第六十一ゲーム・鈴の音
ソファーの後ろから身を乗り出し、悪魔が捕らえられた事を確認すると湊はそこから飛び出しながらメアを探して周囲を見渡した。戦闘中は周囲に視線を向けて悪魔に隙を突かれる事を恐れて見ていなかったが、はてさて何処にいるのだろうか?扉が少し開いている事から外に出た可能性もあるのだろうが。湊はメアを探して大声を出した。早く、早く!その一心で、湊の表情が焦燥にかられていく。
「メア!何処にいるの?!捕らえたよ!!」
「はい!ボクは此処でございます!」
湊の叫び声に返事をしながらメアが扉を開けて飛び出して来た。そうして床の上で龍華の呪いに身悶えている悪魔の元へとメイド服のスカートを摘まみながら急いで駆け寄った。湊もピィアレナの隣に滑り込むようにして辿り着いていた。その傍らには龍華が立っている。と扉から入ってきたメアを視線で追っていたツキカゲが彼女の後にもう一人、入ってくるのに気づいた。片目を痛々しいほどに包帯で覆った本物のシンデレラだ。ツキカゲは悪魔を引き離す方も気にはなっていたが、あれだけいるのだから大丈夫だろうと思い、フラフラとしたおぼつかない足取りのシンデレラに手を貸すために歩き始めた。ツキカゲの行動は湊の目にも入っていたが、早く清光を助け出したくて仕方がなかった。悪魔の前に仁王立ちしたメアは悪魔を侮蔑の表情で見下ろした。悪魔はメアに気付き、苦しみの中、ニヤリと嗤った。その笑みが自分の過ちを蒸し返してくるようでなんとも腹立たしい。嗚呼、まだ終わっていないとでも?大丈夫、
「知っていますので」
ベリッ!と皮膚も一緒に剥がれたのではないかと云うほどの音をあげながら、メアは悪魔の顔から仮面を剥ぎ取った。普通であれば、湊達が剥ぎ取っても良かったのだが後遺症の事も考え、手を触れないでいた。美しい碧と翡翠のオッドアイが湊、龍華、ピィアレナ、メアを貫き、ゆっくりと閉ざされた。かと思うとその異様な体は痙攣を始めた。始まった、そう考えるのは無理もない。龍華とピィアレナが悪魔に突き立てていた刃物を我先にと抜き取るとそれを待っていたとでも云うように、痙攣は大きくなる。背中にあった翼がバキバキッと音を立てながらもがれていき、体は小さくなっていく。人間の姿をしていた右側は黒い毛並みに覆われていき、ふわふわとした見覚えのあるものに変わっていく。誰もが固唾を飲んで見守っている中、黒い霧が元に戻りつつある清光から放出された。それは、悪魔であった。清光から抜け出した悪魔は空中で自らの本当の姿を形作ると苦々しげに湊達を見下ろし、翼をはためかせて近くの窓から逃亡した。パリン!と甲高い音が響き、夜の灯りと冷たい風が部屋に入ってくる。しかし、誰もがそんな悪魔の行方など眼中になかった。いや、一人だけ、シンデレラだけが忌々しげに悪魔にまるで刃のような視線を向けていた。
清光の痙攣が止まった。だが、清光が目を開ける事はなかった。なんで?湊の心中に黒いものが渦巻く。間に合わなかった?いや、そんなことは絶対にない!
「っ!取り込まれたことによる生命力減少?!このままでは…死んでしまう!」
「…え…?」
メアの驚愕の声と事実、全員の声が湊の耳元で反響する。何処かで予想があったにも関わらず、脳がその事実を受け入れまいと外部との関わりを遮断する。しかし、全てを理解した途端、湊の中でなにかがプツンと切れた。
「…ウソだ」
「湊ちゃん?」
「ウソだウソだウソだウソだウソだ!!絶対に、ウソだ!!!」
湊がまるで叩きつけるように叫びながら、その瞳から涙を流しながら崩れ落ちた。まさかの事態に力が抜けたようでその体をピィアレナが間一髪で抱え込んだ。足に力が入らず、立つことさえままならない湊の顔を龍華が心配そうに覗き込むとその瞳にはいまだに希望を宿していた。諦めるなんて、ない。嗚呼、なんとも…
大丈夫だと視線でピィアレナに伝えるとホッと胸を撫で下ろしたようだった。湊は目尻に溜まった涙を振り払いながらメアを見上げる。清光は小さな体で懸命に生きようとか細い息を吐いている。メアは家紋が刻まれたアクセサリーを片手で握りしめながら、言う。
「大丈夫です。恩人をみすみす死なせるわけには参りません!…それに…鈴の音ですし(ボソッ」
「え?」
メアの力強い言葉にどれほど頼もしいと感じるだろうか。だが湊は最後のメアの小言を聞き取ってしまった。龍華やピィアレナには聞き取れなかったようだが、湊は小さく首を傾げていた。清光が鈴の音?どういうこと?その言葉は牢屋の時にも聞いた。それは一体…?嗚呼、でも今はこっちが最優先。メアは痛々しく細かく痙攣を繰り返す清光の傍らに座り込むと片手を心臓辺りにかざした。手をかざしたところから仄かな優しくも暖かい光が放たれる。その光は清光を包み込んだ。清光の痙攣が止み、か細い息だったものが穏やかなものへと変わっていく。
「何をしているんだい?」
「ボクの命を分け与えております」
「え!?それじゃあ…貴女が」
「ご心配なく。ボクは守護霊です。命は余るほどありますので…恩人に与えるくらい、どうってことございません!」
龍華とピィアレナがメアの言葉に驚き軽く目を見開いた。湊はなんとなく、いや少し知ってはいたがそう来るとは思わず、彼女も目を見開いていた。ピィアレナの腕の中から出て、メアと同じように清光の傍らに膝をつく。ちょうどその時、ツキカゲに支えられたシンデレラがやって来ていた。清光の息がいつものテンポを取り戻していくにつれて湊の心中も安心感を取り戻していく。メアが手を外した。だが光は清光を包んだままで変化がない。と、メアが立ち上がった次の瞬間、清光を包んでいた光が風となって四散した。突然の風に湊以外の全員が目を瞑ったり、顔を腕で覆ったりする。だが湊は心配で凄まじい風の中、目を開け清光を見ていた。その時、彼女の目に衝撃的なものがうつった。他の人の目には入っていないと言うことは彼らの小さな悲鳴で分かっていた。
「(………え)」
一瞬、清光の小さな体にツキカゲを重ねたのだ。自分で意図的に重ねたのかどうか、自分でも分からなかった。けれども、一瞬にして消えてしまったそれはまさしくツキカゲだった。なんで?嗚呼、何処かで見たことがあるから?驚愕に動きを止める湊。その目の前で清光がゆっくりと瞳を開け、小さく「なぁ」と鳴いた。その声にハッと我に返った湊は恐る恐る、手を清光に伸ばす。清光は恐る恐る伸ばされた手に待ちくたびれた!と言わんばかりにふわふわの毛並みを擦り付け、そうして彼女の胸元に向かって飛び込んだ。慌てて清光を抱き止め、手にあるふわふわの感触に、湊はそれが現実だと知る。
「……清光…?」
「なぁ?」
「なぁに?」そう言うように首を可愛らしく傾げて清光が鳴く。先程、止まったはずの涙が湊の目から溢れ出る。ブワッと出た涙に今度は清光がギョッとする番だった。
「良かったぁああ清光ぉおおお!!!」
「にゃうん!?んにゃぁああ!!」
ギュッ!と抱き締められて清光は一瞬驚いたようだったが、湊の頬を伝う涙でほとんどを理解したようで彼女の涙をペロペロと舐めながら優しく鳴いた。清光でも分かっていた。シンデレラを助けるために自分が犠牲になった。「ごめんね」と「ありがと」と二つの言葉を告げる清光と清光が帰って来た事に喜びながらも抱き締める湊。湊は自分達の回りにいるツキカゲ達があげる喜びの声を横目に聞いていた。湊の脳内から、あれは喜びに紛れて消えて行った。
進みますよー
次回は来週です!




