第七ゲーム・武器を購入しましょう
「ほぉ…?それはまことか?」
「はい、宿屋のオーナーが見たと、密告して来ました。やりましたね」
その言葉に何か引っかかる。何故だろう?今まで探していた人物が見つかったと云うのに。不思議なものだ。前方では報告し終わったからと既に下がり、誰もいなくなっていた。いや、背後の暗闇に沈み込んだもう一人。そいつがなにか言う前に立ち上がり、扉に手をかけた。暗闇の中、埋もれるように沈み込んでいるもう一人も慌てて追いかけて来る。こいつは、右腕だ。右腕だからこそ、遅れを取りたくないのだろう。それはよくわかっている。クスリと笑みが零れるとそいつは不機嫌そうに頬を膨らませた。怖くない。クスリと再び笑って、扉を開けた。暗かった部屋に眩いばかりの光が差し込んだ。
…*…
「マスター、武器買いに行こっ!」
「へ?」
と云うことで翌朝、湊はツキカゲに連れられて市場に繰り出していた。アクセサリーが気になって立ち止まってしまった湊の手を無理矢理引いて、ツキカゲは昨日あらかじめ目をつけていた店へと人混みを掻き分け、ドンドン進んで行く。
「つ、ツキカゲ」
「一応ね」
湊が何を言いたかったのかわかったのか、ツキカゲはニッコリと笑い、彼女を振り返った。朝の一番混んでいるであろう時間帯に辿り着いたのは、武器を売っている店だ。店の中、外、至るところに剥き出しの刃物や鞘、重そうな武器がところ狭しと並んでいる。途中から並べるのがめんどくさくなったのか、鞘に納められた武器が山積みになっている。そんな店内へツキカゲは遠慮することなく入って行く。湊は少し怖じ気ついているようでゆっくりとした足取りで入店する。ツキカゲはカウンターにいるこの店のオーナーを見つけると声をかける。オーナーは人当たりのよさそうな、武器屋にはあまり似合わなそうな爽やかな笑みで対応する。
「すみません」
「はいよーいらっしゃい。何をお求めかな?」
「彼女に護身用でもいいから武器をと思って」
ツキカゲが手で店内を物色して回る湊を指し示す。早朝なためか、武器屋には湊達二人しかいない。湊は棚の上に置いてあった短剣を興味深そうに眺めていた。柄に嵌め込まれた宝石がなんとも美しい。湊はそっとその短剣に指先で触れた。美しい彫刻が刻まれた鞘から柄へと指先を滑らせる。と、宝石に指先が触れたか触れないかのところで指先に痛みが走った。まるで軽く感電したかのような鈍い痛み。思わず指を引っ込めた湊は訝しげに自分の手と短剣を見る。さっきのは一体?不思議そうに首を傾げる湊を見て、オーナーはうん、と声をあげ、頷いた。
「うん。お嬢さん、ご希望は?」
「マスター、装備できる武器、分かる?」
ほぼ同時に聞かれた湊はえっ、と驚いたようだったが、空を見上げて考え始めた。今の自分は〈乱殲ノ闘魂〉のプレイヤーではなく、別のゲームのアバターだ。そこでのこのアバター設定で、装備できる武器は……確か。
「近接攻撃できる武器全部」
「近接攻撃できる、ねぇ…女の子だから重いものは除外しよう。それで良いかい?」
湊のアバターはそんな設定だった。アバターを作った当初はプレイ中に獲得できるという武器を楽しみにしてそういう設定にしたのに、最初は装備できない武器しか来なくてスマホをベッドに叩きつけた事がある。近接っつってんのに銃器とかしかこない。怒っても良いと思う。オーナーはその問いを湊にしていると見せかけてツキカゲに訊いていた。何故だ、と湊は残念そうだったが彼も彼で当たり前のように答えているので諦めた。
「うん、それで良いよ。護身用だから…」
「あくまで実戦はしない、と。まぁ一応実戦でも使える武器にしておこう。備えあれば憂いなし、というからな」
「うん、お願いします」
ツキカゲが軽く頭を下げる傍ら、湊は再び店内の武器を物色し始める。次に彼女の目に止まったのは柄の部分に細かい彫刻が施されたダガーと鞘がない短刀である。と、そこで湊はツキカゲを振り返った。
「ツキカゲ。ツキカゲの武器って『黄金の剣』だよね?」
「うん、そうだよ。普段は仕舞ってあるけど…マスターが言うなら出そうか?」
カウンターにいたツキカゲはオーナーを流し目で追いながらそう言った。『黄金の剣』とは、ツキカゲが使う武器で固有スキルによって呼び出す刀である。普段から装備することも可能だが、ツキカゲは敢えて外していた。湊は大丈夫だと手を振ると物色を再開する。先程まで見ていた二つの刃を触りたそうにしていたが、またさっきみたいな事が起きそうで湊は警戒していた。とオーナーが武器を持ち出して来たらしく、ツキカゲと共にこちらにやって来た。彼女の興味はそちらへ注がれた。
「お嬢さん、これはいかがかな?」
オーナーが湊に短剣を差し出す。柄の部分には美しい花の模様が控え目に彫られ、また鍔は刃物の方へ少し尖っており追撃を与えるような作りになっている。鞘にも花の模様が控え目に彫られている。湊は震える手でその短剣に触れた。感電するのではないかと不安だったのだ。だがそんな事はなかった。ゆっくりと短剣を恐る恐る持ち上げる。と案外軽くその重量も驚き、目を見開いた。
「!軽い!」
「だろう?これはね、重量を軽減することに成功した一品でね。力が低い人用に作られたんだ。重量が軽くても威力は通常の短剣とほぼ同様。護身用にでも実戦にも使える一品さ。どうだい?」
オーナーの説明を受けながら湊は短剣を物色する。鞘から抜き放つと磨きあげられた刃が店内のライトに反射して神々しく輝いた。切れ味は良さそうだ。そしてなにより、湊の中でなにかしっくり来るものがあった。それは自分がアバターとして融合しているからだろうか?わからない、わからないが先程感電した痛みがないことに湊は嬉しく、また実感していた。これが良い。
「これが良いなー」
「わかった。値段は?」
決まった。ツキカゲは袖口からお金を出そうと探る。オーナーは満足そうに嬉しそうに鞘に収まった短剣を見つめる湊に微笑ましそうな笑みを浮かべた。
「それほど喜んでくれるなら選んだ甲斐があったってもんだねぇ」
「はい。ありがとうございます!ツキカゲもありがとう!」
えへへ、と嬉しそうに短剣を胸元に抱き締める湊。そんなに嬉しそうに笑ってくれるとこちらも嬉しくなってしまう。アバターが慣れているためか、違和感があまりない。まぁ、いいか。短剣のお値段はツキカゲの手持ちで全然足りた。どのくらいお金持ってたっけ、と記憶を探ってしまうほどだ。背に腹は代えられないものだが。湊はさっそく買ってもらった短剣を腰に繋いだ。本当は懐とかに入れたいのだが、慣れるまでは外にした。
「毎度ありがとうございました」
爽やかな笑顔で頭を下げるオーナーを背に、ルンルン気分で湊が店内から足を踏み出した。
武器も大事ですね。ツキカゲナイス!