「宣戦布告」
「……お嬢様は、あの通りのお子様でしてね。他人のことなんて考えず、昔からわがまま放題に生きてきました。公爵家の三女として産まれて、可愛がられて育てられて、叱る者などいませんでした」
エマさんの目線は俺ではなく食堂を、もっと言うならフレデリカの去って行った方向を向いている。
「でも、そのままというわけにはいかない。市井のではなく貴族の家に産まれた女である以上いつかは嫁がねばならず、その時に家の恥になるような態度を見せてもらっては困る。寄宿舎制の学校がいくつか候補に上がりましたが、王都の近くでは甘え心が出るだろうから、僻地のそれも修道院に押し込んでしまえという話になりました」
表情も変えず、年表でも語るように淡々と、エマさんは続ける。
「そうと決まった時、お嬢様はそりゃあもう泣きわめかれましたね。でもギュスターヴ閣下はお許しにならなかった。2年間の期限を終えるまで、一時的に里帰りすることすら禁止とされました」
その結果があれなのだから、あまり意味は無いと考えるべきか。
それとも少しマシになってあれなのだと考えるべきか。
「あー……ということはあれですか。エマさんがここへ来たのは、現状把握の意味もある?」
「あら、お気づきになられましたか。なかなか鋭くてらっしゃる」
「いやいや……」
さすがにそれぐらいは気がつくわ。
「その通りでございます。他の家の者にならともかく、わたくしにならお嬢様も本音をお見せになるでしょうから」
「……今のところはどんな評価で?」
「不合格となれば期限延長、あるいは別の教育機関に入ることになるのですが……さて、どういたしましょうか」
答えをはぐらかすと、エマさんは傍らに置いていた背負い袋の中に手を突っ込み、中身を取り出した。
「それはともかく、決闘に戻りましょうか。何せわたくしたちは料理人でございますから。料理を作るが本分にございます」
作業台の上に並べられたのは、ベルトに巻かれた包丁数本に、各種調味料に粉の入った袋……。
「これは……お菓子作りの材料ですか?」
「先ほど申し上げましたでしょう? わたくし、料理人でございますから。裏向きはともかく表向きの役割は、あなたのことで騒ぐお嬢様に料理を作ってお慰めすることなのです」
なるほど、それが厨房を使うことに繋がるわけか。
フレデリカが俺に決闘を挑めと言ってきたので順番が変わったんだ。
「ところでジローさん。昨夜そして今朝と、これまで2回あなたの料理を食べさせていただきました。どちらも非常に美味でした。柔らかいそば粉のパスタにふっくらライ麦粉の黒パン。おいそれと小麦粉が使えない環境下で、創意工夫されたのでしょう。どちらも素晴らしいものでした」
「そりゃどうも」
急に褒め出したのを警戒していると……。
「でも、しょせんは小麦の代用品ですよね。どれだけ頑張ったって、本物には叶わない」
「……っ?」
「そのご様子では砂糖の使用も難しいんじゃないですか? でも、わたくしにその縛りは無い」
「……ちっ」
くっそ、痛いところを突いてきやがる。
たしかに、作業台の上に並べられた中には砂糖も小麦粉も十分にあるようだ。
料理長としての技術に必要十分な材料まで揃えているというのは、かなりの有利条件だが……。
「あのね、だからってエマさん……」
「あまりに追い詰めすぎて、爆発されても叶いませんからね」
俺の反論を封じるように、エマさんはぴしゃりと畳みかけてきた。
「ここはひとつあなたに圧勝して、お嬢様には溜飲を下げていただきます」