「罰は9対1で」
「あ痛たたたた……。さすがにやせ我慢しすぎたか……?」
修道院長室を後にした俺は、打たれた尻を擦りながら歩いていた。
このまま厨房に戻るのも嫌なので、せめて中庭で栽培されている木苺を摘んで帰ろうと角を曲がった瞬間、長い廊下の向こうからセラが駆け寄って来るのが見えた。
「ロおぉぉー……っ」
小さな手足を目一杯動かして、ものすごい勢いだ。
「ジロおぉぉぉぉー……っ」
「げっ……」
逃げようとしたが間に合わず、そのまま飛びつかれた。
「ジロおおおおおおおおおおお!」
「ええい、なんだなんだなんだっ」
周りの目を気にして引き剥がそうとしたが、セラは腰の辺りにまとわりついて離れようとしない。
「ジローがセラの分もお尻をぶたれたってホントっ?」
「はあ~? なんの話だ、それは?」
すっとぼけようとした俺だが……。
「あのね? カーラさんが言ってたの。ジローが9発ぶたれたから、セラは1発で済んだんだって。あなたはその意味を噛みしめなきゃダメですよって」
「ちっ、あの人は余計なことを……」
カーラさんが告げたのは事実だ。
俺は料理番だが、身分的には修道士になる。
断食をする必要はないにしても、修道女見習いに破らせたのであれば罰を受けるべきだ。
唆した側なのだから、当然重くあるべきだ。
そんな理屈でハインケスを説得したのだが、それをセラに伝える気はなかった。
だって、そんなことをしたら……。
「ジローおぉぉぉぉぉぉ~……ごめんねえぇぇぇぇぇ~……?」
罪悪感に押しつぶされそうになっているのだろう、セラは半泣きになってしがみついてくる。
「ああもうっ、やっぱりこうなるのかよっ」
俺は頭をかきむしった。
昔から、子供の泣き声だけはダメなんだ。
カーラさんとしては教育のつもりで言ったんだろうが、冗談じゃない。
その影響をもろに受けるのはこの俺だぞ?
「ええい、知らねえっての。全部あの人の勘違いだ。俺も1発しかもらってねえよ」
「ううううー……?」
俺の滅茶苦茶な言葉に納得したわけでもないのだろうが、混乱したセラは一瞬泣くのをやめた。
「ほら、いいから離れろ。みんなが見てる」
俺とセラの関係は早くも噂になっているようで、通りすがりのシスターたちがこちらを見ながらひそひそ小声で囁き交わしている。
「うううううー……?」
「ああもう、うーうー言ってないでとにかく移動するぞっ。おまえにはこれから仕事があるんだからなっ」
「……おしごと? セラが?」
俺の言葉が意外だったのだろう、セラは不思議そうに首を傾げた。