「セラ、初めての料理」
チョコ作りにおける最も面倒な作業が終わり、あとはデコレーションして冷やして固めるだけ。
すっかり明るくなったみんなの顔を眺めて歩いていると……。
「あれ、フレデリカ様、そんなにたくさん作るんですか?」
「ええと……わたしとマリオンと、セラと? あとはいったいどなたに贈るつもりなんです?」
「そんなのお父様に決まってるでしょ。お父様と、あとエマに贈って、びっくりしてもらって。あとは……あとはその……一応いつもお世話になってる人に……あげようかなって……。ほら、やっぱり礼儀って大事だし……」
ごにょごにょと何ごとかをつぶやくフレデリカの手元を、マリオンとルイーズがニヤニヤしながら覗きこんでいる。
「ふーん、フレデリカが世話になっているといったら誰だ? カーラさんとかか?」
などと推測しながら歩いていると、当のカーラさんがうんうん唸っている場面に遭遇した。
「ええと……お酒に漬けた木苺を上に載せて……と」
緊張しているのだろうカーラさんは、ぷるぷると手を震わせながら、ワイン漬けにした木苺をチョコの上に載せていく。
チョコを攪拌中に酒を混ぜると成分変化で固まってしまうから、載せるなら最後の段階でと説明したのをきちんと聞いていたようだ。
「お、マンディアンですか。いいですねえ」
「あらジロー。……ええと、マンディアンというのは?」
「チョコにナッツやドライフルーツを載せるタイプのチョコ菓子です。修道士を意味するマンディアンという言葉からそう呼ばれているんです」
「あら、ジローの世界の修道士の?」
カーラさんは目を丸くして驚き。
「ジローの世界で修道士と呼ばれているお菓子を、こちらの世界の修道女のわたしが作る、なんだかそれって不思議な縁ですね」
くすくすと、少女みたいな笑い声を上げた。
「……っ」
その瞬間、俺は不覚にもドキッとした。
俺より年上の、誰より教義に厳格な彼女が見せた女性らしさに、一瞬胸を突かれた。
「ゴホン。ええと……そいつはなかなかいい出来ですね。酒も効いてて美味そうだ」
咳払いして動揺を抑えつつ。
「それを食える人は幸せですね、正直うらやましいぐらいですよ」
チョコ作りの指導者として、ふさわしいっぽいセリフで締めくくった。
「そ、そうですか。幸せで、うらやましいですか……。それはまあ……良かったです」
するとなぜだろう、カーラさんは耳まで真っ赤になった。
膝を擦り合わせ、もじもじと身を揺すった。
「じぃいぃいぃろぉおぉおぉー……?」
ギラリと目を光らせ、地獄の底から響いて来るようなおどろおどろしい声で話しかけてきたのはセラだ。
「お、おお? なんだセラ、どうした? なんだその迫力?」
「知らないっ、知らないもんっ」
セラは俺の腕をぎゅっと抱えこむと、カーラさんをジロリと一瞥した。
人のだけでなく自分のチョコも見てくれということなのだろうが、どうしてそんなに怒ってるんだ?
「もうっ……もうっ、ホントにジローはジローなんだからっ」
「なんだよそれ……つうかわかったっ、わかったからっ、見てやるからそんなに引っ張るなってっ」
ぐいぐいと、いつにない力強さで引きずられていくと……。
「おおー? これ、全部おまえが作ったのか?」
作業台の上に並べられた木枠の数に、俺は驚いた。
その数実に16個。
チョコもただのチョコではなく、それぞれ表面に顔みたいなのが描かれている。
しかも赤みがかったこの色は……。
「ほおーっ、こいつはストロベリーソースかっ? 自分で作ったのか? やるじゃんかっ」
見れば、作業台の上には小鍋が乗っている。
中に入っているのはトロリと赤みがかったストロベリーソース。
ヘタを取った苺を潰し、砂糖と一緒に鍋にかけて煮詰める。
製法としては簡単極まりないが、セラが自分でこれを考えて作ったのだとするならば、それはとんでもない成長だ。
しかもそれを、誰に言われるでもなくひとりで実行に移すなんて……。
「偉い偉いっ、よくやったなセラっ。これ、ひょっとしたらおまえの初めての料理なんじゃねえか?」
いい子いい子と頭を撫で、心の底から褒めてやると、セラは途端に機嫌を取り戻した。
嬉しそうに頬を染めると、左右に身をよじって照れ出した。
「まあねえ~、セラはとっても偉いからね~。偉くてすごいからね~。ジローがびっくりするのもわかるけどね~」
ね~ね~と照れ隠しを連発するセラは、やがて恥ずかしくなってきたのだろう、顔を真っ赤にして俺の腰にしがみついてきた。
「ジローも惚れ直しちゃうというか~、今すぐ結婚式を挙げたくなっちゃうのはわかるんだけど~」
「……」
「でもそこはね~、さすがにもう少し待って欲しいというか~。ほら、セラってまだ11だし~」
「……」
じゃっかんめんどくさくなりつつも、セラの成長は実際すごく嬉しい。
辛抱強く聞いてやっていると……。
「えっとね~、ジローに聞きたかったのはね~。みんなにあげるの、これでいいかなってことなの~」
「ああまあ、いいんじゃないか? 誰にあげるのかはわからんが……」
チョコの表面に書かれている顔は正直誰が誰だかわからんが、面と向かって渡したなら、それが自分だと気づくだろうしな。
「ええっとね~、左から順番に、マリオン、ルイーズ、フレデリカにカーラさん。ベラさんマリーさんレイさん、ランカとレオナと~……」
セラはひとつひとつを指差し、楽しそうに説明していく。
「あ、もちろんジローのもあるよ~? だってセラはお嫁さんだからね~? 夫のチョコを忘れたりしないから~。そんでね? そんでね? こっちのはおかーさんとおとーさんと、マルコとラナとロッカ」
故郷の家族にも贈るのだと、セラは喜色満面で語る。
「……」
一方で俺は、どんな顔をしていいかわからなくなった。
だって……だってさあ、形はどうあれその人らは6年前、まだ5歳だったおまえを捨てた人らじゃないか。
口減らしのためにおまえを修道院に差し出した、そんな人らじゃないか。
一度そう思ったら止まらなくて、でもセラはそんな俺の気持ちに気づきもせずに、ひたすら希望を口にし続けた。