「最初の料理は」
神学院の厨房は本棟の南側、二百人が同時に食事の出来る食堂と隣り合わせの別棟として建てられている。
供給相手が何せ大人数なので設備も広い。金をかけて作られているので細部までしっかりしている。
ザントでは下が土間だったのが、こちらでは石で整備されている。
天井には鎧板付きの羽根板があり、採光も風通しも良い。
かまどに暖炉、焼き台も複数あり、作業台も乗って走れるほどに広い(もちろんやらないが)。
「うおおおーっ! 広い! でっけえええーっ!?」
この光景に、セラは素直に感動。
探検気分なのだろう、隊員(?)であるティアを引き連れ、そこら中の収納を開けまくっては中身を確認している。
といって、パカンパカンと適当に開けているわけではない。
そのつどきっちり内容を確認しては「あ、ジロー! ここに小麦粉とか粉いっぱい!」とか「ここは油だねえー!」とか、こちらにとって必要な情報を教えてくれる辺り、調理助手としての自覚が出て来たのかもしれない。
「おう、どれどれ?」
もちろん全部をセラ任せにするわけにはいかない。
俺自身も改めて確認はするが、いやしかし……。
「ひゅうー、王城の厨房に勝るとも劣らない設備だな、こりゃあ」
俺は思わず口笛を吹いた。
一身上の都合により(王子を蹴飛ばしたことにより)ほとんど滞在しなかった王城だが、あの設備だけはいいよなあと思っていた。
しかしここのもすごい。王城と比較しても全然負けてない。広くて清潔、道具も食材も整ってる。
「へっへっへ、こいつは気持ちよく作業が出来そうだぜえ~……」
「……おい、盛り上がってるとこ悪いが、その……ホントにボクもやるのか?」
手にしたエプロンを眺めながら、実に嫌そうな顔をするオスカー。
「当ったり前だろ。おまえも同じD班なんだから。そんでこれから一週間はD班が調理担当なんだから」
ちなみにグランドシスターの差配の結果、俺・セラ・ティアの3人は一年間働きづめだが(ところどころ休みはあるらしいにしても)。
「それはそうだが……くっ、このボクが料理などと軟弱な……っ」
「なーに言ってんだ。そいつもシス……じゃなく、ブラザーの役割なんだろ?」
「……貴様、今シスターと言い間違えなかったか?」
「……神に誓って言ってない」
「貴様の口から出るそれは、まるで異教の神のようだな……ハア」
オスカーはため息をつきつき、エプロンを身に着けた。
説明すると、在籍生徒百人を四で割って二十五人をAからDに分け、指導官の指示のもと一週間交代で神学院全体二百人分の食事を朝昼晩と用意させるシステムになっている。
その結果を卒業後の各配属先で生かすようにということで、これもまた立派な教育のうちなのだとか。
ちなみにザントの場合は土地柄食材が乏しく、専門の料理番がいないと生命に危険が及びかねないとの配慮から俺が一手に引き受けていた。
フツーの修道院ではシスター/ブラザーたちが調理を行うのだとかいう話で、そう言われてみるとなるほどなと思う。
清貧の誓願を神様にした奴らが、自分らで料理をしないのは変だと思ってたんだ。
──と、これは余談。
「はいはい、おまえとの無駄話はここまでだ。とっとと作業に入らんとみんなが起き出して来るからな。さ、やるぞーっ」
「だ、誰が貴様などと無駄話を……っ! それではまるで友人みたいではないか……っ!」
心外だと言わんばかりに言いつのるオスカーだが、もう面倒なので無視することにした。
ちなみに今は、時刻で言うなら午前四時といったところだろうか。
生徒の起床時間が午前六時。
着替えと洗面を済ませたのがのろのろと食堂に集まり、朝の祈りと共に食事をとることまで考えると、配膳まで含めた作業時間は二時間ちょい。
これは効率よくいかんと……。
「ようーっし! セラ! まずは小麦粉を用意しろ! あとオリーブオイルな! ティアとオスカーとで手分けして全員に配って回れ!」
「うんわかった! さあ、行くぞティア隊員! あとオスカー隊員!」
「はっ……はい隊長!」
「な……なんでボクまでが……っ!?」
「いいから動いて! ほら!」
有無を言わせぬセラの指示のもと、ふたりの隊員(?)はバタバタと走り回り、作業台に並んだD班の生徒たちの前に材料を並べていく。
その一方で──
──なんでこんな朝早くから料理なんか……。
──もういいから適当に作っちゃおうぜ。適当にパンでも出せばいいんだろ?
──ああー……眠い。
料理の材料を目の前にした一般生徒たちは、完全にやる気がナッシング。
盛んにあくびをし、眠い目を擦りながら、早く暖かいお布団に戻りたいといった様子。
まあ実際、施設や食材が整ってる割に神学院の料理がまずいのは、こういう部分のせいなんだよな。
毎日毎晩二百食分の料理を作るのは現代の料理器具で武装した給食のおばちゃんたちですら大変なことだ。
ましてやこちらは大航海時代華やかなりし中世。
一週間も続く過酷な早番と残業にやる気を出せというのはかなり難しい話だ。
だが俺には、秘策が二つあった。
まずひとつ目は……。
「あらあら、朝からお元気ねみなさん」
のんびりとした様子で厨房に入って来た人の姿を見て、皆が驚きの声を上げた。
「「「「「「………………ぐ、ぐ、グランドシスター!!!?」」」」」」
曲がっていた背筋をしゃきんと伸ばし、閉じそうだった目をぱっちり開いて不動の姿勢。
「おはようございます、グランドシスター。そりゃあもうやる気満点ですからね。どいつもこいつも『俺が朝から全生徒にやる気という名の火を点けてやるんだ』って勢いがすごくて」
「あらまあ、素晴らしいこと」
全っ然ウソだが、グランドシスターの手前反論も出来ない生徒たちは、腕まくりしたり顔を叩いたりして盛んにやる気のあるフリをしている。
「……これで良かったのかしら、ジローさん?」
「ええ、タイミングばっちりです」
こっそり耳元で囁いて来たグランドシスターに(すべて昨日のうちに打ち合わせ済みだ)、俺はサムズアップで返した。
「最初のやる気さえ出してもらえれば、あとはこっちでなんとかします。なぁに、こういうガキどもの相手は慣れてますから。大船に乗ったつもりでいてください」
「あらまあ、頼もしいこと。さぞや美味しい料理が食べられるんでしょうねえ」
胸の前で手を合わせてコキリと首を傾け、嬉しそうにするグランドシスター。
「ちなみに記念すべき最初のお料理はなんでしょうねえ?」
歳の割に食い道楽らしいグランドシスターは、ソワソワしながら作業台の上を眺める。
「ああ、エンパナーダです」
長々と説明するには時間が足りない。
俺は簡潔に答えると、即座に生徒たちに指示を出した。
ちょっとずつ成長するセラと、ジローのコンビが神学院で最初に作る料理は?
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