「決闘の始まりと、ジローの疑問」
翌午後。
食堂のテーブルの配置を変え、即席の試合場が設けられた。
壁際の観客席からシスターたちが見つめる中、中央の審査員席に座っているのはハインケスとカーラさんのふたりだが……。
「まったく、なんだってオレが毒味役なんぞ……。こんなの他のシスターにやらせりゃいいんじゃないのか?」
ハインケスはだらりとテーブルにうつ伏せて、まるでやる気が無さそうだ。
「まあまあ、修道院長。それに毒味役じゃないですよ。ジローの腕のたしかさは修道院長だってご承知のことでしょう。彼が来てからシスターたちの食欲が増進し、健康状態が良くなったのは間違いのない事実で……。しかもエマさんに至っては、かのレーブ公爵家の料理長ですよ? 最近王都で流行っている料理人同士での決闘でも負け無しだとか。ねえ、楽しみじゃありませんこと?」
美味しいものを食べることが大好きなカーラさんは、胸の前で手を合わせてウキウキしている。
「興味が無いとは言いませんがね。でも考えてみてくださいよ。この催し事の結果、得するのは誰ですか? エマ女史だったらフレデリカが喜び、ちょうどよく凹んでいたのがまたぞろ増長する。ジローが勝ったって、せいぜい喜ぶのはセラぐらいのもんでしょう?」
「勝ち負けに関してはまあ、そうですけど………」
やる気に明らかに差のあるふたりが審査を行うのは、それはそれでバランスがとれているというべきか否か。
その頃厨房では。
「ああぁ~……なんでセラはシンサインになれないのぉぉ~……?」
修道服の上に白いエプロンを身に着けたセラが、俺の腰につかまりながらいやいやをしている。
「そりゃおまえが審査員になったら審査に手心加えるだろ。おまえでなく他のどのシスターがやっても公平にはならないからあのふたりが選ばれたんだ」
「ううぅー……セラも食べたいようぅ~……」
「それが本音かっつうか離れろっ。仕事の邪魔だっ」
「ああううううぅ~……」
「ああもうっ、わかったよっ。あとで食わせてやるからっ」
するとセラは、ぱっと表情を明るくした。
「ホント? ホントに食べさせてくれるのっ?」
「ホントだっての。だから離れて仕事しろっ。ほら、とっととボウルに水汲んで来いっ」
重ねて約束すると、セラは小躍りするようにして喜んだ。
「やだやだ、食い意地の張った奴」
入り口から声がすると思えば、フレデリカとその一味だった。
口元ににやにやと薄笑いを浮かべて、俺たちを冷やかしに来たのだろう。
「むむ、敗北者が来たっ」
「だ、誰が敗北者よっ」
フレデリカが拳を振り上げると、セラは「きゃーっ」と悲鳴を上げながら俺の後ろに隠れた。
「……フン、まあいいわ。どうせ決闘の行方は見えてるんだから。もう少ししたら、あなたたちが敗北者と呼ばれるようになるのは確定してるんだから」
フレデリカは謎のドヤ顔をすると、エマさんに手を振った。
「じゃあそういうことだから。エマ、絶対に手を抜くんじゃないわよ? いつも通りの最高のお菓子を作って、こいつらを叩きのめしてちょうだい」
「わかりました、お嬢様」
フレデリカ一味が去るのを待って、エマさんは作業に戻った。
今回のお題の「お菓子1品」。
その作業に取り掛かるようだが……。
「そういえばエマさん、聞きたいことがあったんですが」
「……なんでしょう?」
決闘中に何を言い出すのかと、いぶかしげな顔になるエマさん。
「今回、どうしてお題をお菓子にしたんですか? あと、遡って昨日の発言」
──理由は単純です。ひとつには、この厨房を使わせてもらうこと。もうひとつには、それに付随する事項として……。
「俺が決闘を受諾する前から、あなたはこの厨房を使うことを決めていたようだった。それと関係していることなんですか?」
どうしてエマさんでなければならなかったのかという疑問もある。
屋敷の者なら、他にもいるだろうに。
「……」
俺の質問に、エマさんは一瞬考え込むような表情をした。
正直、無視を決め込まれてもしかたがないのだが……しかしエマさんは答えてくれた。
淡々とした口調で、まっすぐに。