「玩具の包丁」
~~~ジロー視点~~~
「待ってー! 待って待って待ってジロおおおーっ!」
後ろを振り返ると、ものすごい勢いでセラが走って来るのが見えた。
どうやら服を着替えて来たようだが……。
「なんだそんなに急いで……というかあの服はどうしたんだ? せっかく似合ってたのに。あ、それとももう包んでもらったのか?」
「ううん、違うのっ」
セラはぶんぶんと勢いよくかぶりを振った。
「あれはね、いらないの。たしかにすごいなあーとは思うんだけど、きちんとしてて綺麗だなあーとは思うんだけど、違うの。セラはね? これが欲しかったの」
そう言ってセラが指し示したのは、一本の包丁だった。
おそらくは子供が料理の練習に使うものなのだろう、刃渡り十センチちょっとの小ぶりなもので、柄と刃ケースの両先端に紐を通し、首からぶら下げられるようになっている。
「包丁? そんなのなんだってまた……」
刃ケースや柄に施された飾り彫りは大したものだが、しょせんは包丁だ。
そんなの厨房にいくらでもあるのにと言おうとして、はたと気が付いた。
あっても意味がないのだ。
そもそも俺が、セラに使わせるのは危ないからくれぐれも手を触れないようにと言い聞かせておいたのだから。
そして、だからこそセラは自分で買ったのだろう。
子供用なら危なくないし、俺も止めないだろうからと。
「セラはね? まだ小さいからあんまりたくさんのことは出来ないの。お野菜を洗って、お皿を洗って、薪は重いからあんまり運べなくて……。でも、いつかはもっとたくさんのことが出来るようになるの。体が大きくなって、たくさんの薪が運べるようになって、器用になって包丁をすぱすぱーって扱えるようになって。ね? そしたらいかにも助手ーって感じでしょ? ジローの役に立てるでしょ?」
「俺の……?」
「だからね? ジロー。セラもついて行っていい? 一緒に食材、見て回っていい?」
「セラ……」
「ね、お願い。セラ、絶対絶対邪魔にならないようにするから」
これ以上ない真剣な瞳で、セラは俺にお願いをしてくる。
「セラ……」
俺は思わず瞑目した。
きっとセラは、こう考えたのだ。
俺がセラをつれて行かなかったのは邪魔だったからなのだと。
セラが小さくて、わけもわからず騒いでいるだけの子供で、一緒にいると気が散るから遠ざけたのだと。
そしてそれは、あながち間違いというわけでもない。
気が散るということはないにせよ、邪魔をされたくないという気持ちはたしかにあった。
親に売られたという過去を持つこいつを。
ただ子供だからというだけの理由で遠ざけた。
「……よし、わかった。ついて来い、セラ」
後悔は先に立たない。
俺は奥歯を噛みしめながら、セラの頭を撫でくり回した。
「お前は俺の助手だからな、誰に恥じることなく傍にいろ」
「……ジローっ」
俺の言葉に、セラは飛び上がって喜んだ。
満面に笑顔を浮かべながら俺の周りをぐるぐる周り、喜びの舞みたいなのを踊り──ランペール商隊長の困惑の視線に気づくと、慌てて顔を手で揉んでキリッとさせ──
「ジローの助手で、妻のセラです。よろしくお願いしますっ」
これ以上ない爽やか笑顔で、これ以上なく余計な一言を口にしてくれた。
「え、妻……? え……?」
動揺するランペール商隊長を落ち着かせるために「ゴホン」と一度咳払いを挟むと、俺はセラの頭を掴んで一緒になって頭を下げた。
「えー……世迷い言はともかくとして、こいつは助手に違いありません。わたしともども、よろしくお願いいたします」