「チョコ作り教室開催」
「おおー……集まったなあー……」
カーラさんの言った通り、よほど娯楽に飢えていたのだろう、チョコ作り教室には修道院のシスター全員が参加することとなった。
その数実に30人。
当然厨房だけでは場所が足りず、食堂の一部を作業場として使うことになった。
「みんなーっ、これからジローが言うことをよく聞くんだよーっ! ちゃんと守らないと、けっこうきつめのお仕置きが待ってるからねーっ!」
サブリーダー気取りなのだろう、セラが俺の横で偉そうに腕組みしながらみんなに声をかけた。
──……きつめのお仕置きって、いったい何をさせられるのかしら。
──あのジローがセラにさせることでしょ? それって……ニホンジン特有のいわゆる……。
──あ、聞いたことある。年端もいかない子供に無理やり……。
「……おい、おまえのせいでいきなり悪評が立ってるんだが?」
「ええー? なんでー? セラはとーぜんのことを言っただけだよー?」
シスターたちが抱いている危惧のことなど理解していないのだろうセラは、きょとんとした表情で俺を見上げた。
くそっ、天然で俺の社会的評価を殺しにきやがって……。
「ゴホン、えー、ではさっそく始めたいと思う」
おかしな雰囲気にならないよう、俺は急いで説明を始めることにした。
「チョコレート。略してチョコは、俺のいた世界においては非常にメジャーなお菓子だ。カカオ豆をすり潰して滑らかにして砂糖を投入して冷やして固める、おそろしく単純な製法なのにおそろしく美味い。ギリシャという地方の言語では『神様の食べ物』と呼ばれるほどで、一度食べたら癖になるという薬理的な特徴もある」
神様の食べ物というフレーズが効いたのか、みんなの目に驚きと好奇心が満ちていく。
居ずまいを正す者がいるのも、修道院という場所柄だろうか。
「その特徴は、なんといっても香りだろう。カカオ豆本体はもちろんその殻や枝、葉っぱからすらも濃厚に漂うそれは、嗅ぐ者を等しく虜にする」
──うんうん、香ばしかったもんね。
──甘くて、ちょっぴり苦味もあってね。
──あれは癖になるやつ、わかる。
夕食後に提供した一粒チョコの味を思い出しているのだろう、みんなは楽しそうに顔を見合わせている。
「ただしひとつ問題がある。それは製法だ。カカオ豆をすり潰して滑らかにして砂糖を投入して冷やして固める。おそろしく単純だが、単純故に他の方法が無い。すべて人力で行うので、端的に言うなら、くっ……………………そ手間がかかる」
──え。
──え。
──え。
溜めて溜めて溜めて発した俺の言葉に、みんなの顔が一瞬硬直した。
──ちょっと……あのジローが言うほどめんどくさいってこと?
──あの、四六時中料理とセラの面倒しか見てないジローが……?
──あ、わたしそういえば、写本作業がまだ終わってなかったんだ。
口々に言い交わし、中には席を立って逃げようとする者まで出る始末。
「はい逃げない」
俺がドンと作業台を叩くと、及び腰になっていたシスターたちはビクッと身を強張らせた。
「今俺がこうしてここにいるのは、昨夜おまえらがみんなしてチョコ作り教室の開催を頼みに来たからだ。俺が面倒だから嫌だというと、『ケチ』、『意地悪』、『なによちょっとぐらいいいじゃない』、『せっかくみんながやる気になってるのに、空気を読めない男』、『ありゃダメね、生涯独身だわ』、『大丈夫だよジローはセラが貰ってあげるからっ』などなど、非常に不愉快な発言を浴びせられた」
「最後だけなんかおかしいようなっ!?」
セラが心外とばかりに言って来るが、そんなのは無視だ。
「さんざん駄々こねておいて、『めんどうだからやっぱりやめます』は通らねえからな、おまえら」
俺は目つきを鋭くしてみんなをにらみつけた。
「手首が疲労骨折するまでやってもらうから、覚悟しろ」