「ティアは頭を抱えた」
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~~~ティア視点~~~
その日は朝から大変だった。
前日倒れたセラが驚異の復活を遂げ、ご飯を食べるなりドロテアと騒ぎ始めて。
かと思ったら、ジローの口から衝撃の真実が明かされた。
曰く、セラは『癒しの奇跡』の所持者であること。
曰く、いずれは聖女の選定会議に選出されるかもしれないが、今はまだ小さく体が弱いので、他には秘密にして欲しいこと。
打ち明けられたのはマシュー、ドロテア、ティアにオスカー、マックスの五人。
マシュー兄妹はすでに知っていたらしいが、料理番ズの面々にとっては寝耳に水だ。
「…………どうしてボクらに教えたんだ?」
呆然とした口調でオスカー。
よほど驚いているのだろう、口をぽかんと開けている。
「そうだよ。他はともかく、オレなんかが聞いてもいいのか? そのこと外部の人間に言っちゃうかもしんねえぞ?」
それはマックスも同じ気持ちだったらしく、慌ててジローに問いかけている。
「セラと話し合って決めたことだ」
落ち着いた口調で、ジローは言う。
オスカー、マックス、ティアの順に、瞳を覗き込むように。
「これまでの神学院での暮らしの中で、一緒に料理をしてきた中で、信用できると思ったんだ。おまえらなら大丈夫だって。セラと、俺が思ったんだ」
ジローの腰にしがみついたセラが、うんと大きくうなずく。
その瞳には、一切の迷いがない。
キラキラと光り、戸惑う皆の顔を映している。
「ボクが……信用できる人間だって?」
やはりぽかんとした口調でオスカー。
「オレが……こんなオレが……?」
一方マックスは、顔を真っ赤にしている。
身を震わせているのは、これほどまでに重大な事実を打ち明けるぐらいに信用されているのが嬉しかった証だろう。
(あ、そうか。この人は――)
ティアにはぴんときた。
マックスのがさつさは好きではないが、今までしてきた苦労や味わった挫折の辛さ苦さは想像できる。
彼は口減らしのために家を出された。
入れられた修道院でも上手くいかず、街の不良とつるんだことで破門されそうになった。
神学院に来たら来たでジローと激突し、今でこそ結果として料理番として働いてはいるが、そこまで信用されているとは思っていなかったはずだ。
いつかまたダメになるんじゃないかと、不安だったはずだ。
それが今、認められた。
紛れもない本人の口から、そう告げられたのだ。
「オレなんかが……?」
「ああ、そうだ」
「時々サボったりしてても?」
「おまえはまだまだガキだからな。そりゃあ嫌になったり、疲れる時もあるだろうさ」
「砂糖とかつまみ食いしてても?」
「そいつは大いに反省だが……まあ、それでも」
ジローはふっと、小さく口元を緩ませた。
「おまえはなかなか、いい男になってきてるよ」
瞬間、マックスの目元にぶわりと涙が膨れた。
それは瞬時に決壊し、ぼたぼたと大量にこぼれ落ちた。
「おいおいなんだよマックス。泣いてんのかよ」
「……泣いてねえよ!」
「いやいや、思い切り泣いてるじゃねえか」
「泣いてねえったらバカ! こんな状況で煽るなバカ!」
ぐしぐしを目元を拭うと、マックスは逃げるように部屋を後にした。
バタンと扉を閉じ、バタバタとどこかへ去り――そしてたぶん、ひとりで泣くのだろう。
「……ジロー、大人げない」
「う……」
マックスの気持ちをわかっていながら煽るように言ったのは、たしかに大人げないことだ。
ジローはセラのツッコミに怯み、うっと唸っている。
「ボクを……信用してるだって……?」
オスカーは自らの肘を掴み、下を向いている。
その表情は冴えず、何かに悩んでいるようだ。
(……オスカーさん、どうしたんだろう?)
オスカーという人間のことを、ティアはよく知らない。
女の子みたいに顔の良い男の子で、顔つきなんかきりっと凛々しくて。
勉強も出来て運動神経抜群で、包丁扱いなんかジローが感心するほどに上手で。
ジローにほのかな好意を抱いているティアからすると、大いにうらやむべき存在だった。
だが、どこか影のある存在だとも思ってた。
(調子悪そうだけど……何か嫌なことでも思い出したのかな?)
歳上だし、ティアには及びもつかない悩みがあるのだろう。
あるいは今後、セラに降りかかるかもしれない危険について思いを巡らせているのかもしれない。
(まあいっか、考えてもわかんないことはわかんないし。今はともかく隊長のことだ)
秘密を打ち明けたせいだろう、セラはすっきりした顔をしている。
隠し事という重荷がとれたせいだろう、実に身軽そうだ。
とはいえ、その内容が内容だ。
(『癒しの奇跡』か。すごいよねえ、どんな怪我も病気も治せる神様のギフト。でも、それだけに怖いよねえ……)
将来どんなに医学が発達してもたどり着けない領域にいる彼女のことを、この先多くの者が求めるだろう。
神職者、王室関係者、富豪に軍人。
もしかしたら他国との外交関係で利用されるという未来もあり得るかもしれない。
そして当然、国の闇に潜む組織にも。
下手をすると誘拐され、監禁されてしまうかもしれない。
鎖に繋がれ、日々患者を癒すためだけの人形にされてしまうかもしれない。
にもかかわらず、彼女は自分たちに秘密を明かす道を選んだ。
(怖いのに……ねえ)
ふっと目を上げると、セラと目が合った。
するとセラは、にぱっと陽気に満ちた笑み浮かべて寄こした。
(どうしてそんなに綺麗に笑えるんだろう……)
ティアはぎゅっと、痛む胸を抑えた。
ズキン、ズキン。
天使のように愛らしい笑みを見るのが、今日は痛いと感じる。
(わたしには、言えない――)
ドキドキと動悸が激しい。
くらりと目眩がする。
(誰にも――このことだけは)
ティアは頭を抱えた。
コイフとベール、その下にあるふわふわの白髪。
その下に隠されている、二本の突起に触れた。
長い間彼女を悩ませてきた、彼女を他の人間と隔てる証を、そっと――
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そしてティアはまさかの……!?
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