「天国の味」
「ここはひとつあなたに圧勝して、お嬢様には溜飲を下げていただきます」
そう告げたかと思うと、エマさんは作業に移った。
腕前は見事の一言。
正確かつ流麗な動きで複数の行程を同時にこなしていき、最終的に出来上がったのは……。
「こちら、アンドレットでございます」
エマさんがテーブルに並べたのは、アンドレットという名のケーキだった。
フランスの伝統菓子であるサントノーレに似たもので、パイの土台の上にキャラメリゼしたプチシューを積み重ね、最後に生クリームとラズベリーソースを7:3の割合でかけている。
キラキラ輝くような仕上がりは小さな宝石箱のようにすら見え、シスターたちからは羨望のため息が漏れた。
審査員の反応も上々。
「っくうううう~。甘い甘い、甘ぁぁぁ~いっ。絶妙にかけられたラズベリーソースの酸味がもう最っ高っ。さっくりプチシューとふんわりしたクリームの組み合わせも完っ璧っ。こんなの食べたことありませんっ」
とカーラさんが頬を染めれば。
「……おいおいマジか。オレ正直、甘いものに興味無かったんだけど、これはヤバいわ。地人たちの造る蒸留酒にぴったりなんじゃねえか?」
ノット甘党なハインケスまでもが、目をぱちくりさせながらの大絶賛。
「……ふっ」
審査員ふたりの反応に勇気づけられたのだろう、厨房に戻って来たエマさんが口元を綻ばせた。
「これはどうやら勝負あり、のようですね?」
なんて、俺の肩をポムポムと叩きながら煽ってきた。
それを見たセラは、急に不安になったのだろう。
「ジロー、大丈夫? 大丈夫だよねっ? 絶対負けないよねっ?」
腰に抱きつき、懇願するように言ってきた。
「ふん、余裕だっての。大船に乗ったつもりで待ってろ」
セラをもぎ離すと、俺は作り掛けの料理に向かった。
「おや、言いますねえ。それが負け惜しみでなければいいのですが」
全力を出し尽くしたのだろう、いかにもスッキリした顔でエマさんは言うが……。
「ねえ、エマさん。忘れちゃいませんか? この俺が、あなたの預かり知らない世界から来たことを。そこはね、ここより遙かに文明が発達した世界だったんだ。何千何万、それこそ何億という数の料理人たちが苦心の末に編み出した技術が受け継がれ、さらに美味さを積み重ねていく、食の天国みたいなところだったんです」
「食の天国……ねえ?」
想像したこともないだろう世界の話に驚くより先に、疑わしげな顔になるエマさん。
「それはあくまで、その文明レベルでの話ですよね。でもここは、あなたの住んでいた世界ではないんですよ。北の最果ての、調理器具はもちろん食材すら満足に揃わないようなど田舎なんですよ。その上でなお、あなたはその天国の味を再現出来るというんですか?」
俺たちのやり取りが伝わったのだろうか、食堂のほうがにわかに騒がしくなってきた。
「出来ますよ。少なくとも俺は、そういう風に教育されたんで」
そう答えると、俺は改めて作業台に向かった。