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「わたしも同じく」

 酒が入ったせいで愚痴めいた俺の言葉を、カーラさんは辛抱強く聞いてくれた。

 優しく目を細め、時おりうなずいてくれた。


「ねえ、カーラさんならわかるでしょう? あんなにいい奴、他にいないですよ。素直で……時々めんどくさいけど、明るくて……時々うるさすぎるけど、真面目……でもあんまりないけど……あれ? いいとこあまりないな。ええと……ともかくあいつはいい奴ですよ。よすぎるほどにいい奴です。だからこそ俺はあいつの両親が許せないんです。セラにはもっとビシッとしてもらって、こう……眉を吊り上げてですね、チョコと一緒に手紙で恨み言のひとつもくれてやるぐらいでちょうどいいんですよ」

「…………あの、もしかしてジロー」


 カーラさんはやがて、はっと何かに気づいたような顔をした。


「あなたって、ただ単にいていただけなんですか?」

「は? 妬く? 誰に」


 突然出て来た言葉に、驚いたのは俺のほうだ。


「そりゃ、セラの両親に対してですよ。ほら、やっぱりそうですよね? あんなに自分に懐いているセラが、それこそ実の妹みたいに思っているセラの心がまだ向こうの家族にあるのがねたましかったんですよね? それがあなたが浮かない顔をしてる原因、そうですよね?」

「いやいやいや、それはない、それはないですよ。ちょっと聞いてくださいって」


 なぜか焦った俺は、背中に嫌な汗をかきながら自分の気持ちを説明しようとしたが、どうしても言い訳めいた感じにしかならない。

 カーラさんはそんな俺の様子を見て、口元にニヤニヤと笑みを浮かべた。


「なるほど、なるほどですねえー。そういうことですかー。ふだんはあんなにしかめっ面して、ガキの求婚なんざ冗談じゃねえなんて気取ってるあなたが、実はまんざらでもなかったりするんですねえー」

「ちょっとカーラさんっ?」

「式はいつにしますか? 明日か明後日? こちらでは15で成人だから、4年後にしますか? あ、見届け人は任せてくださいね。何せわたしたちは本職ですから」

「ちょっとおおおおおーっ!?」


 とうとう俺が絶叫すると、カーラさんはおかしくてたまらないというように身を震わせて笑い出した。


「お腹痛いっ、死にそうっ、死にそうっ、あははははははっ」


 笑いはなかなか納まらず、しばしの間俺は、屈辱に耐えていた。

 やがてカーラさんは目尻に浮いた涙を拭うと。


「あは、あははは……その、ごめんなさいねジロー。普段とのギャップがすごくて、思わず……。途中で止めなきゃと思ったんですけど止められなくて……」

「いいですよもう」


 俺はぶすくれると、そっぽを向いた。


「そもそも俺がガキだったのが問題なわけなんだし……。だからまあ、これぐらいからかわれるのも自業自得というか……」

「ほら、そんなにすねないでください」


 本格的にへそを曲げられてもかなわないと思ったのだろう、カーラさんはご機嫌取りでもするかのように笑顔を浮かべた。


「大丈夫ですよ、心配しなくても。セラはわかってますから。あなたにいかに世話になっているか、あなたにいかに愛され……ているかっ」

「……なんで今笑ったんですか」

「ゴホン、ええと……ともかくそういうことで……」


 俺にツッコまれたカーラさんは、咳払いしてから続けた。


「ともかく、あなたはみんなに認められているということです。毎日の食事の用意に後片付け、食糧の栽培や商隊との交渉、厳寒期を乗り越えるのだって、あなた無くしては出来なかった」


 そこでカーラさんは、ちらりとテーブルの上を見た。

 俺が酒のつまみに食べていた義理チョコの山を。


「ほら、それが感謝のしるしです」

「こんなの、作りすぎたついで(・ ・ ・)でしょ」


 自分の性格や問題点はわかってる、こんな俺を本気で好きになる女なんかいないことも。

 そうやっていつものようにひねていると……。


「そんなことないですよ。みんなは見ているんです。神がそうであるように、あなたの行いを、あなたという人間を。そしてそれは……」


 急に顔を近づけて来たかと思うと、カーラさんは俺の耳元でぼそりと囁いた。


わたしも(・ ・ ・ ・)同じく( ・ ・ ・)


 え、と思う間も無かった。

 気が付けばカーラさんは後ろへ身を引き、俺の手元には、茶色の包み紙が残されていた。

 包み紙の口は赤いリボンで縛られている。重さからしても、中身はおそらくチョコ。


「ええと、あなたの世界ではこう言うんでしたっけ? ハッピー・ヴァレンタイン」


 可憐な少女のように頬を染めながら告げると、カーラさんは逃げるようにその場を去った。

 あとには間抜けな顔をした俺と、チョコと──香水だろうか──香しいミントの香りだけが残された。

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