「グランドシスターとまさかの提案」
グランドシスターというのは、職位としてのシスターの最上位に位置する役職だ。
多くの教会管区を統べる大司教にも匹敵する格であり、宗教団体としてのルキウス教の全体の方針にすら意見を述べることが許されている……つまりはまあ、相当に偉い人だ。
神学院においても当然の如くのトップであり、彼女が言うなら白でも黒となるわけで。
何かおかしな対応でもした日には、神学院追放どころの騒ぎじゃなくなってしまう。
ここは慎重に、慎重に。態度も言葉遣いも最上級の人に対するそれでいかないと……。
「ああーっ! にゅーがく式の時の偉いおばーちゃんだ!」
俺の気遣いを、セラの大声が木っ端微塵にぶち壊した。
「おいセラ」
「おばーちゃんねえなんとかして!? このままじゃジローのお尻が鞭で大変なことになっちゃうの! でもジローは意地っ張りだからやめないの!」
「おいバカやめろ」
「お願い! セラが半分こするからってめーれーして! じゃないと許さないぞって言って! お願い偉いおばーちゃん!」
「おいそのがくがく揺さぶるのを今すぐやめろ! ほら、グランドシスターの魂が出かかってるじゃねえか!」
「だってだって! そうでもしないとジローが……!」
セラはなかなかグランドシスターを離さない。
大きな瞳にはすでに涙の粒が盛り上がり、もはや決壊寸前。
「わかったわかった! もうわかったから! おまえの話はきちんと聞いてやるから! だからマジでもうやめてくれ!」
「え、ホント!?」
グランドシスターの命を救うため、セラの号泣を聞きたくないがために俺が渋々折れると、セラはぱあっと表情を輝かせた。
グランドシスターを離し、希望に満ちた目で俺を見た。
「じゃあじゃあじゃあ! セラと半分こでいいのね!? ひとりで受けるとかもう言わないのね!?」
「言わない! 言わない! まあ……数に関しては要相談ってとこだが……っ」
「やった! やったやったやったあああー!」
セラは満面の笑みを浮かべると、やったやったと拳を突き上げて喜んだ。
「……ったく、鞭打ちを喰らうことが決まって喜ぶ奴があるか……」
どこまでも脳天気というか無鉄砲というか。
神学院へ来てもまったくブレないセラの行動に、ハアとため息をついていると……。
「うふふ、噂通りの面白い子供たちね」
エレナさんに抱えられるような形で介抱されていたグランドシスターは、しかし決して怒ることはなかった。
むしろ笑って許してくれた。
その表情には慈愛が満ち、セラに対する恨みのような感情は一切見受けられない。
はあー……グランドシスターともなるとこれほどまでに人間が出来てるものなのかと、俺は半ば呆れるような気持ちで眺めていたが……。
「面白いで済ませていいことじゃないですよグランドシスター! こんな失礼なことをして! セラにはさらに倍の罰を与えないと……!」
エレナさんは顔を真っ赤にして怒っている。
ぎゅうと拳を握り、鉄拳制裁も辞さぬ構えだ。
「いいのよ、エレナ」
エレナさんの手から離れひとりで立ち上がると、グランドシスターは静かに告げた。
「子供はこれぐらい元気でないと」
「しかしそれでは他への示しが……!」
「エ~レ~ナぁ~?」
なおも言い募ろうとしたエレナさんだが、コキリと首を傾けたグランドシスターが歌うようにその名を呼ぶと、慌てたように口をつぐんだ。
しかもガタガタと震えて、顔を真っ青にしている。
男勝りで喧嘩上等な雰囲気のあるエレナさんがここまで怯えるとは……。
俺にはグランドシスターがにっこり微笑んだだけにしか見えなかったのだが、ふたりの間には何か特別な過去でもあるのだろうか?
「……わ、わかりました。グランドシスターがそこまで言うのであれば」
「さ、エレナも許したということで、前向きな話を始めましょうかっ」
エレナさんがすごすごと引き下がったのを確認すると、グランドシスターはパムと楽しそうに両手を打ち合わせた。
幼い少女がするようなしぐさだが、どこか浮世離れした感じのあるこの人にはよく似合っている。
「まずは今回の罰に関して。鞭打ち四十回という話でしたが、それでは大人のジローさんはともかく、子供たちの体に対しては負担が大きすぎます。未成熟な体に、将来に渡って残るかもしれない傷を与えるのが良いことだとは、わたしは決して思いません。しかし一方で罪は罪、悪いことは悪いこと、何も罰を与えないというわけにはまいりません。そこでわたしからの提案なのですが……」
グランドシスターは俺をじっと見つめると、こんな提案をして来た。
「カーラとハインケスの話によると、あなたたちはザント修道院の料理番とその助手だったそうじゃないですか」
「ええまあ……」
そういえばあのふたり、俺とセラのことをくれぐれも頼むとお偉いさんに頼んだとか言ってたな。
そのお偉いさんってのがもしかしてこの人なのだろうか?
「例の大寒波を乗り切ったのも、あなたたち名コンビのおかげだったのだとか。ならばその知識と技術を、当学院でも使ってくださいませんか?」
「……ん? 当学院でも?」
セラの力を表立って使ったら大騒ぎになるのは目に見えている。
つまりあのふたりの頼みが効いているならこの人がそんなことをするわけはなく……となると残りは俺の知識と技術ということになるわけだが……それって……。
「あの……グランドシスター。それってもしかして……もしかするとですが……」
「はい、罰としてあなたたちに一年間、当学院の料理番をやっていただきたいのです」
俺とセラは、思わず顔を見合わせた。
次に自分たちが今聞いたことが夢ではないのかと頬をつねり合って確認し合い、どうやら夢ではないようだと確信すると。
「おっ……しゃああああ!」
俺は掌に拳を打ち付けて快哉を上げ。
「やっ………………たああああああーっ!」
セラは思い切りジャンプしながら喜びを叫んだ。
「ここんとこマジで料理人としてのアイデンティティを喪失しかけてたっつーか、本気で神学の勉強詰めで、包丁すら握ってなくて、今にも狂いそうだったんだっ! いやあやった! ホントに良かったっ!」
「これでまた、ジローの作ったご飯が食べられるぞ! ここの食堂のは硬くてぱさぱさで味気なくてうげえーって感じのが多かったから良かった! やったあーっ!」
喜びを爆発させる俺たちを、ティアは「え? え? 罰としてりょうりばんをさせられるのに隊長とジローさんはなんで喜んでるんですか?」とただ不思議そうな顔で眺め。
エレナさんは「まぁぁぁたグランドシスターの酔狂が始まったか……」と頭を抱え。
グランドシスターは例によって慈愛に満ちたにっこり笑顔で。
「……なあ、誰かこの状況を説明してくれないか?」
俺たちにどのような処分が下されるか様子を見に来たのだろうオスカーが、当惑を口にした。
やはりジローは料理をつくってなんぼですな(*´ω`*)
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