「罰は三人で」
翌朝。
セラとティアと一緒に寝たことが速攻バレた俺は、『指導教官』のトップであるエレナ・ガントリーさんの執務室へと呼び出された。
ちなみに『指導教官』という役職について説明すると、生徒たちの中から優秀な者が選ばれて1年ないし2年残るのが『指導官』、それに対して『指導教官』は最初から教師役として赴任した人になる。
教師役の中のトップってことは、日本の学校の役職でいうとだいたい教頭ぐらいのポジションになるだろうか(校長ポジションは別にいる)。
「失礼します」
「おう、入んな」
分厚いオーク材のデスクに腰掛けたエレナさんは、40ちょっとすぎぐらいの女性だった。
赤毛の短髪で、背が低く固太り。べらんめえな口調も含め、どこか男性じみたイメージがある。
「……ふん、あんたがジローかい。んーで、なんだって? 入学早々女子供を自室に連れ込んだんだって? 聖なる学び舎にいるってことの意味、わかってんのかい?」
大きな目をぎょろりと剥いて、エレナさんがにらみつけてくる。
「わかってます。その上で説明させていただきます」
自らの行動に、恥じるところは何もない。
俺は胸を張って説明した。
「……なるほど。怖がる子供たちを部屋に帰すのが可哀想になって、違反であると知りつつも男女同衾したと」
西棟の亡霊の亡き声から始まる俺の説明を聞き終えたエレナさんは、腕組みをしてふうむと唸った。
「たしかにその話は有名だね。今までにも多くの生徒たちが不安を訴えている。それであんたとしては、自分としては正しい行いをしたと思っていると? だからそこまで堂々としていられるんだな?」
「はい。なんといってもセラは十一、ティアにいたっては十歳です。神学院での慣れない暮らしの中で今回のような出来事があれば、不安に思って当たり前。規則破りが悪なのは認めますが、人間としては正しい選択肢を選んだと思っています」
ハインケスにケンカを売った時の俺とは違う。
目上の人を敬い、かつ自分の意見を述べるぐらいのことは出来るようになっている。
というかぶっちゃけ、いきなり神学院を追放されるわけにはいかないからな。
そしたらセラがひとりになっちまう。
「じゃあ聞くが、本当にあんたである必要はあったのかい? 他の女生徒たちの部屋に泊まらせてもらうことは出来なかったのかい? あるいは指導官、指導教官を頼ることも出来たんじゃないのかい? 今後のそいつらの立場を考えるならばこそ、感情に任せない冷静な行動が必要だったんじゃないのかい?」
なるほど、正論だ。
男勝りで短気で口うるさくて、何かと生徒たちから嫌われている人ではあるが、言ってることは筋が通っている。
伊達に長年、指導教官の長を張ってないな。
ザントのシスターたちが口を揃えて言っていた『ガントリー先生には気を付けろ』ってのは、やっぱりこの人のことだったか。
「もちろんそれも考えました。しかし先ほども言ったように、ふたりはここへ来て間もない、まだまだ幼い子供たちです。夜遅い時間帯だったということもありますが、他の部屋の女生徒たちに上手く交渉できるかは難しいところだと思います」
「……指導官や指導教官なら?」
「ふたりは最初のガイダンスの時に詳しい案内を受けていなかったそうです。いずれも女子棟内にあるとのことですが場所がわからず、またそういう問題であれば、俺が助けてやることも出来ません」
「……なるほどな」
やり込められると思っていた俺に反論されたことが気にくわなかったのだろう、エレナさんは唇をひん曲げて面白くなさそうな顔をした。
「たしかにそこに関してはこっちの落ち度だな。何かあった時に頼れるよう、指導官や指導教官の部屋を真っ先に教えるよう言い聞かしてあるんだが……」
エレナさんは忌々しげに舌打ちすると、俺のことをにらみつけた。
「だがなあ、ジローよ。そういった一切合切を抜きにしてもあんたの行動に問題があるのはわかってるな? あんたがさっき言ったように、規則破りという行為そのものに関して、こちらは罰を与えなければならないんだ」
「もちろんです。覚悟は出来てます」
来たか、と俺は思った。
かつての俺とハインケスとのやり取りと同じだ。
神の下に人は平等であり、その罪もまた公平に裁かれなければならない。
人の情けや思いやりといった感情はともかくとして、他の生徒の手前、原則は守らなければならない。
「そこでお願いがあるのですが、もし鞭打ちをというなら、俺ひとりで全員分を受けさせてくれませんか?」
「たしかに罰は鞭打ちだが……ひとりで全員分? 正気かい?」
エレナさんは驚き、目を丸くした。
「今回のことはすべて俺に責任があります。子供たちを帰さない判断をしたのも、同室のオスカーの諫言を無視したのも俺。だから俺が、すべて受け持ちます」
「へええー……言うじゃないか」
エレナさんはニヤリと笑うと。
「男子棟に女子を招き入れたこと、なおかつ同衾。ふたつの罰で鞭打ちひとり十回、四人分となったら四十回になるんだが、それでもその態度が貫けるのかい?」
え、四十回?
そっか、罪が二個だからひとり十回で……それが四人だったら四十回?
おいおいマジかよ、ハインケスとの時ですら九回だったのに………………でもまあ、しょうがねえか。
俺は拳を握り、腹を括った。
どうあれ、あいつらに受けさせるわけにはいかないんだ。
俺より遥かに、それこそひと回り以上も年下のガキどもを泣かせるわけにいかないんだ。
だったら答えは決まってる。
「上等ですよ。鞭打ち四十回、すべて俺がお受けしま……」
「──ダメー! ダメだよジロー!」
俺のセリフを遮るように、バタンとドアが開かれた。
ドアの外で聞き耳を立てていたのだろうセラが、バタバタと部屋に入って来た。
「おいセラ、なんでおまえ……」
「それじゃあ前と変わらないもん! ハインケスの時と同じだもん! 無茶しないって約束したのにジローはなんだってまたそうゆーことするの!」
顔を真っ赤にして俺を殴るセラ。
その後ろではティアがボロ泣きしている。
「ダメです、絶対ダメですっ。ジローさんはわたしたちのために頑張ってくれたのにっ。なのにわたしたちが放っておかれてっ。ジローさんだけが罰を受けるなんてそんなのダメですっ。ダメなんですうぅぅ~……っ」
セラが殴り、ティアが泣き。
収拾がつかなくなりかけたところに、静かな声が響いた。
「あらあらまあまあ、賑やかだこと」
入り口から姿を現したのは、ニコニコと穏やかな笑みを湛えたお婆ちゃんだ。
背が低くて総白髪で、身に着けているのは首周りに金の茨が三本刺繍された白い祭服。
高位の聖職者の証だ……ってかこの人たしか、入学式の時に壇上で挨拶してた……。
「グランドシスター……どうして、ここへ?」
俺は呆然とつぶやいた。
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