「宗教的に正しい料理」
「そこをどけガキども! わたしの邪魔をするな!」
決闘の行く末を見たいがために食堂からはみ出し厨房に入り込んでいた子供たちを邪険そうに追い払ったマシューは、さっそくとばかりに調理台の前に立った。
中央のテーブルから素早く食材をかき集め、自らの調理台に運んで手早く調理を行う。
最初の料理はスープだ。
レンズ豆にエンドウ豆、ネギにニンジン、白カブをヤギのミルクとバターで煮込み、塩で味を整えたもの。
主菜は魚料理だ。
スズキの身をフォークでバラバラにほぐしてフライパンで生米と共に炒める。
味付けは岩塩と白ワインベースの魚介ソース。
以上二品にグリーンサラダを添えると、いかにもなドヤ顔を浮かべて見せた。
胡椒などの貴重な食材を使わず、
『これこそが聖ナントカチウス流であり、聖書に則った由緒正しいメニューだぞ』
とばかりに、鼻息荒く。
「ああ~そうだったな。おまえらはそういう考え方をする人種だった」
俺はこめかみに手を当て、ため息をついた。
今日の決闘に備えて来たのだろう、マシューの料理の腕は悪くない。
古来のレシピだろうが手順は守ってるし、最低限の味は保証出来る。
育ち盛りの子供たちがこれで満足するのかというボリューム問題はさておき、宗教的にもそいつは正しい。
ルキウス教は、俺が元いた世界の某宗教に似ている。
聖書があり、それに付随する旧約新約などがあったりする。
『禁忌とされる食べ物』はないが『推奨される食べ物』があり、それらを料理に使い口にすることが良しとされる。
曰く、ウロコのある魚、蜂蜜にイチジク、小麦大麦、干しブドウとリンゴ、豆にネギ、バターにヤギのミルクetc……。
育てやすいものを食べさせ、滋養のあるものを食べさせ、貧しさに対する不満を抑制する。
欲望を慎むため、時に断食を行い神とこの世の理に目を向けさせる。
原始時代から続く大衆のコントロール法。
時代柄、時節柄のものだろうその発想は理解できるし、意外にもおおむね正しい。
正しいのだが、料理学や栄養学の観点からするとまだまだ稚拙。
分子ガストロノミーの観点からするなら、さながら目を瞑ってバットを振り回すようなもの。
――料理に関する研究が他の学問に比べて遅れたのは、9割が迷信や宗教のせいだ。
俺の師匠のドニはそんな風に言っていたが、これに関しちゃ俺も同意見だ。
料理の美味さやレシピは積み上げていくものだが、人が行う以上どうしてもそこに私見が混じる。
「なあマシュー。肉を焼く時に表面を強く焼いて肉汁を閉じ込めると良いって話、聞いたことあるか?」
「は? なんだ急に。そんなの当たり前だろう」
怪訝な顔をしつつ振り返るマシューに、俺は言った。
「いや、実は迷信なんだそれ」
「…………は?」
100話到達!
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