第五ゲーム・その土地、何処?
はた、と湊は目を開けた。自分の頭上に広がるのは清々しいほどの青空。逆にそれがイラッとする。湊は勢いをつけて起き上がると辺りを見渡した。恐らく、みぃちゃんによって此処に転移されたのだろう。生い茂る木々。此処は何処だろう、と湊は辺りを見渡す。と、自分をしゃがんだ状態で膝の上に頬杖をついて見ているツキカゲと目があった。最初の時のように驚いて後ずさったりは、もうしない。
「ツキカゲ、此処、何処だか分かる?」
「冷静だねマスター」
「あれ?冷静だと思った?残念、ホントはテンションヤバいですぅううう!」
ヤッホーイ!と叫ぶようにして、ジャンプしながら立ち上がるとツキカゲがクスクスと楽しそうに笑った。それに少し恥ずかしくなった湊は「テヘ」と舌をペロリと出した。両膝のゴミを払ってツキカゲが立ち上がった。
「さて、マスター、此処は何処でしょうか?」
両腕を広げてからかうように言うツキカゲ。湊はうむ、と考え込んで辺りをもう一度見渡す。神様が巡れと云うくらいだ。それにツキカゲがみぃちゃんに言った言葉からもなんとなくこの世界がなんであるかは予想できる。だが。湊は自分の手を見下ろし、ゆっくりと手を握り締め、開いた。なにか違和感がある。それは自分がアバターと完全に融合してしまったから生じた、あり得ない現象なのか。はたまた後遺症と云うものなのだろうか。わからない、わからないけれども湊はなにか違和感を感じていた。グニャリとそれによって顔が歪む。だがツキカゲは答えを云うこともなく、彼女の顔を覗き込むだけである。
「わかんない?」
「うん、まぁ。ツキカゲは分かるの?」
考えていたってしょうがない。素直に答えるとツキカゲは何処か納得した様子で頷くと、再び両腕を広げ、クルクルと回った後、言った。
「マスターが大好きな世界だよ!」
「!乱魂の世界…?本当に?夢みt…嗚呼もうツキカゲに会えてる時点で夢じゃなかったわ!」
うわーうわー!と嬉しそうに頬を染めながら湊が嬉しさのあまりジャンプを繰り返す。それでも湊の心中の何処かにはやはり違和感が蔓延っていて。何処か素直に大喜びできないでいた。それに気づいたツキカゲが両肩を竦めた。スッと真剣な瞳で湊がツキカゲを見据えた。同じ碧の瞳にドキリとする。彼女は、画面の奥でこんなにも真剣な、凛々しい表情をしていただろうか。動けても、見えなかった自分には到底わからない。
「ツキカゲ、此処は本物じゃないね。何処なの?」
「行けば分かるんじゃないかな?ねぇそうでしょ?マスター。これは、冒険だよ。僕と一緒に行く冒険物語」
湊の質問をはぐらかし、ツキカゲは彼女の手を握り、歩き始めた。湊はなにか言いたそうに顔をしかめていたが、諦めたのか笑いながらツキカゲに着いて行った。君だから、きっと大丈夫。そんな自信が湊の中にあった。周りが木々だったことからだいたいは予想してはいたが、やはり此処は森の中のようだ。〈乱殲ノ闘魂〉でもチュートリアル後最初の戦闘場所は森の中だったが、まさかそこまで正確にあの神様がやっているとは思えない。ただ単に偶然だろうと湊は思いながらツキカゲと並んだ。二人一緒に仲良く手を繋いで歩く。はたから見れば恋人に見えるんじゃないかな、と湊は恥ずかしいながらも嬉しくなって小さく笑った。大好きな、愛しているとでも言える推しであり嫁と実際に、本物と手を繋いでいるのだ。嬉しくないはずがない。と、その時、森の奥で何かが瞬いた。それに声をあげるとツキカゲが彼女を振り返った。
「マスター?」
「今、なにか光った」
湊の言葉にツキカゲが森の奥に目を凝らす。なにも見えなかったのか、彼女を振り返ろうとして、湊の視界の端に再びなにかが瞬いた。それはツキカゲにも見えたらしく、二人は顔を見合せると頷き合い、一歩、また一歩と大きく歩き出し、最終的には走ってその光に向かって手を伸ばした。ガサッと木々を払い除けながら出たのは何処かへと続く道だった。はぁ、と体力があまりない湊が肩を大きく上下させる。
「!マスター!見て!」
その時、ツキカゲが何かを見つけ、声をあげた。彼が指差した方向にあったのは仄かな暖かい光を放つ街だった。あの街は、見た事がある。〈乱殲ノ闘魂〉の中盤に出てくる街の一つである。仄かな黄色い光はだんだんとオレンジ色に染まっていく空と美しく調和し、優しく二人やその街へ向かう人々を包み込む。
「ツキカゲ、あそこに行ってみよう。話はそれから。お金持ってるでしょ?」
悪戯っ子の表情で彼を振り返れば、「なんでわかったの」と言いたげなきょとんとした表情のツキカゲがいた。悪戯が成功して喜ぶように湊はクスクスと笑いながら、歩き出した。手を繋いでいるため、ツキカゲも歩き出す事になる。ツキカゲの疑問の視線を背中に受けながら、湊は仕返しのように彼を顔だけで振り返り、言った。
「信頼してるからに決まってるでしょ!」
沈み始めた太陽が湊の後ろで神々しく輝いていた。
湊はゲームに関してはとても鋭いのです。うん。