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神様の父になりまして。  作者: 海鳴ねこ
プロローグ
7/19

06 バロンの魔法 前編


 その島は《死溢れる国》と呼ばれていた。

 島の周りを黒々とした霧がいつも包み込み。近付こうとするものなら海に引きずり込まれる。


 大地は、草木は枯れ果て土は腐り異臭を放ち、毒の沼が一面に広がり毒の霧が島中を覆い、生きとし生けるものは存在しない。


 ただ、存在しているのは恐ろしい魔王のみ。

 魔王は人とはかけ離れた容姿を持ち"神"にしか使えないと言われる力を使う…。


 ◇


 真夜中。満月が輝く。


 死溢れる国。

 そう他国から恐れられる島がある。

 島の周りには言い伝え通り黒い霧が島全体を覆い、外からは島の様子は1つとして見えない。


 そんな島に、近づく大きな船が1つ存在した。


 それは、鉄で作られ戦艦とも呼べるだろう。乗船している者達は皆、金の鎧を身に纏い、船にはためくは、金地に赤で盾と剣の刺繍が施された旗。

 それは、戦溢れる国(ギアファス帝国)と呼ばれる国の国旗だ。

 異世界の大陸にある国のひとつであり。どの国よりも、戦に優れているといわれる。戦争帝国。大昔、"バロン"に負けたのにも懲りずに嫌がらせに歪な言い伝えを言いふらし、今でも島に攻め込もうと企む国であった。


 ――そこへ、大きな羽音がひとつ。


 静かに甲板に舞い降りた。

 背に大きな翼。

 月に照らされプラチナブロンドの髪は淡く輝き、男も見惚れる美しい容姿。


 普通であるなら、その青年はまさに神の使いとされる"天使"に見えたであろう。

 自分たちを導くために舞い降りた、美しい天使に…

 その大きな翼が夜を思わせる漆黒で、アイスブルーの瞳が冷たい色を帯びていなければ……


 「た、隊長!ヴァロンの悪魔です!」

 兵の1人が指差す。


 「くそっ!さっそくか!全軍戦闘用意!」

 報告を受け、派手鎧の中でも一層派手な金のよろいを纏った男が声を荒らげる。その声を合図に、甲板には兵士達が船から次々と出てきた。

 手には鉄砲、槍、剣。あらゆる武器を手に、ぐるりと青年を囲んだ。


 ――まるで虫のようだ


 その姿に悪魔と呼ばれた、アズエルは小馬鹿にしたように笑った。

 無駄にキラキラ光る馬鹿みたいに派手な鎧。馬鹿の一つ覚えのように撃ちまくる、そのくせ鉄砲はかすりもせず、槍や剣を持つ兵士たちは怯えて、近づこうともしない。

 全く間抜けそのものである。


 こんな連中、いちいち相手をするのも面倒でしかない。

 アズエルは口を開いた。


 『‴誠に申し訳ありませんが、お引き取り願いますか?‴』


 アズエルからすれば、そんな事を言ったつもりだ。

 彼らには理解する暇もなかったであろうが。

 なにせ、鎧を纏った彼らは、その‴声‴を聴くだけで簡単に死に絶えるのだから。その中にはバカの一つ覚えのように突撃命令を下した男の姿もあった。


 死体が転がる船内で、アズエルがあたりを見渡すとまだ、船の影から震える人影を見る。向かってくる訳でもなく、ただ震えながらこちらを見つめる、その姿に声に出すのも億劫になったのか、アズエルは指を鳴らす。


 刹那、船を照らす月の光が突如として形を得る。

 先を鋭く尖らせたそれは表すなら、剣。無数の光り輝く剣。


 再び細長い指が音を鳴らした時、無数の剣は音もなく閃光を放った。



  ◇



 「こっちよ!」


 死の島と恐れられる海岸で、弦月の下。数人の人影が、こっそりと蠢いていた。彼らが向かうのは島の海岸にある、ひとつの洞窟。青々とした海の洞窟の中、ランプを手に彼らは進む。


 「本当にこの先にあるのかよ…」

 1人の男達が怯える口調で声を漏らした。

 ここは死の島だ。どこからどんな化け物が飛び出てくるかなんて分からない。


 「うるさい!黙りなさい!死の島なんて噂よ!う・わ・さ!現に毒の霧なんて無いじゃないの!」

 そんな男を罵倒しながら女は気にせずぐんぐんと進む。


 どれだけ歩いたか。

 女は足を止め、目を見開いた。


 「見てみなさいよ!これ…!」

 女が興奮したように駆け寄る先には、金銀財宝、宝石の山。

 彼女は躊躇なく黄金の王冠に手を伸ばす。次に指輪とカップ。沢山の宝石の付いたティアラから、ネックレスまで。手あたり次第、手にしていた麻袋の中に財宝を放り込んでいった。

 そんな女の様子に、慌てた様子で周りの男達もそれに続く。


 その中で、一人の男が怯えた様子であたりを見渡していた。先ほどの男だ。

 「で、でもいいのかよ…。こんな…こ、この島の化け物に見つかったら…」

 「良いって言ってるでしょ!このヘタレ!」

 女は心底うんざりしたように再び罵倒する。

 情けない男をにらみつけながらも財宝を詰め込む手はやめない。袋は瞬く間に膨れ上がっていった。袋に入らなくなれば、また別の袋。財宝を押し込みながら女は実にいやらしい笑みを浮かべた。


 「それに、これはいい事なのよ!…私たちが…私たちの国が今まで通り、どこよりも、いつまでも豊かであり続けるために…」

 それはあまりに欲望にまみれた実に人間らしい笑み。周りの男達も同じような笑み。


 ――ふと、女の手が止まった。

 彼女の目に写るのは1つの小さな宝石が付いた金の指輪。

 宝石と言っても、それはまるでガラスで出来た玩具の指輪のようで女は貧相なその指輪を鼻で笑った。


 「…なんで、こんな物…」

 「姉さん!もう持てませんぜ!」

 後ろから声がする。

 周りの男は既に大量の袋を抱えており、女も慌てたように袋を抱え、残る財宝に背を向けた。乱暴に、金の指輪をポケットに押し込んで。

 盗賊たちは去っていく。


 その様子を水の底から恐ろしい容姿をした化け物が見つめていたとも知らずに。大きな鮫の様な尾鰭が水面からチラリと覗いた。


 ◇


 誰一人として動かなくなった船の上。

 その皆が、目から鼻から耳から血を垂れ流し恐ろしい形相で、息絶えていた。中には身体に無数の穴を開けた男達もいる。

 その中にまだ生き残りがいるかは分からない。


 ――もう飽きた。

 アズエルは大きくため息をついた。つまらなさそうに大きく翼で舞い上がる。


 「アズエルサマ」

 そんな彼を呼び止める声が一つ。

 それはとても透き通り美しい。だが、恐ろしい女の声であった。


 アズエルは海面を見下ろせば。そこには化け物が1人。

 10mの巨体に黒の肌、恐ろしい顔、大きな鮫のような尾鰭。この島では人魚(セイレーン)と呼ばれる種族だ。


 「アトハ、ワタシタチガ、モラッテモ?」

 彼女は海の中、船を見上げて問うた。

 アズエルは迷うことなく優しげな笑みを浮かべ、大きく手を動かす。


 ――どうぞ。

 そう、言わんばかりに。


 人魚は彼の合図とともに音を立て海へと潜る。

 刹那、大きな水掻きのある腕かいくつも船へと伸び引きずり込んだ。かすかに悲鳴が1つ、どうやら生き残りがいたらしい。しかし甲板で、必死に手を伸ばす男を助ける者など誰もいない。


 音を立てながら壊れていく敵船をアズエルは、ただ空の上で黙って見つめていた。

 静まり返った海上。残ったのは金の兜が1つ。プカプカ、しばらく浮いてゆっくりと沈んでいく…


 その様子にアズエルは小さく鼻を鳴らした。


 『‴島に上陸しようとする輩が悪いんですよ。そんな鼠、1匹たりとも逃しません‴』

 彼が浮かべた笑みは、背筋が凍るほど美しくも恐ろしいモノであった。


  ◇


 (ヴァロン)、黒曜石の城。

 「ふあっ」とアズエルは大きな欠伸を一つした。


 「お兄様。眠たそうですね。」

 『‴――昨晩、島に侵入をしようとする不届きものがいまして‴』

 「まぁ。大変でしたね。その方々は?」

 『‴……丁重に、お帰り願いましたよ‴』

 それは、ある日の昼下がりの午後。城にある噴水の前で、アズエルとラティエルの兄妹が優雅にお茶会をしていた。アズエルは幾度となく眠たそうに欠伸をし、ラティエルはその様子を微笑ましそうに見つめる。


 そんな、2人の前には白い小さなテーブル。

 上にはケーキスタンドと白のティーカップが2つ。ハムとレタスのサンドイッチにスコーン。1口サイズのパウンドケーキ、選り取りの果物。

 ティーカップからは紅茶(アールグレイ)の良い香り…


 なんとも穏やかで優雅な時間。


 「ほら、見てみなさい。私は頑張ったよ!」

 そんな優雅お茶会を壊すように、悠真が現れたのは2人が同時にティーカップに手を伸ばした時であった。


 白いテーブルに「どんっ」と音を立てて置かれた鉄のオーブン皿。何かと兄妹がのぞき込めば皿の中にはゴロゴロ野菜のグラタンが2つ。

 机の傍で鍋つかみをしたまま、悠真が自信満々に立っていた。


 「まぁ、お父様。お昼からキッチンに立てこもっていたと思えばお昼ご飯を作っていたのですね。とても美味しそうです。」

 グラタンを見てラティエルは素直に褒めてくれた。可愛らしく手を叩く、その姿はやはり愛らしい。悠真の表情がつい緩まる。


 「そうだよ。もっと褒めてくれたって良いんだからね」

 ラティエルの様子に調子に乗ったのか、悠真はえへん。と言わんばかりに胸を張る。自信作なのは間違いない。


 反対にアズエルが思い切り眉をしかめたわけだが。

 アズエルはコホンと咳払いをひとつ。悠真に向けて作り物の満面の笑み。


 『‴父上。誠に申し訳ありませんが、今は午後3時。食事は2時間も前にラティエルと外で済ませました‴』

 最もの意見である。

 悠真は気づいていないのだが、今は昼下がりの午後。もっと正確に言えば、ただいま午後3時20分。おやつの時間と呼ばれる時刻である。つまり昼食の時間は既にとっくに過ぎていた。


 その間、悠真はキッチンに閉じこもり、兄妹が声をかけても応えることも無く、中にすら入れてもらえず。仕方が無いので、2人は街で食事を取ってきたわけだ。

 ちなみに、悠真がキッチンに立てこもったのは午前10時。グラタンを作るのに5時間もかかるとは中々である。

 悠真は大きな1つ目を、さらに大きくする。


 「ええ!嘘だぁ。だって私がキッチンに入ったのは午前中だよ。嘘ついたらダメだよ。アズエル。」

 アズエルは嘘をついていない。


 『‴嘘なものですか。父上がキッチンを占領なさった挙句、中には入れてくれませんでしたので、昼食もこの食べ物も全て、外で揃えたものです‴』

 そのアズエルの容赦のない言葉に悠真は「うぐ」と言葉を噤む。助けを求めるようにラティエルを見た。


 「お父様……お父様に誓ってお兄様のおっしゃることは本当です」

 「ええ!――何その言い回し……」

 ただし天の助けは与えられなかった。

 つまりの所、悠真の努力は無駄に終わったわけだ。悠真が、ガクリと肩を落とすのは数秒後。


 ――せっかく上手くできたのに

 5時間もかけて作ったのだ、そう思ってしまうのは当然のことだろう。


 「お、お父様。ボク、お昼はケーキだけだったんです。お腹ペコペコで、もう…なんて素晴らしいタイミングでしょうか!」

 どうやら天は見放さなかったようだ。

 落ち込む悠真があまりに不憫だったのか、ラティエルが声を上げたのだ。妹のまさかの発言に隣でアズエルは「え?」と声を漏らしていたが。ラティエルは気にする様子もなくフォークを手に取ると"グラタン"を前にする。


 「ラティエルはいい子だね」

 悠真は嬉しそうに目を細めた。


 ――しめしめ、残るは一人…

 悠真は寂しげな表情を浮かべ、アズエルをちらり。


 「………アズエルはやっぱり要らないかい?」

 『!?』

 アズエルからすれば、卑怯の一言である。愛する父が自分たちのために作り、愛する妹が迷うことなく食べることを決めたのだ。息子として、兄として、選択肢が無い。

 アズエルは憎々しそうに、フォークを手に取った。


 2人は、恐る恐るとゆっくりとフォークでグラタンを掬う。

 とろけた山羊のチーズがホワイトソースと共に絡まり糸を引き、食欲引き立つコンソメの香り。ソースの下にはスライスオニオンに、香ばしく焼けた猪のベーコン。

 そして、その下にはバターで炒められ程よく焦げ目がついた、麦飯がキラキラと輝いていた。


 『‴なんです。これ‴』

 「?大麦…ですか?」


 2人からすれば、初めてみる食べ物である。

 「麦だよ。ご飯が無かったからね。昔の人の知恵を借りて代用してみました。『麦飯のホワイトドリア』です!」


 えっへん。と再び胸をはる悠真。

 ふたりの声が「ドリア?」とはもる。顔を見合わせ、麦飯をソースに絡めて、1口頬張った。

 顔を輝かせた2人を見れば、細かい感想は説明はいらないだろう。


 「美味しいです!お父様!」

 『‴不思議な食感です。麦とはパン以外にも活用できるんですね‴』

 「そうだろ?何度も失敗したんだから。当然だよ」

 美味しそうに食べ進める2人に、悠真は再び胸を張った。焦げた野菜炒めからすれば大きな前身である。


 『‴1ヶ月も経てば変わるものですね。あの時は酷かった……‴』

 「こないだのトロトロチーズオムレツも、とても美味しかったです!」

 「はは。今度はオムライスも作ってあげよう!!」

 若干、アズエルには貶されているのだが、気にする様子もなく悠真は美味しそうにドリアを頬張る2人を、和やかに見つめているのであった。



 『‴あ。そう言えば父上‴』

 「ん?何だいアズエル。」

 思い出したようにアズエルが口にしたのは丁度、彼がドリアを半分食べ終えた時だ。ナプキンで軽く口を拭いてから、アズエルは悠真に笑みを向ける。


 『準備、出来ましたよ。』

 「?何の話だい?」

 アズエルは準備が出来たと言う、しかし悠真にはその言葉の意味が分からない。


 ――何かアズエルに頼み事をしていただろうか。

 その様子にアズエルは小さくため息を付いた。


 『‴父上が魔法を使う準備です‴』

 暫くの間。

 悠真は「ああ」と思い出したように呟いた。1ヶ月程前、確かにそんな事を頼んだな、と


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