「取引」
シスターたち30名に加えてランペール商隊のみなさんが30名。
計60名を収容するほどの容量は食堂にはさすがに無くて、何人かは廊下にゴザを敷いて座ってもらった。
そこへひと口サイズのタフィではさすがに苦情が出るかと思ったが、みんな素直に喜んでくれた。
イベントを楽しむ感覚なのだろう、わいわい賑やかにしながら口に入れ──一斉に歓声を上げた。
「お、おおおお……なんなのこれは……っ?」
「カリッとした食感の後にギュウッと濃厚な甘みが口の中いっぱいに広がって、ブワッと香ばしいくるみの香りが鼻腔を突き抜けて……っ」
「すごいっ、甘いっ、ホントに美味しいっ」
どう見ても大根にしか見えないテンサイからこれほどに甘い液体が出てきたことの驚きも相まって、称賛の声はいつまでも止まなかった。
「ちなみにテンサイから抽出されたテンサイ糖には、ミネラル分と共に多くのオリゴ糖が含まれています。オリゴ糖は胃や小腸で吸収されず大腸に直接届き、善玉菌を増やして悪玉菌を減らします。さらに免疫力アップやアレルギーの抑制、血糖値を上げないという特性もあります」
テンサイ糖の素晴らしさをアピールするため、俺は滔々と語った。
「今の言葉を簡単に言うと、ですね」
こちらの人には意味不明の呪文みたいな言葉に聞こえるだろうそれを、俺は短くまとめて伝えることにした。
「──便通を良くし」
『……っ!?』
「──病気を防ぎ」
『……っ!!!?』
「──美肌効果もあります」
『…………っ!!!!!?』
女性陣が総立ちになるのを、そういったことに興味の無いセラが「みんな急にどーしたのー?」と不思議そうな目で眺めていた。
「やあ、たいしたものですね」
今なお大騒ぎしている食堂の人々を尻目に、ランペール商隊長が話しかけてきた。
「おお、商隊長。どうでした? お気に召しましたかね」
「素晴らしかった。タフィというお菓子のことは知らないが、短時間で提供でき、しかも腹持ちのいいくるみを利用している辺りにあなたの料理人としてのたしかな技量を感じました」
タフィ、あるいはトフィはイギリス発祥のお菓子だ。
バターと砂糖を煮詰めて作るのが基本で、キャンディのようなものからナッツ入りでサクサクしたものまでバリエーションに富む。
今回くるみ入りのタフィを選択したのはまさにランペール商隊長が指摘した通りの狙いがあったからだ。
「そりゃあ良かった」
「ですが、問題はそこではありませんね。あの野菜……あなたの世界ではテンサイと呼ぶのですか?」
「ええ、そしてサトウキビと並んで砂糖の原料となっています」
「……やはり」
ランペール商隊長は大きく息を吐くと、俺の目をまっすぐに見つめてきた。
「ひとつ確認したいことがあります。この技術をわたしに見せたのは、いったいどういう意図があってのことですか?」
一語一語、言葉を確かめるようにしながらランペール商隊長は続ける。
「伏せておくことは出来たはずです。家畜の飼料として使うからと嘘をついてテンサイを買い占めることも、技術を然るべき筋に高値で売ることも。それはどちらも、あなたに多大な利益をもたらしたはずだ」
当然の疑問だ。
そもそもの商業地盤の問題があるので砂糖を販売する側に回るのは難しいとしても、技術自体を高値で販売することは出来たはずだ。
にも関わらず、俺が惜しげも無く技術を公開したのは……。
「どこまでいっても、俺はただの料理人に過ぎないってことです。莫大な富を得て豪奢な暮らしが出来るようになっても、絶大な名声を得てチヤホヤされるようになっても、俺のやることは変らない。ただ誰かのために料理を作ること。それだけなんです。だったら気持ちの良い環境作りが出来たほうがいいじゃないですか。信頼のおける卸業者と太いパイプを作って、ストレスなく美味しいものを作り続けられるほうがいいじゃないですか」
「……その商売相手がわたしだと?」
「ええ、他ならぬエマさんの紹介でもありますし」
俺はうなずくと、ダメ押しとばかりに付け足した。
「テンサイの秘密をどう扱うかはランペール商隊長、あなた次第です。でも、出来れば今後も良いお付き合いがしていきたいなと、つまりはそういうことなんです」
要約するならば、信頼出来るあなただけに技術を公開するから今後の取引では優遇してくれよと、そういう意味だ。
「………………」
俺の提案を受けたランペール商隊長は、しばらくの間黙っていた。
人となりを計るように俺の目を見つめ、今回の取引での損得を勘定し……やがて、ほうと大きなため息をついた。
「やれやれ、参りました。本当にエマ女史の言っていた通りですね。あなたは恐ろしい方だ。あれほどの技術を無償で公開することで、逆にこれ以上ない取引材料とした」
お手上げというように苦笑いすると、スッと手を差し伸べてきた。
「わかりました。向こう30年に渡り、あなたへの商品を一般の卸値の半額でお売りすることをお約束いたしましょう」
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