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【紙書籍発売中】追放されたやさぐれシェフと腹ペコ娘のしあわせご飯  作者: 呑竜
「第7章:そのチョコは誰がために」
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「即席攪拌機」

 カカオ豆からチョコを作る。

 しかも機械の手を借りることない手作業で。

 想像だけではわからないだろうが、実際にやってみると恐るべき難業だ。

 だが、こうなってしまってはしかたがない。

 俺は腹をくくると、みんなに手本を見せることにした。

 カカオ豆の表面を洗い、丁寧に水分を拭き取ったのをフライパンにザラっと投入。弱火で熱していく。


「おお~、すでにいい匂いがあ~」


 ほわあぁ~、とばかりに頬を染めるセラ。

 フレデリカを始めとした幼少組や厨房に入りきらなかったシスターたちの間からも、続々と歓声が上がっていく。 

 

「ねえねえジロー、これってどれぐらいかかるの? どれぐらいしたら食べれるの?」


 俺の脇でぴょんぴょん跳び跳ね、もう待ちきれないとばかりにセラが聞いてくるが。


「焦るな焦るな、食べられるようになるのはまだまだ先だ。んー……この工程自体は時間にしたら10分から20分ってところだな。あと、見分け方としては音だな」

「音?」

 

 そうこうしているうちに、カカオ豆がパチパチと音を発し始めた。


「わ、わ、弾けてるっ。お豆が弾けてるよっ?」


 驚くセラの目の前で、パンパンと大きな音をたてて豆が弾けていく。

 フライパンの上を跳ね、踊る。


「皮に亀裂が入ってぜてるんだ。コーヒーなんかと同じで浅煎り深煎りで味わいが変わるんだが、これでちょうど中間ぐらいか」


 味わいとしては、浅煎りはさわやかさっぱり。

 深煎りになるにつれ濃く香ばしくなっていくのだが。


「ま、こんなもんでいいだろ」


 ローストしたカカオ豆を火から降ろし粗熱を取ったら、次は皮剥きの作業だ。


「皮は剥いたらこっちのボウルに、カカオ豆の中心にある胚芽はいがは取り除いたらこっちのボウルに分けて入れてくれ」

「どっちも捨てるなら一緒でいいんじゃないの? めんどうじゃない」


 フレデリカが眉をしかめ、実に嫌そうな顔で言うが。


「今日は使わんが、いずれ使う。前にも言ったが、カカオは皮も枝も葉っぱですらも料理に使える食材なんだ。無理っぽく聞こえるかもしれんが、実際ここからでもチョコは作れるんだ」

「ここからチョコが……ホントに……?」


 ただの料理廃材にしか見えない皮と胚芽だが、ここからチョコレートを作る料理人は実在する。

 もちろん相当な手間がかかるのだが、ここザントの修道院において、食材に関して一切の無駄は許されない。


 ともかく、俺はみんなに作業を任せた。

 何人かのシスターがローストに専念し、また何人かのシスターが粗熱取りに専念し、他は全員皮剥きと胚芽取り。

 そして……。


「さて、ここらかが本番だ」


 準備万端整ったカカオ豆をいくつものすり鉢に分けると、すりこぎと共にみんなに渡した。


「難しいことは言わん。これを潰して、あとはひたすらかき混ぜてペースト状にする。ただそれだけだ」


 俺の言葉に、みんなは顔を見合わせた。

 なんだ意外と簡単そう、といった表情だが……。


「ペースト状になったら湯煎して溶かし、砂糖やバター、ミルクなどを投入してさらに混ぜる。混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて、温度を調整しつつさらに混ぜて、氷室で冷やして固めてようやく終わり。なるべくなめらかで美味いのを作るとして、チョコを木枠の型に入れるまでが、そうだな……ざっとで10時間ぐらいは見た方がいいだろうな」


 この言葉に、シスターたちは騒然となった。


「ちょ、ちょっとあんた、ふざけて言ってるんじゃないわよね?」


 フレデリカは青ざめた顔で俺のコックコートの裾を引き。


「ジロー……だからあなたは昨夜あんなに反対したのですね……」


 カーラさんはすべてを理解した、とばかりに顔を手で覆い。


「10時間……10時間っていくらぐらいだっけ……?」


 計算の苦手なセラは、両手の指をしげしげと眺めている。


「さあー、始めるぞ。ほらほら、ぼーっとしてないで作業開始ーっ」


 それら全部に取り合っている暇はない。

 俺はパンパンと両手を叩くと、みんなに作業を開始するよう促した。


 1時間経過。

 ゴリゴリ、ゴリゴリ、ゴリゴリ。


 2時間経過。

 ゴリゴリ、ゴリゴリ、ゴリ……ゴッ、ゴッ……。


 時間の経過と共に、みんなの顔から生気が失われていく。

 すりこぎの動きが鈍くなり、泣き言をいう者が現れ始めた。


「うう~……手が痛いよう~……」

「やめなさいよセラ。あんたが言うとわたしまで辛くなってくるでしょ」

「フレデリカ様ぁ……わたしもう限界で……」

「わたしもですうぅ~……」

「ちょっとマリオン、ルイーズまで……」


 大人たちはともかく幼少組にはさすがに厳しいだろうか、みんな半泣きになっている。


「んー……さすがに限界か? とは言えなあ……」


 俺はすりこぎを動かす手を止め、しばし考えた。


「……あ、そうか。人力以外に活用できるものがあったな」


 そうして思いついたのは……。


「ああーっ! それって収穫祭の時のっ!」


 俺が物置から持ってきたものを見て真っ先に声を上げたのは、収穫祭にまつわる恥ずかしい思い出のあるフレデリカ。次に、その時主な作業を行っていたマリオンとルイーズだ。

 セラだけが「あれ? なんだっけ?」みたいな顔をしているが、いやおまえは覚えとけよ料理助手。


「そう、『砕き砂糖のシュクル・コンカッセ・パパのひげ(オ・バーバパパ)』を作った時のものだ。足踏みろくろを利用して筒を回転させるという単純な機構だが、これを利用する。具体的には上部の筒を取り、代わりに深い鍋を付けて固定すると……」


 綿あめ製造機が撹拌機(コンチングマシン)に早変わり……というのはさすがに言い過ぎだが、手でなく足で攪拌出来るだけでも全然違うだろう。


 実際に使ってみると、これがなかなかスムーズに働いた。

 ペースト状になったカカオに砂糖やミルク、バターを混ぜて投入し、回して回して回して回す。

 みんなは入れ替わり立ち替わりペダル踏み作業を行い、時に長いヘラを突っ込んでかき回す。 

 おかげで、想定時間よりもずいぶん短く終わることが出来た(それでも6時間はかかったが)。


「ようーしっ、みんなよくやった。あとは木枠の型に入れて冷やすだけだ」 

 

 さあラストスパートだぞとばかりに励ましの言葉をかけると、みんなの顔が明るくなった。

 

 ──ああぁ~……やっと終わったあぁ~……。

 ──これでようやく、あの甘くて美味しいものが食べられるのね。

 ──ねえねえどうする? デコレーションとか考えてるの?


 互いの顔を見合い、横腹を肘で突き合い、いかにも楽しそうに含み笑いをするシスターたち。

 ちょっと前までゾンビみたいだったのがウソみたいなリラックスした表情に、俺は思わず笑ってしまいそうになったが……まあ、やめておいた。

 厳しすぎるほどに厳しくしないと、こいつら調子に乗るからなと、経験則にのっとって。

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