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「お祝い」

 よほどグランドシスターのことが恐ろしかったのだろう、イーラ修道院長とハインケスのやり取りは超速で進んだ。

 カトル修道院の闇の暴露やいじめ実行者への処罰についてはさすがにそれなりの時間がかかるものの、ティアの所属替え自体は一瞬で終わった。

 ティアは来春まで神学院で皆と共に学んだあと、ザント修道院へ一緒に帰ることになる。


「ちなみにカトル修道院に持ち物とか残してないのか? その辺はあとで送ってもらえたりすんのか?」

「えっとその……個人の財産みたいなものはひとつもありませんし、聖典とか教科書もどこでも共通のものですし……わたしってばホントに身ひとつなので……」

「おっ……まえ……っ」


 ティアより一個下の十歳女児から「身ひとつ」なんて言葉が出てきたことに衝撃を受け、俺はぐらりとよろめいた。

 だっておまえ、日本でいったら小四だぞ? 小四女児の口からそんな言葉が出てきたらさすがに可哀想すぎて涙腺ゆるむだろ。


「うおおおお……安心しろ、ティアぁ~。おまえは俺が守ってやるからな。もし向こうで誰かにいじめられたりしたら、そいつを三枚に(おろ)してやるからなぁ~」

「泣いてる……っ? さ、三枚に卸すとかそこまではしなくていいですけど……っていうか、『おまえは俺が守る』なんてそれじゃまるでジローさんがわたしのことをおぉぉぉおってごめんなさい隊長⁉  なんでも……なんでもありません! ちょっとした気の迷いなので殺さないでくださいいぃぃぃいっ!」


 セラに殺し屋みたいな目でにらまれていることに気づいたティアは、ペコペコ頭を下げて謝った。 


「ま、とにかくよかったじゃない」 


 パンパンと手を叩き、混乱を鎮めたのはドロテアだ。


 そうそう、こいつはセラのおかげで病気が治癒した結果、一気に活動的になった。

 まだまだリハビリ段階だし、そもそもの体力がないので無理はできないが、しょっちゅう西棟から出てきてはセラたちと一緒になって遊んでいる。


「てことで今日はパーティーねっ。ティアの所属替えを祝って、パアーッといきましょうっ」


 両手を広げて「パアーッと」を表現するドロテアだが……。


「……パーティーだあ? そりゃまあ祝ってやりたい気持ちはあるが、さすがに今日の今日ではなんの用意もしてないぞ?」

「ふっふーん、そんなことはわかってるわよ~だっ♪」


 ドロテアは、ビシイッとばかりに俺を指差した。


「だからわたしは兄さんにお願いしたのっ! お小遣いちょうだいって! そんでもって料理番ズの皆を課外活動の名目で外出させてって!」

「……おまえ、金と権力を使うのに一切の躊躇がないのな」


 マシューは元とはいえ貴族様の跡取りだった男だ。

 当然神学院へは多額の献金をしており、やろうと思えばかなりの無茶が効く。

 だけどなあ~もっとこう……遠慮ってもんがあっても……。


「もちろん行き先はカルナックの街中よ? わたし、前回ひとりだけ行けなかったのホントのホントのホンっっっトに悔しかったんだから! あまりの悔しさで夢にまで見たんだから!」

 

 ドロテアは、やはり躊躇が無い。


 そういや、カルナックタイムズの紙面に『湖畔亭大繁盛の仕掛け人』として俺たちのイラストが載ったのを見せたらうらやま死しそうになっていたっけな。


「悔しいつっても、おまえって別に学生じゃないし」

「いいのよそんな細かいことは! とにかく街へ! 街へ行きましょう! そんでもって、いまやカルナックの有名人になった皆と行動して、わたしも一緒にチヤホヤされるの!」

「なかなかあざといことを考えるねえ……」


 思わずため息をつく俺だが、まあその計画自体は悪くない。

 前回は『湖畔亭』の営業活動がメインだったし、忙しすぎて祭りを楽しむこともできなかった。

 俺はともかく子供たちにとっては残念な部分もあったに違いない。


「あー……だけど夕飯の準備もあるしな。ある程度のとこまでは作業を進めておかないと……」


 最近は各班の子供たちもそこそこ料理ができるようになっているが、一切何もないところからというのはまだ無理だ。

 開放祭の時はあらかじめ仕込みをしておいた上で事細かに書いた指示書を残していたからなんとかなったが、今日はさすがに予想していなかったので……。


「んーじゃあ、俺はあとから合流するわ。おまえらだけ先に行って楽しんでろ」

「ええー! ジローは来ないのーっ⁉」

「行くよ行く。最低限の指示書だけ書いて合流するって話だよ」

「じゃあセラも手伝うー」


 ぶうぶうぶうたれ、俺がいないことに不満そうなセラ。


「ティアのお祝いの席におまえがいないのはダメだろさすがに。隊長なんだろ?」

「ううー……」


 セラ商隊の話を持ち出すのは反則かもしれないが、現状これが、セラにいうことを聞かせるもっともいい手段ではある。


「そんなに遅れるつもりはないよ。ちょっとの間だから、な?」

「ううー……」


 それでもセラは「うーうー」いっていたが、ティアのためというのが効いたのだろう、最終的には折れてくれた。


「じゃあジロー、セラたちは先に行くけど、すぐ来てね?」


 名残り惜しそうに何度も振り返りながら、課外活動という名のカルナック観光&ティアおめでとうパーティへと出かけて行った。

 その時点ではまだ、俺は想像もしていなかった。

 この後セラに、俺たちに降りかかる未曽有の危難を。

 それらが導き出す、思ってもみない結末を。

 まったく、想像もしていなかったんだ……。

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