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「天才? テンサイ?」

「わああー、すっごいねえーっ! 食材がたくさんだねえーっ!」


 すっかりご機嫌になったセラは、俺の前をちょろちょろと走った。

 馬車についている販売員のお兄さんお姉さん方に愛嬌を振りまきつつ、そのつど気になった食材をひとつひとつ指さしては俺に質問してくる。


「ねえジロー、この袋はなぁに? 何が入ってるの?」

「小麦粉」

「こっちは?」

「大麦粉」

「……大麦のほうがでっかいの? 袋は同じ大きさだけど……」

「いや、名前や見た目が似てるから同系統のものと思われがちだが、実際にはまったく別の物なんだ。小麦はイネ科コムギ属の穀類で、グルテンを多く含むのでお菓子やパン作りに向く。大麦はイネ科オオムギ属で、グルテンはほとんど含まない。調味料や酒の材料にすることが多いかな。名前に関しても、たとえばフランス……俺が料理を学んでいた国では小麦はブレ、大麦はオルジュと呼ばれていた。つまり小さい大きいという区分けでつけられた名前じゃないってことで……」

「お、おおー……」


 説明量に圧倒されながらも、セラはくじけず質問を重ねて来た。

 あの豆はなんだとか、この米というのはどういうものなのかとか。


 それは今までには見られない食いつきだった。

 どうやらこいつ、本気で俺の助手を極めようとしているらしいのだが……。


「う、うう~……頭がぁぁぁ~……」


 何事もそうだが、準備運動もなしに急に運ぼうったって上手くはいかない。

 いきなり頭をフル回転させた反動で、セラはぐるぐると目を回し出した。


「ああもう、しかたねえなあ。ほら、こっち来な」


 ふらついて危ないのでやむなくセラを背に負うと、俺は引き続き馬車の荷を見て回ることにした。


「ごめんね~? ジロぉぉぉ~……」

「いいよいいよ、おまえひとりぐらい軽いもんだ」

「きっとジローが言ってたあれだよ、脳にトーブンが足りてないんだよ~」

「……おまえそれ、単に甘いもの食べたいだけだろうが」


 核心を突いた俺の質問に、セラは「えへへへへ~……」とくすぐったそうに笑った。

 俺の首に回した手にぎゅっと力をこめると、頬に頬をくっつけるようにして馬車の荷を眺め始めた。


「おおー、見える見える。いい眺めだねえ~っ」

「……おまえホントは、俺におぶって欲しいがために目の回ったフリをしたんじゃないだろうな」

「だっておかーさん言ってたもん。『チャンスと見たら、どんな手でも使ってモノにするのよ』って」

「やっぱりおまえの母さんが元凶か……ってか、全然チャンスじゃねえけどな」

「『嫌よ嫌よも好きのうち』とかも言ってた」

「……マジでそのうち、おまえのとこには家庭訪問しなきゃならねえようだな……」

「それは結婚前のご挨拶的な意味で?」

「不平不満をぶちまける意味でだよ」


 ぐだぐだとやり取りをしながらも、俺は品定めを続けた。


 エマさんのおかげだろう、ランペール商隊の20台の馬車のうちの半分は食材で埋められていた。

 穀類に豆類、野菜に肉類、魚、酒や調味料などが満載されている。

 肉や魚についてはさすがに新鮮なものというわけにはいかず、塩漬けなどの加工がされているものばかりだが、どれもこれも抜群に処理が上手い。


 しかし圧巻なのは、何と言っても穀類と豆類だろう。

 馬車4台に満載されたそれらはどれもこれも質が良く、保存も良好。

 一般的なものからこの辺ではお目にかかれないような希少なものまで様々ある。


「……小麦粉とトウモロコシ粉はマストだな。米もある程度は確保したいし……ああー、これは大豆かあー……。いいなあー……これがあれば醤油が作れる……。いやしかし、予算には限界が……砂糖も欲しいし、香辛料も必要だし……え、何だこれ……こ、コーヒー豆だとおおおー……っ?」

「おおお……っ、ジローがっ、ジローが苦しんでいる……っ?」


 うあああと呻く俺の頭を、セラが「がんばれ、がんばれ」とペシペシ叩いてきた。


「はっはっは、存分にお悩みください」


 そんな俺たちに、ランペール商隊長は暖かい言葉をかけてくれた。


「お値段については勉強させていただきますから」

 

 そう言って示してくれたのは、一般的な卸値おろしねよりもずいぶんと下の値段だ。

 おおっ……これは助かるっ。本気で助かるけどもっ、その分悩みは深まるうううっ。


「お砂糖っ、お砂糖だよジローっ」


 懊悩する俺に、ここぞとばかりにセラが自分の希望を差し挟んできた。


「おまえふざけんなよ。たしかに砂糖は欲しいが、単価が高すぎるんだ。あれはあくまでここ一番の時用で……たとえば収穫祭みたいな……」


 渋い話で申し訳ないが、こちらの世界での砂糖は高級品なのだ。

 サトウキビの生産そして砂糖の精製がまったく需要に追い付いていない上に、そもそもが南方種なので、遥か北方のこのザントで買うには希少性に加えて距離分の金までもが加算されてしまう。

 

「ランペール商隊長の提示してくれた額は相当破格だけど、それでもまだなあー……」

「ええとその……サトウキビ、以外のものからは作れないの? 白い木とか花とかそういう……」

「色が白いから甘いってわけじゃねえんだよ」

「岩とかそういう……」

「岩塩のこと言ってんのか? それだって色しか合ってねえからな。砂糖はその辺にほいほい落ちてたりするもんじゃねえの」

「さっきあっちで、白い野菜あったけど……」

「だから言ってんだろ。甘いのは色じゃなくって……」

「でもなんか、馬車の人が『甘い汁が出る』って言ってたよ? 何かに使えればいいんだけどって……」

甘い汁が出(・ ・ ・ ・ ・)る白い野菜( ・ ・ ・ ・ ・)……?」


 俺はハッとした。


 そうだ。

 その可能性はある。

 こちらの世界ではまだ見つかっていないだけで、存在するのかもしれない。

 向こうの世界での第一発見者が1700年代のドイツの化学者だったように、あれ(・ ・)は普通の農家や料理人じゃ気づけない類のものだから。


「……おい、セラ」

「んー? なあに? ジロー」

「……それ、テンサイかもしれんぞ」

「天才? セラが? えっへへへ~……、それはさすがに褒め過ぎだよおぉ~……」

「そうじゃねえ。おまえのことを天才と言ってるわけじゃねえから喜ぶなっ、人の髪の毛をかき回すのを今すぐやめろっ」


 くねくねと身をくねらすセラに案内させる形で、俺はその野菜のところまで全力で走った。

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