「夜に響く声」
その晩のことだ。
夕食後のオスカーの個人教授も終わり、ようやく眠りにつこうかというその頃になって、まさかの訪問者があった。
といって、入学間もない俺にはろくに知り合いなどおらず、こんな時間に指導官が来るわけもなく、つまりは必然的にセラとなるわけだが……。
「なんだおまえこんな時間に……ってうお」
「うわああああ~ん、ジロおぉぉぉ~」
「おいおい、なんだどうした? なんだっておまえはそんなに泣いてんだ?」
ドアを開けて早々、俺の腰にしがみついてくるセラ。
わんわんと泣きじゃくる小さな背中を撫でてやっていると、すぐ後ろにティアがいるのがわかった。
しかもこっちも泣いている。セラに負けず劣らずのボロ泣きだ。
「おいおいマジでどうしたんだ? ふたり揃っていったい何があったんだ?」
ふたりでケンカでもしたのだろうか?
いいや、だとしたらふたりでは来ないだろう。
なら部屋に虫でも出たか?
いいや、野生児のセラはそういったものには滅法強い。
誰かにいじめられでもしたか?
それはあり得るかもしれない。ただでさえ目立つふたり組みだし、セラはわちゃわちゃうるさいし、年上のシスターたちに目でもつけられたってところか。
「……おい、誰にやられた? 名前を言え。今すぐぶちのめしに行ってやるから」
「違うの、違うの」
袖をまくりながら鼻息を荒くする俺に、セラはしかし。
「あのね? あのね? さっき部屋にいたらね?」
夕食を終えたふたりがさて眠りにつこうとしたところ、隣から女のすすり泣きが聞こえて来たらしい。
慌てて窓の外を見たが、そこは2階の端。隣に部屋はない。
よくよく耳を澄ましてみれば、その声は研究施設のある西棟の方角から風に乗って流れて来ているようだ。
他の部屋のシスターたちも大騒ぎで、なんでも噂によると、教団の研究施設で実験体にされた女の霊が、夜な夜な怨嗟の呻きを上げているのだとか……。
「……はあー、女のすすり泣きに実験体ねえ? そいつはまたど定番な怪談だなおい」
「そんでね? そんでね? そしたらティアが泣き出して……セラがなんとかしようと思ったんだけど泣き止まなくて、そうしたらなんだかセラまで……」
「……ティアが泣いてるのを見てるうちに自分も怖くなって、しまいにはこうして一緒になって泣いてると?」
「そうなの、そうなの」
「うええええ~ん。ごめんなさい隊長ぉぉ~」
俺にすがりつくセラにすがりつくティア。
なんとも子供らしい理由に、俺は拍子抜けしてため息をついた。
「……わかったよ。んで、どうしたい?」
「あのね? あのね? 今日だけ一緒に寝ていい~?」
「へいへい、わかったよ。そんじゃ入んな」
「ちょ、ちょっと待てジロー・フルタ! 貴様自分が何を言っているかわかってるのか!?」
それまで黙って話を聞いていたオスカーが、焦ったように口を挟んで来た。
「男子棟に女子を入れるなどもっての他だ! しかも消灯時間はとうに過ぎているのに!」
「こんなに泣きじゃくってるガキどもをふたりきりで追い返すとか、おまえは悪魔か?」
「たかだか怪談だ! そんなもの明日になればすぐに忘れる! いいから追い返せ!」
「明日を迎えるまでが辛いんだろうが、バカかおまえは。いいから入れ、入れ」
これで話は終わりだと、俺はひらひら手を振った。
オスカーはなおもごちゃごちゃと言っているが……。
「罰なら俺が全部受けてやる。それでいいだろうが」
「ごめんねぇ~、ジロぉ~、今度はセラも同じく受けるからねえぇ~?」
今度、というのは例のあの日のことを言っているのだろう。
断食中にも関わらずセラに飯を食わせた俺と、飯を食ったセラと。
たしかあの時の罰は、俺が鞭打ち9発に対してセラが1発だった。
「はん、バカ言え。おまえをそんな目に遭わせたら、シスター長以下お歴々に俺がぶっ殺されちまわあ」
そんなのやだと騒ぐセラと、セラにすがりついているティアと。
未だ涙の止まらぬふたりを促すと、二段ベッドの上に登った。
「さて、3人で寝るにゃちとキツいが、文句は言うなよ?」
「うん、大丈夫。セラは慣れてるし……あ、ティアはそっちね。ジローの左側、今日だけは許してあげる」
「え? え? 左側?」
真ん中に横になった俺の右側面にセラが抱き着いたのを見て察したのだろう、ティアは恐る恐るといった様子で俺の左側面に寝ころんだ。
そのまま普通に寝ようとしたのだが、何せ狭い二段ベッドだ。安らかに眠るにはちと窮屈で……。
「……ご、ごめんなさい。ジローさん」
しばらく遠慮した後、ティアはそろそろと抱き着いて来た。
そしてすぐに、はっと驚いたような顔をした。
「ね? ジローはでっかいでしょ? 温かいし、こうしてると落ち着くでしょ?」
「……は、はい。大きくて温かくて、触れているだけで安心するような……。でもその……ホントにいいんですか? わたしみたいな汚い子が……」
ティアは涙が滲んだままの瞳を俺に向けて来た。
……わたしみたいな汚い子と来たか。
ホントにこいつは、どんだけひどい虐待を受けて来たんだ?
まだ見ぬいじめっ子どもに殺意を募らせながら、しかし決してティアを怯えさせないように。
俺は頑張って優しい声を出した。
「おまえのどこが汚いって? はっきり言って、そんじゃそこらの有象無象じゃ相手にならねえ可愛さだろうが。鏡をきちんと見て、もっと自分に自信を持ちな。んで、そのためにはあんまり泣かねえことだな。泣き過ぎて腫れぼったい顔じゃあ、さすがに見れたもんじゃねえからよ」
「は、はい」
「ほれ、こいつの顔を真似して見ろ。こうやって口を持ち上げて、こうやって笑うんだ」
ティアの対面にいるセラが、幸せ満点みたいなニッコリ顔で笑っている。
ティアは一生懸命に真似しようとしたが、当然の如く上手くいかない。
でも、少しだけ口角が上がった。
困り眉がわずかに持ち上がり、楽しそうに見えなくもないって顔になった。
「そうだ、その調子だ。いいか? まずはそいつを忘れるな。そんでもって、今日のことはすっきりさっぱり忘れちまえ。明日の朝飯のことでも考えるんだ」
「明日のご飯……」
思ってもみなかった言葉を聞いたせいだろう、キョトンとした顔でティア。
「ジロぉぉぉ~、お腹減ったあああ~」
「さすがに減るにゃあ早いだろうが。晩飯食ってから4時間も経ってねえぞ。っつうかおまえもう復活してんじゃねえかっ。案外ここに来なくても平気だったんじゃねえかっ?」
「ひゅ~ひゅひ~♪」
「口笛っ!?」
「うるさい早く寝ろ!」
上段で騒ぐ俺たちがうるさかったのだろう、下段のオスカーがドンドンと背板を蹴っ飛ばして来た。
「わああぁ~、オスカーが怖あ~い。助けてジロぉぉ~」
ちっとも怖く無さそうな顔できゃっきゃと俺にしがみついて来るセラ。
「……こ、怖~い。たすけてジロ~さぁぁ~ん」
「ティア、それは真似しなくていい。ほれ、セラがすんごい顔してこっち見てるから」
「きょ、今日は許す……今日だけは……」
「おいやめろ。あばらとあばらの間に指をねじ込むな。さすがに痛いそれは」
( ‘ᾥ’ )グギギギギ……!
とばかりにすごい執着力でしがみついて来るセラをなだめながら、ともかく俺たちは、そんな風に夜を過ごした。
そして翌朝──
これぞ両手に花?|д゜)
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