「ごめんね」
~~~セラ視点~~~
馬車が停車すると同時に、物資集積所の扉は閉ざされた。
セラたちが馬車から降りると同時に、黒服を着た男たちがふたりを取り囲んだ。
頬に刀傷のある、黒服たちの首領――スカーフェイスがティアを見て言った。
「んーで、こいつがそれか? まったくそうは見えねえなあ」
「いえいえ、間違いございません」
疑わしそうに首を捻るスカーフェイスに、アランが揉み手をしながら説明する。
「そうは見えないようにしているだけでございます。わたしどもは赤子の頃からこれと接しておりますのでわかります」
「そうですそうです、間違いありません。金貨三千枚、いえ四千枚は下らない価値を持つ娘です」
アランの言葉を保証するかのように、メリダが続ける。
「ですのでわたしたちの借金はこれで帳消し……いえ、もっと色をつけてくださっても構いませんよねえ?」
「メリダ、あまり欲をかくな……っ」
「なに言ってるのあなたっ。これは一生に一度のピンチだけど、チャンスでもあるのよ? 役立たずの忌み子を売ったお金で大金持ちになるのよ」
「だが、さすがにこれ以上は……っ」
「借金の原因は、もともとはあんたのギャンブル癖のせいでしょっ? 毎回大枚張りやがってっ。下手くそのくせにっ」
「おまえだって男娼に通い詰めているくせにっ。月に一体いくら使ってるんだっ?」
「あんたじゃ満足できないからしょうがなく通ってるのよっ。というかうるさいのよっ、あの子を産んだのはこのわたしっ。お金だってわたしが全額もらう権利があるんだからっ」
「おまえ……ここまできて裏切るつもりかっ?」
「はいはいやめやめー」
醜い言い争いを始めたアランとメリダを蹴り飛ばすと、スカーフェイスは改めてティアに向き直った。
「おまえもかわいそうな子だねえ。間抜けな両親に怖がられた結果捨てられて。あとあと金になるとわかったら攫われて、あげくは好事家に売り飛ばされる。正直やってらんないよねえ、同情するよ」
まったく同情はしていない口調でスカーフェイスは続け。
「正直逃がしてあげたいつもりはあるんだけど、残念。こちとら仕事なんでねえ~」
ティアに向かって手を伸ばしたスカーフェイスの手を、セラがパシリと叩いた。
「やめて! ダメだよ!」
「はあ~?」
「親が子供を売るなんて、絶対ダメなんだよ!」
「なんだあ? こいつ」
スカーフェイスが周りに意見を求めると、すぐに答えが返って来た。
ティアを捕らえる時に傍にいた、邪魔な子供。
「なるほど、面倒だから眠らせて、連れて来たと……ふむふむ。――じゃあもう、殺しちゃっていいよね?」
スカーフェイスはティアに伸ばした手を、今度はセラに伸ばした。大きくごつごつとした指を広げ、セラの細い首にかけようと――
「ダメえぇぇぇぇぇーっ!」
甲高い声が、物資集積所いっぱいに響いた。
「……ティア隊員っ⁉」
押しのけられるような形になったセラは、たまらず後ろに転んだ。
転びながらもティアのことを心配し、即座に顔を上げ――見上げた先には、驚くべき光景が広がっていた。
スカーフェイスもまたティアに弾き飛ばされていたのだ。大柄で骨が太く荒事にも慣れた男が、三分の一ほどの年齢の幼女に、苦も無く捻られていた。
驚愕はさらに続いた。
ティアの大暴れに巻き込まれた黒服たちが、物資集積所の天井に、床に、壁に、至るところに叩きつけられた。
恐ろしいほどの力で叩きつけられた彼らはたまらず意識を失い、あるいは痛みのあまりのたうちまわっている。
「ティア…………隊員?」
セラとてバカではない。半年ほど寝食を共にしてる間に、違和感を感じはした。
どうしてこのコは両親に捨てられたのか。
どうしてこのコはこんなに大食いなのか。
どうしてこのコはなんでも噛み切れる丈夫な歯を持っているのか。
どうしてこのコは他人に頭を触らせようとしないのか。
どうしてこのコはセラの『癒しの奇跡』を、神々の慈悲たる光を吸収したのか。
どうして、どうして、どうして――その答えが、今まさに目の前に広がっていた。
「ごめん……ごめんね、隊長……」
可愛らしかったティアの手は、いまや巨大に膨れ上がり、先端は鉤爪となっていた。
可愛らしかったティアの足は、いまや巨大に膨れ上がり、修道服のスカート部を破り、鱗に覆われた太ももが露わになっていた。
「わたし……わたし、嘘をついてたっ」
可愛らしかったティアの胴は、いまや巨大に膨れ上がり、引きちぎれた修道服が肩に引っかかっていた。
可愛らしかったティアの顔は、いまやトカゲのように変貌し、鋭い歯の隙間から二股に分かれた舌が覗いていた。
「ティア……」
「わたし、ホントは、人間じゃ、なくて」
可愛らしかったティアの背には、いまや巨大な二対の翼が生えていた。
彼女の体の急速な変貌は、間違いない、ひとつの事実を告げている。
そう――彼女は人ではない。マシューが口にしていたところの異形だ。
本来あり得るはずのない、人間からの竜種への変化だ。
「ごめんね。もう、ザントには行けないの」
涙を流しながら謝った彼女は、二対の羽根を羽ばたかせた。
勢いのままに上昇すると、物資集積所の天井を突き破って飛び立った。
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