「開放祭の始まり」
暑かった夏が過ぎ、秋の初めの頃だ。
麦が重たげに頭を垂れ、畑や果樹園には様々な実が生っている。
家畜や家禽たちも肥え太りセラの食欲もとどまるところを知らない、そんな時期――俺たち料理番ズは、揃ってグランドシスターに呼び出された。
聖職者にしては酒好きで食いしん坊なおばあちゃんが例によってあれを食べたいこれを食べたいと無茶な注文でもつけてくるのかと思え身構えたが、そうではなかった。
「ジローさん、皆さん。明日から始まる『開放祭』をあなたたち皆で見て来ていただけませんか?」
俺たちの顔ぶれを見渡すと、グランドシスターはこう告げたのだ。
「『開放祭』……ですか?」
聞いたことも無い響きに首を傾げる俺に、グランドシスターが説明してくれた。
「異世界のご出身であるあなたはご存知ないでしょうが、二百年前に王国の英雄、女騎士ヘルミナがこの地を切り開いた偉業を祝って行われるものです。ここは何せ王国一の避暑地カルナックだから、毎年この時期には王国中の貴族や富裕層が集まってくるの。すると必然、演し物や提供される酒食のレベルも上がるのです。それらを体験するのはあなたたちのためにもなると思って……」
「……ああ、なるほど」
お偉いさん特有の持って回ったような言い方でピンときた。
神学院ではもうじき『収穫感謝祭』が行われる。
元いた世界のサンクスギビングデイみたいなもので、その年の収穫を祝って行われるものだ。
こちらの世界においても根っこは同じで、近隣の住民はもちろん王国中の貴族や富裕層も訪れる。
開催時期や客層が近いこともあって、ふたつの祭りは当然比較される関係だと。
つまりは負けてらんねえから、おまえら料理番ズは勉強して結果を出せよと言いたいわけだ。
「『収穫感謝祭』の方が出来が上だと、皆に見せつけてやれってことですね? そのための市場調査をして来いと」
「まあ、話が早くて助かるわ」
俺の超速理解が嬉しかったのだろう。
グランドシスターは胸の前でぱむと両手を合わせると、少女のように微笑んだ。
「実際、難しいところではあるのよ。私たちも開放祭の運営部とは昵懇の仲だから……でも、ねえ? だからといって、負けるわけにはいかないでしょう?」
年老いた少女はしかし、キラリと目を光らせて俺を見た。
みなまで言わせるんじゃねえぞと、やるからには勝つしかねえだろうがと、言外に示して見せた。
そう言われれば俺とて、退けるわけがない。
むしろそういう催しものには燃える性質で、元いた世界の料理学校対抗のコンテストでもずいぶん張り切り、三日も徹夜して挑んだものだ。
結果としては見事優勝――こっちの世界でだって負けるわけにはいかねえわな。
「お任せください。『開放祭』をぶっちぎって見せますよ」
俺はドンと胸を叩いて請け負った。
◇ ◇ ◇
翌休日、俺たちはさっそく『開放祭』へと繰り出した。
普段着などという御大層なものは持ち合わせていないので、それぞれ修道服のままだ。
街中で修道服はさすがに目立つのではと思ったが、存外そうでもなかった。
「ふうん……皆けっこう来てるんだな」
三日間にわたって行われる『開放祭』は子供たちにとっても楽しみなイベントらしく、修道服姿のグループを幾つも見かける。
神学院という閉鎖的な環境の中で普段は抑え込まれている遊びたい願望をここぞとばかりに発散しているらしく、露店を覗いては軽食を食ったり買い物をしたりして笑顔の花を咲かせている。
「ジロー! あれあれ! あのお店が見たい!」
遊びたい願望といえば、うちのメンバーではこいつが一番の急先鋒だろう。
やたらと元気のいいセラが、俺の肘を掴むなりぐいぐいと引っ張ってくる。
十一歳の少女とは思えない凄まじい勢いだ。
「うおおお、あのソーセージ美味そう! あっちはマフィンだ!? ねえねえジロー! どれもこれも美味しそうだけどどれから食べるー!?」
「まあ落ち着け。まずは順番に見て行こう。……というかおまえ、まさか全部食う気でいるんじゃないだろうな?」
「ああー!? そういえばザントの皆にお土産頼まれてたんだっけ!? どうしよどうしよ、フレデリカにはこの猫のぬいぐるみでいいかなあー!?」
「それはたしかに大事だが、本来の目的を見失うな」
全力全開になったセラを止めるのに苦労していると、うっかりオスカーに体が当たってしまった。
俺の二の腕がオスカーの胸付近に当たるという可愛い事故だが……。
「お、悪い」
「ひゃあああっ!?」
オスカーは弾けるような悲鳴を上げた。
胸を両手で抑え顔を真っ赤にするというおまけつきで、いかにも俺が悪者みたい。
というかオスカーが女みたい……ってまあ、それ自体は合っているのだが。
「ちょ、おまえおおげさすぎるだろ。つか普段通りにしろよ。みんなに変に思われるだろっ?(小声)」
「ボ、ボクだって好きでしてるわけじゃないっ。思わず出てしまったんだ、生理的なものだっ(小声)」
互いに小声で牽制し合う。
幸いにもセラの興味が豚の丸焼きに移っていたので事なきを得たが、そうでなかったら危なかった。
「くそっ、なんだってボクはこんなにドキドキしてるんだ? どういう心境の表れだ?」
オスカーはなおもぶつぶつと、何事かをつぶやいている。
んー……よくはわからんが、生理的な問題というなら単純に男である俺に触れられたのが嫌だったってことだろう。おっさんがJKに嫌われる感じのあれだ。
さすがに面と向かって言われると傷つくが……まあ別に、オスカーに男として好かれたいわけでもないしな。
「ったく、そろそろ慣れてくれよ。こっちだって頑張ってるんだからよ……ん?」
ぶちぶちと文句を言いつつ振り返ると、ティアがぼうっと立ち尽くしていることに気がついた。
顔をうつむけ、心ここにあらずといった様子だ。
「ティア、どうした?」
「え? え? わたし……ですかっ?」
いつもなら「隊長! 落ち着いて!」とか言いつつセラを止めてくれるティアだが、今日は終始ぼーっとしている。
「ああ、なんだか心ここにあらずって感じだが……」
「そ、そんなことないですよーっ? わたしはいつものわたしですっ。ほら、こうしてこうですっ。えへへへへっ」
腕を曲げ、出ない力こぶを見せようとしてくるが……。
「いやいや、普段のおまえは元気であってもそんなことしないじゃねえか」
「えええーっ? そそそそうですかねえーっ? あっれえー、おっかしいなあーっ?」
とにかく自分を元気に見せようとする。平常運転を装う。
そんなティアの空回りはひどく、ちょっと見ていられないほどだ。
んー……そういやこいつ、今日だけでなく最近元気ないんだよな。
何かに悩んでるみたいにうつむいたり、ぼうっと宙を見てることが多いんだ。
セラの『癒しの奇跡』の秘密を明かした辺りからの変化だから、こいつなりに色々考えることはあるんだろう。
ここは一度、年長者として話を聞いてやるべきなのかな。
「はあ~……しっかし。ティアといいオスカーといい。子供の世話ってのは難しいもんだなあ~……」
子守りに疲れた俺が、ハアとため息をついていると……。
「おうおう、おまえらわかってんのかっ? オレたちは祭りに遊びに来たわけじゃねえんだぞっ?」
皆に厳しく発破をかけたのは、意外なことにマックスだった。
かつて街の不良だった少年は、重ねて言った。
「オレたちが見るべきは食い物だろう。人気の屋台や店のメニューを見て、評判の理由を聞いて。庶民はもちろんお偉いさんもバンバン金を落としたくなるようなものを作るんだろう。にもかかわらず何やってんだ。関係ないもの見て、わちゃわちゃ騒いで。ちょっと浮かれすぎなんじゃねえのか?」
「おおー……」
みんなの心情を見抜いた素晴らしい発破に、俺は思わず拍手をした。
「すごいな、マックス。まさしくその通りだ。でもどうしたんだ? 急に?」
「べ、別にオレは普通のことを言ったまでだよ。料理番としては当たり前の発想だろ?」
すると、ようやく動揺から立ち直ったのだろうオスカーが。
「そいつはこの前のおまえの言葉に感動したらしいぞ? 最低のゴミ人間だった自分を信じてくれたのが嬉しかったらしい。だから今日はことさら張り切っていると。ふん、単純なことだ」
「バ……バカおまえ! そういうことを言うんじゃねえよ!」
自分の内心を見透かされたマックスは、一瞬で耳まで赤くなった。
顔の周りの空気をかき回すように手を振ると……。
「オレはただ! オレたち料理番の評価を高めたいと思ってだな! 普通に飯を作るだけじゃなく、神学院の名声を高める役にも立ってるんだってことを証明したいと思ってだな!」
「うおおお、すごいな。マジで偉いわおまえ。偉いぞマックス~」
「や、やめろジロー! その頭をわしゃわしゃすんのを今すぐやめろっ! オレはガキじゃねえんだからなっ!」
どこまでもツンデレなマックスを、俺はひたすら褒め続けた。
自分の言葉がもたらした子供の成長にじぃんときて、ひたすらわしゃわしゃ。
そんな風にして、俺たちの開放祭の市場調査は始まった――
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