第四ゲーム・チュートリアル(3)
湊が突き上げた拳にみぃちゃんはさも満足そうにパーカーを揺らした。なんの動物かわからないのは、湊と青年の視界が微妙に暗いせいかもしれないし、何故かみぃちゃんが正確に見えないようにと細かくも黒い粒子が両者の間に舞っているせいかもしれない。どっちにしろ、原因は両者である。青年はいまだに空に片手を添えていたが、湊の決意が固まった表情に嬉しそうに笑った。
「ツキカゲがいるって事は、その中に乱魂が混ざってるって受け取っても良いんだね?」
「どうかにゃ~?」
ニヤリとしめた、と云うように口角を上げて笑う湊にみぃちゃんは首を傾げてほうけてみせる。それに湊の心中は浮き足立った。そして、青年を振り返った。いまだに繋いでいた手がなんとも心強くて、本物だと教えて来て、頬が我知らず染まった。青年はニッコリと儚げに笑いながら湊を振り返る。その笑みは何処か不安げだった。それを吹き飛ばすように湊は笑いかける。
「マスター、本当に良いの?」
「ツキカゲだから、大丈夫って感じるの!私が君を選んだ事、後悔させたことないだろ?」
嗚呼、だから。一目惚れだった。ゲーム初見で好きになった。相棒として選んでからは、もっと好きになった。現実世界にいたらどんなに心強いかと混合してしまうこともあった。ストーリーを進めて行くにつれてドンドン好きになる、頼りになるツキカゲを駄目だって云う理由が何処にあるっての?
青年は、ツキカゲは心底嬉しそうに笑った。空に添えていた片手をツキカゲはゆっくりとおろした。
ツキカゲは金髪のショートヘアーで両のもみあげの髪が少しだけ長く、碧の瞳。首には月をモチーフにしたチョーカー。黒のハイネックタンクトップー首元まで隠れるーを着、紺色の着物をはだけて着ている。下は同じく紺色の短いズボンで着物の裾にギリギリで隠れるくらいの長さであるー膝上くらいー。靴は踵が高い黒のニーハイブーツ。
ツキカゲはニッコリと笑って嬉しそうに湊の手を両手で包み、持ち上げた。突然のことに湊は面食らっていると彼はその手に軽く口付けを落とした。彼の忠誠心を表す仕草だと、湊はすぐに気づいた。ゲーム内でも、相棒に選んだ際、一番初めに流れた挿し絵がこれだった。
「マスターの期待に答えてみせるね」
ツキカゲは湊が大好きでハマったスマホゲーム〈乱殲ノ闘魂〉のチュートリアルで選択出来る十人のうちの一人である。この一人は一生涯変更できない相棒となり、相棒ごとにストーリーが異なっている。もし違うキャラクターを相棒として進めたいならばもうひとつダウンロードするか、データを消さなければならない。〈乱殲ノ闘魂〉、通称・乱魂は異空間に突如現れた「異変」と呼ばれる魔物を倒すロールプレイングゲームである。プレイヤーは「闘魂」と呼ばれる、「異変」によって体を失い魂だけとなってしまった体無き戦人の魂を顕現し、新たな体を得た彼らを指揮し、魔物全滅を目指す。プレイヤーは指揮することから将軍と呼ばれる。簡単に説明すれば、こんなもんである。
湊は乙女のように頬を染める。そしてその片手を繋いだままみぃちゃんを振り返った。みぃちゃんに表情は見えなかったが、何故かイラついていることだけははっきりと見て取れた。けれどみぃちゃんはそれを知られぬよう、見える口元だけにニコニコと張り付けたような笑みを浮かべている。
「良いね良いね~じゃあ、決まったところで送るからにゃー!」
「待って!」
指を鳴らそうとしたみぃちゃんを湊が止める。それにみぃちゃんは明らかに不機嫌そうに口元を歪めたが湊は構わず進める。
「ツキカゲがいるって事は、魔物とかモンスター、ゲームで云う敵キャラがいるって事?」
「…そうだにゃー!まぁそこんとこは、行ってからのお・た・の・し・み♪じゃ、いってらっしゃーい!」
「あ、まだあったんだけどぉおおおおおおおおお!!!!」
湊が云うのも聞かずにみぃちゃんはパチンと指を鳴らした。その瞬間、二人を凄まじい量の粒子が包み込んだ。湊の声は粒子に掻き消されてしまった。そして、粒子が消えるとそこにはなにも残っていなかった。そのなにもない場所をニヤニヤとした瞳で眺めながらみぃちゃんと云う自称神様は言う。
「ふふ、ははは。ちゃんとやってよ?じゃないと、目的が達成できないんだから…アハハハ!!!」
無機質な、神様の声が空しく響き渡っていた。
今日はここまで!一応、本来の投稿日は明日なので明日も投稿します!