第六十二ゲーム・音の終わり
「良かった。間に合ったようだね」
優しい、けれども何処か妖しさを孕んだ声が喜ぶ湊の耳に響いた。誰だ、なんてのは分かっていた。清光を抱き上げたままゆっくりと顔を上げるとツキカゲの隣にしっかりとした足取りで立つ本物のシンデレラがいた。左目はやはり包帯で痛々しいほど覆われていた。
「アンタ、本物のシンデレラで良いんだよね?また悪魔とかは…」
「はは、ないからどうかご安心を。メアのお陰で意識を取り戻したし。それに、どうして悪魔が私を狙って幻まで見せたのかも分かってるしね」
恐る恐ると云った様子で聞いた龍華の問いにシンデレラは少し男らしい笑いを見せると、そう言った。それに湊達は驚愕し、「え?!」と声をあげた。湊に至っては驚きすぎて立ち上がろうとしたが、色々あって腰を抜かしていたらしく軽く立ち上がりかけてすぐさま座り込んでしまった。ピィアレナがそんな湊を心配そうに見つめるツキカゲに気付き、さりげなく位置を移動させる。ツキカゲはピィアレナの気遣いに照れつつも感謝すると湊の傍らに膝をついた。そして無理はしなくて良いよと両肩を軽く掴んだ。清光が湊の肩に乗せられたツキカゲの手を前足で叩いた。いつもの様子に湊とツキカゲは顔を見合わせて笑い合った。そんな和む光景を横目に龍華とピィアレナはシンデレラに問う。メアはまだ心配らしく、主であるシンデレラと清光を視線が行ったり来たりしている。
「知ってるって、どういうことかしら?」
「そのままの意味。正確に云えば、逃げちゃった悪魔が自分で言っていたんだよね」
ケラケラとその時を思い出してシンデレラが愉快そうに笑う。悪魔が逃亡する際に窓を破壊して行ったため、そこから夜風が入り込み、夜の光を遮断しているカーテンが妖艶に揺れている。夜風と言っても此処では昼間なので、暖かいと言ったら暖かいのだが。シンデレラは窓を一瞥すると説明を始めた。
「私を内側から支配しようとしたんだって。貴殿達には印象深い異端児に見えるようにこっそりと洗脳をかけていたんだよ。確か、手当てされたと言っていたね。多分その時に」
「なんかあるとは思っていたけど、まさか…あの時だったんだ…」
シンデレラの言葉にツキカゲが息を呑む。それは湊達も同じだった。館の使用人がメア以外に居らず、手当てが悪魔だった時点で考えていたことだった。擬人化である龍華とピィアレナが誰よりも不安そうに自分の体に視線を向ける。そうして湊とツキカゲ、清光にも目を向け、彼らは互いの体に異常がないことを確認する。相手を思いやり、信頼し合うその姿にメアは口元を思わず綻ばせた。シンデレラが「安心して」と笑う。
「安心して、体に害はないようだからね。私も一度受けてしまったけれど、何もなかったしね。まぁ、私の場合は左目が原因で身動きさえも奪われたけれども」
「主様?」
「おっと、話がずれたようだね」
さりげなくメアが脱線を伝えるとシンデレラは苦笑した。悪魔が成り代わっていた偽シンデレラがシンデレラと思っていたためか、本物のシンデレラがとても好青年に見えてならない。まぁ、本当にそうなのだろうが。にしても、左目が痛々しくてならない。
「私はナイト領地を納める領主。領主は強い力を持つからね。怪我を負ったのは好都合だったんだよ。それよりも先にそう計画していた可能性もあるけれど。私は、他の領主よりも危険度が高かったみたいだからね」
「それはメアと云う守護霊がいるからかい?」
「んーどうだろうね。悪魔と天使の考えは私にはさっぱりだよ。貴殿達を取り込んで同情させ、私を完全に乗っ取ってしまおうとしていたんだろうね。使用人に暇を出したのはそこまで広範囲の洗脳や幻が使えないからだろうねぇ」
クスクスと愉しそうに笑うシンデレラ。その笑みが何処か妖艶で思わずツキカゲを振り返ってしまった湊と清光は悪くない。…悪くない?まぁ、そんなこんな。シンデレラの説明に湊達はうん、と納得した様子で頷いた。恐らく、異端児に見えたのは湊達が此処は異世界だと知っていたからだろう。
「あ、そういえばメア」
「?はい、なんでしょう?」
「貴女、何処に行っていたのかしら?あの悪魔が偽物だって…そこまで貴女、知らなかったでしょう?」
ピィアレナがそもそもの疑問を投げ掛ければ、メアはニッコリと笑いながら服のポケットからあるものを取り出した。そのあるものを視界に入れた途端、湊とピィアレナが軽く悲鳴をあげた。湊に至っては驚きで立てるようになったらしく、立ち上がり、一緒に立った背後のツキカゲに「無理はしない」と寄りかかるよう促されていた。
「それって…」
ツキカゲが湊を支えながらメアに問う。彼女はその通りだと笑う。コロコロと手元に出したそれを転がして弄びながら言う。
「はい、主様の抉り取られた左目です。眼球自体から取り出されてしまいましたから、もう一度入れる事は不可能なので主様ご自身が保管しておりました。ボクの思う行動をと思いまして」
「そ、そそそれで……?」
ギョロリとした紅碧色の眼球が自分を睨んでいるような錯覚になり、湊は清光を抱き締めたままツキカゲにしがみついた。後々、ツキカゲが照れていたことを知り、自分も「うがー!!」となったらしい。ビニール袋に入った眼球を転がしながら、メアは続ける。
「今日、ボクの回復術でも抉り取られた眼球を治す事はできません。しかし、皆様のお話しからするに左目はあった様子。ですので主様の御部屋に眼球を取りに行ったのです。眼球がなければ、どのようにかして治療法を見つけたと云うことです。しかし、眼球はそこにあった…つまり、偽物と判明したわけですね」
「あー…抉り取られた眼球がなきゃ可笑しいもんね。シンデレラ自身が幻とか使えるのなら言わずもながだけど」
メアの説明に湊が「どう?」とシンデレラに視線を向けると苦笑を返された。使えない、と言うことらしい。じゃなかったら大変複雑になる。湊達が納得した事にメアは安堵すると、シンデレラに向き直り、深々と頭を下げた。再びギョッと驚く女子二人に対し、下げられた本人であるシンデレラは冷静だった。
「誠に申し訳ございませんでした、主様。ボクが気づかなかったばかりに、主様にご迷惑を…辛い思いをさせてしまいました…誠に申し訳ございませんでした」
「…メア」
軽くため息がもれ、メアだけでなく誰もが怒っているのではないかと一瞬体を固くした。だが、湊達はシンデレラのその柔らかい表情に理解した。その証拠のように清光が小さく鳴いた。湊達が戦っている間にも彼に言っていたのだろうが、もう一度言わなくては気がすまなかったのはすぐにわかった。シンデレラは優しくメアの両頬に両手を添えると顔を上げるように促した。メアは抵抗することなく、シンデレラの誘導に従って顔をあげた。後悔と複雑な感情が彼女の顔に広がっていた。そんなメアを見て、シンデレラは優しく笑う。
「さっきも言ったけれど、メアが謝る事じゃないんだからね。私が怪我を負ってしまったのがそもそもの原因なんだから。貴殿が気に病む必要はないんだよ」
「……うぅ…ですがぁ」
少し泣きそうな表情でメアがシンデレラの視線から目を逸らす。シンデレラはクスリと笑い、言う。
「助けてくれて、守ってくれてありがとうメア」
「………はいっ!」
今度こそ、いえ次は、絶対に。そう誓ったメアの瞳から涙が一筋零れ落ちた。「何泣いてるんだい?」と笑いながらシンデレラがメアの涙を指先で拭う。一件落着、である。
「リア充ばくはーつ」
「にゃー」
そんな二人の雰囲気に湊と清光が思わずそう漏らすと、ツキカゲが軽く笑い出し、つられて龍華とピィアレナも笑い出す。そのうち全員が楽しそうに笑っていた。
あれ、よく考えたら三連休がもう終わり、だとっ?!
と云うことで説明会です!




