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「カーラの手記」

 ~~~カーラ視点~~~ 




【ヴァスキエ暦706年、赤帝の月の7日】


 ランペール商隊が去り4週が過ぎ、最近はめっきり冷え込むようになってきた。

 この感じでいくと、もうひと月もすればワタリバトが去るだろう。


 それは冬の到来の合図だ。

 すべてを白く染める厳しい冬が、ザントにやって来る。


 厳寒期は短くて3ヶ月、長い時には5カ月に及ぶこともある。

 物流も滞りがちになるため、準備は入念に行わなければならない。


 燃料の調達、食糧の確保。

 積雪や寒さに耐えるための建物の改修。

 

 神に仕える身としては恥ずべき言葉だが、お金はいくらあっても足りない。


 だが、今年は例年と比較して余裕があった。

 春先のメープルシロップの販売、収穫祭における多大な収入、食材燃料等購入費用の大幅減。

 貧しい北の地にあっていつも苦労の種だった院の経営状態が、明らかに好転していた。


 ……。

 ……。

 ……悔しいことに、あの男のおかげで。 


 ジロー・フルタ(24歳)、男性、独身、職業料理人。

 の人物は王都を放逐ほうちくされた後、当院の料理番を半年に渡って務めている。

 料理の腕はたしかだが、性格にははなは粗暴そぼうな点がある。

 フレデリカ・レーブへの罵倒、公爵家の料理番エマ・アルベールとの決闘、バルトルト巡回司教との口論。

 本人は自らのことを被害者だと言い張るが、いずれも慎重に行動していれば避けられたはずのアクシデントだった。


 そしてセラだ。

 彼と幼いセラ・アミとの関係性には、大きな問題がある。

 シスター長という重責をになう身として、見過ごしておくわけにはいかない。





「……なんとしてでも、引き離さなければ」


 わたしは手記を閉じると、決意と共に顔を上げた。

 修道服に着替えガウンを2枚重ねて羽織ると、ランプを片手に自室を後にした。


 廊下に出るなり、ビョウウと鋭い寒風が肌を刺した。

 シスターたちの部屋のある南棟は寒さ対策として特別気密性の高い構造にしているはずなのだが、どこかに隙間でもあるのかもしれない。


「あとでレイに調査してもらわないと……」


 つぶやきながら階段を降りると、二重扉を開けて南棟に入って来たジローと鉢合わせした。


「……ほう?」

「……げげ、シスター長っ?」


 失礼な呻きを発したジローは慌てて逃げようとしたが……。


「待ちなさいっ!」


 わたしに声をかけられたことで観念したのだろう、びたりと立ち止まった。

 ゆっくりとした動作で振り返ると、思い切りため息をついた。


「あなたいったい、こんなところで何をやっているんですか? 男子禁制の南棟に……しかもこんな真夜中に……」

「そりゃあまあ、わかってはいるんですがね……。やむにやまれずというか……」

「やむにやまれぬ? 何を言って……はっ? まさかあなた、シスターたちの寝床に忍び込もうと……っ?」


 わたしの嫌疑に、ジローは慌てて反論した。


「違いますっ、違いますってば。これにはまったく他意がなくてですね……っ」

「むにゃあ~……もう食べられないようぅ~……」

「ほら、こいつです。今まさにベタな寝言を言ってるこいつが悪いんです。なかなか自室に戻ろうとせずに俺の作業を見てて、そしたらいつの間にか眠っちまって……。だからこんな時間に運んで来るハメになったんです」


 バツの悪そうな顔をしながら、ジローは背中におぶっているセラを指し示した。


「というか、ちょっと待っててもらえます? とにかくこいつを寝かせて来ますんで。お説教はその後ということで」


 それだけ告げると、ジローはそそくさと1階の奥へと向かった。

 年若いシスターたちが共同使用している大部屋にこっそり入って行ったかと思うと、すぐに出てきた。


 ──今日も悪いな、こんな時間に。

 ──……あら、お姫様のお帰りね。

 ──良かったわねえ~、愛する旦那様に連れられて。

 ──ほら、あなたのベッドはこっちよ。

 ──むにゃあぁ~……ジロおぉぉぉ~……。


「……」


 漏れ聞こえてきた声から察するに、ジローがセラを送り届けるのは今日が初めてのことではないようだ。

 それはつまり、欲求を持て余した成人男性が、夜中に何度もシスターたちの寝室に忍び込んでいたということであり……。


「──さ、弁明を聞かせてもらいましょうか」


 戻って来たジローを促してわたしが向かったのは、この時間なら誰も訪れないであろう礼拝堂だった。


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