろん食べる人のことも考慮して──」

「じゃあセラは肉のみでっ」


 すかさずしゅたっと手を挙げるセラ。


「おまえはバランスよく包め。じゃないと大きくなれんぞ」

「うええええー……」


 俺とセラのやり取りを見た皆が、一斉に笑い声を上げる。

 ともあれ、ノリはわかったのだろう。皆、生地の上に自分の好きなように食材を載せ始めた。


 包む行為それ自体も簡単だ。

 餃子の皮を作るのと一緒だから、料理素人でもすぐ出来る。

 多少の不格好さも味といえば味だしな。


「ようーしっ、包み終わったら最後は溶き卵を塗ってオーブンに入れて焼いて終わりだっ。お疲れさんっ」


 ──え、ホントに? これでいいの?

 ──俺……料理ってもっと難しいもんだと思ってた。

 ──やってみるとこんなに簡単なんだ……はああー……。 

 

 感心したようにつぶやく皆。

 まあ実際にはこの後洗い物もあるし、配膳や後片付けなどでも忙しくはなるのだが、そういう理解でいいだろう。料理自体はもう出来た。


「ま、最初はこんなもんだろうな」


 楽しげに笑う皆の顔を眺めながらうなずいていると……。


「……なあ、ジロー。料理とは本当にこれでいいのか? もっと複雑なその……ボクにはわからない色々があるのじゃないか?」


 オスカーが不安そうに話しかけて来た。


「なんだよ、不満か? 美味い料理が楽に作れるならそれでいいじゃねえか」

「いや、不満ではない……不満ではないのだが……。全力を尽くしていない感覚があって……」

「ああ、なるほどな。おまえって、料理は汗水たらして必死に働いて作るもの、と思ってたのか」


 ま、それ自体は間違ってないんだがな。

 向こうの世界で働いてた『ラパン・グルマン』の厨房なんか、毎日が戦場みたいなもんだったし。


「実際そういう料理もそういう厨房もあるけどな。ここはそうじゃねえだろ。入学したばかりの新米に、いきなり難しいこと望んだりしねえよ。複雑な料理はこれから、これから」

「そ、そういうものか……」

「そういうもんだ」


 半信半疑といったようなオスカーの背中を叩くと、俺は俺の作業に移った。


「こ、こら、人の背中を勝手に触るな……ってなんだ? ジロー、キミはまだ何かするのか?」

「当ったり前だろ。こいつらとは違って、俺はプロなんだ。一品メインを作ってはいおしまい、ってわけにいくかよ」

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