第三十九ゲーム・黒猫?の憂鬱Ⅱ
「な"あ"あ"あ"あ"あ"ん"」
「清光、我慢我慢!」
「頑張ってー」
昼過ぎの燦々と照りつける暑い日差し。その日差しを受けて、水しぶきがキラキラと宝石のように輝く。宿屋の外には規模は小さいが庭園があり、木々の木陰で昼寝を楽しむ人がちらほら見える。そんな庭園を囲むように様々な建物が建ち並び、人々を活気づけている。此処は何処かの街中のようで、他よりも自然が多いことが自慢だとオーナーの奥さんが鼻高々に話していた。昼過ぎでも近くの商店街は賑わっており、お昼ご飯客を狙っているのであろう食べ物の匂いが鼻腔を擽り、思わずお腹が悲鳴をあげる。これが終わったらお昼ご飯かな、と脳の片隅で考えながら湊はずり落ちて来た長い裾を捲った。湊は振袖を紐で括り、落ちないようにしてはいるが、動くためただの気休めにしかならない。裾に水と泡が跳ねた。その前には灰色の泡に包まれた大きな獣になった清光がおり、湊の反対側にはホースを持ったピィアレナが楽しそうに笑っている。清光はオッドアイをギュッと閉じながら、終了を今か今かと待ちわびている。だが、まだ泡立てたばかりだ。これから丁寧に体を洗って水を流さなければならないため、まだまだ清光の辛抱の旅は続く。
「清光、もう少し目閉じててね」
「な"あ"ん"」
「ご機嫌斜めね、清光…清光くん?ちゃん?」
「んー…性別わかんないんだよね。私とツキカゲと同じ目の色してたから、それ関係で名付けたからさー」
湊の答えにピィアレナは納得した様子で清光の泡立った毛並みに片手を突っ込んだ。そして湊と共にワシャワシャと泡立てた清光を洗いにかかる。泡立っているため、二人が毛並みを洗うたびに泡がモコモコと増えていく。懸命に働く熱意の結晶とでも云うように彼女達の頬に灰色の泡がくっつく。泡がついたので倍以上になったふわふわ尻尾をピンッと伸ばしながら清光は我慢を続ける。そんな二人と一匹を見守るように近くの木陰になった場所にはツキカゲと龍華が座っていた。龍華は少し眠いのか、寝転がっており、ツキカゲは両手を後方についてリラックスした態勢である。
「ん~暇だね」
「暇なのは、良いことだと思うけれど?」
「ふふ、まぁそうだけどね」
クスリと笑ったツキカゲを見上げる龍華。清光のお風呂ー洗っているともいうーは女子陣の仕事となっているため男子陣二人は蚊帳の外状態であり、暇である。と、ツキカゲは前回の異世界での出来事を思い出し、この機会だしと思い、問いかけた。
「そういえばさ龍華。君達は、武器にもなれるの?」
龍華の太もも辺りでカタカタと音を鳴らす脇差に視線を向けながらツキカゲが問った。擬人化、であるくらいなのだから武器にもなれるのだろうが、そこら辺、ツキカゲには疑問だった。龍華は寝転がった態勢のまま、片手で脇差の柄をデコピンで軽く弾くと質問に答えた。
「オレたちは主人のメイン武器としても使用されていたからね、戻る…事は出来る。オレは呪いのせいか簡単に出来るようだがね」
「って事は、ピィアレナとか他の成仏…?してからの子達は簡単にはできないの?」
「嗚呼。なにかしら条件があったり、体力が減少したりするんだ。ピィアレナも体力減少だったと思うけど。ま、そんな簡単には出来ないんだよ。擬人化した代償さ。ピィアレナは人の姿と武器とで、オレは武器として主人の役に立っていたから」
なるほど、そういうものなのか。ツキカゲは軽く感嘆の声を漏らしながら納得する。と、いうことはあの時、橘の攻撃を見切れたのも龍華の言う通り、武器としての彼の力なのだろう。うんうんと返答を口の中で咀嚼しながら理解を深めていくツキカゲ。すると今度は龍華が質問があったらしく、一度口を開きかけて何を思ったか閉じるとその出したかった問いを噛み砕いた。ツキカゲには気づかれていないようだ。それに胸を撫で下ろしつつ、別の質問を投げ掛ける。
「アンタの武器、あれって不思議だよね」
「嗚呼、『黄金の剣』の事?あれは僕の固有スキル〈月読の剣〉で召喚されるんだ」
「へぇ」
ツキカゲの答えに龍華は興味深そうに瞳を細めた。まるでなにかを見透かされているような妙な感覚に陥る。とその時、突然、龍華が勢いよく立ち上がると木の根元まで後ずさった。なんだろう?とツキカゲが龍華を見送っていると突然、背後から冷たい水が襲ってきた。ほぼ頭から来たと云っても過言ではない。
「あ、清光!ちゃんと泡洗い落とさないとダメでしょ!避けちゃダメ!」
「にゃあん!にゃっ!」
ずぶ濡れになったツキカゲがゆっくりと振り返ると泡を流そうと泡だらけの清光と対峙するピィアレナがいた。ピィアレナの持つホースからは水が流れ出ている。どうやら清光が泡を流すためにかけられた水をかわし、その影響で背後にいたツキカゲに被害がやってきたようだ。シトシトと水滴が髪から滴り落ちる。その姿は妖艶と言ったら妖艶なのだが、ツキカゲの表情が読めない分、少し怖い。湊が「大丈夫!?」とツキカゲに駆け寄ってきた。ツキカゲの肩に手を置こうとして、慌てて引っ込めた。彼から怒りが陽炎のように漂っているのを感じ取ったからだ。後退るよりも早く、龍華がいるところまで跳躍する湊。避難だ。避難しかない。湊が避難したのを見たからなのか、ツキカゲがにっこりと瞳は笑っていない笑みを泡だらけでなんの威厳もない獣の清光に向ける。ピィアレナがニヤァと笑うのに対し、殺気と云うか怒りに気づいた清光がビクン!と体を震わせ、ゆっくりと振り返った。そこにいたのは、怒りに身を震わせたツキカゲだった。
「せぇーこぉー?」
「に、にゃああ、んなぁあ!」
泡をつけたまま言い訳を連ねる清光。清光はツキカゲにごめんなさい!と何度も頭を下げて謝るが、その表情は笑みで固定されている。水浸しになったツキカゲがピィアレナのもとへと歩み寄るとホースを受け取り、たじろいでいた清光に容赦なくぶっかけた。
「なん!」
「僕に偶然とは云え、君が被るべきものだったんだからちゃんと受けてよね!じゃないと…ね?」
妖しくも妖艶なその笑みに湊がボンッと顔を赤くしたのは、龍華しか知らない。清光はツキカゲに水をかけてしまった事を詫びるように黙ったまま、我慢し続けた。その間、泡を落とすために清光の毛並みに手を突っ込むピィアレナ。
「ありがとツキカゲ。水かけちゃってごめんなさい」
「ふふ、大丈夫。ねぇ清光」
「うわぁお、怒ってるでツキカゲが」
「あらら、だね」
湊が頬の尋常ではなかった熱が引くのを暫し待って、龍華に預けていたブラシを受け取り、泡洗いに参戦した。泡を落とされ、ツキカゲと同じようにびしょ濡れになった清光に近づくと小さくなるよう指示。そして仮猫となった清光をタオルで拭き、ブラシをかけた。獣状態でもやろうと大きめのを借りたので清光がブラシに体を擦り付けているようにも見える。黒い毛並みがピカピカになった。けれどもまだ少々濡れている。湊が「良いよ!」と清光に言うとツキカゲに向かって歩き出した。怒りが収まったツキカゲがどうしようかと、とりあえずの処置として裾から水を搾り出していた。
「……なぁん。なん」
「………」
洗われたばかりで綺麗な体を地面につけぬようごめんなさいと頭を下げる清光。ツキカゲは暫し無言でそれに応じる。その無言に耐えきれず、湊がそちらへ行こうとした時、ツキカゲが軽く笑いながら清光の頭を撫でた。清光が一瞬呆けたように顔を上げた。そんな間抜け顔を撫でくり回しながらツキカゲが云う。
「我慢したから良いよ。許す」
「!なぁん!」
「おっと」
許されて嬉しいのか、清光がツキカゲに飛び付いた。けれど、濡れているためまた濡らす訳にはいかないとツキカゲが立ち上がった。清光はそうだった、と尻尾をしょんぼりと下げた。ツキカゲはどうしようかと同じ男子である龍華に救いの目を向ける。
「このままだと風邪引いちゃうねツキカゲ」
「うん。でも、替わりないし…」
「それなら、買ってくるよ」
「「え」」
龍華が軽く片手をあげながら言った。その提案に驚いたようだったが、湊とピィアレナがタイミング良く「「良い!」」と両手を叩いた。木陰から出て、日光に眩しそうに目を細めながら云う。
「オレならだいだいのサイズ分かるし。ちょっと失礼」
龍華がそう言いながらツキカゲに抱きついた。はたから見たら抱きついているようにしか見えないのだろうが、龍華に至っては真剣にサイズを測っているだけである。サイズがわかったのか、困惑したように両腕を上げていたツキカゲから離れると小さく宛があるのか頷いた。行き場を失ったツキカゲの手を湊がゆっくりと下ろす。
「龍華、わかったの?凄いね!」
「嗚呼、まぁだいだいだし。乾くまでの替わりだからね。ツキカゲ、お金」
「え、あ、はい」
「ついでにお昼ご飯!持ち帰り出来る物にして!」
龍華に催促されてツキカゲは濡れている袖口からお金が入った小袋を取り出した。あまり濡れていないようで硬貨の重さでズッスリとしている。此処で通じるかはわからないが一応で催促された彼の手に置く。その重さに龍華は軽く目を見開いていた。湊は濡れたツキカゲの手を優しく取り、そして離した。その手中にツキカゲが、清光がしているアクセサリーを滑り込ませていたのは知っている。というか、水も滴る良い男状態なので直視したら顔が真っ赤になってしまいそうなのである。てか絶対なる!俯いた状態の湊の心情に気づいたツキカゲがニヤァと笑った。
「昼食もだなんて…一人はキツイじゃないか。主人も来てよ」
「えー私もー?まぁ良いけどさ!清光も行くよね?」
「なぁん!」
清光がピョン、と湊の肩に飛び乗りゴロゴロと喉をご機嫌に鳴らした。これでだいたいの行動の目処がついた。
「じゃあ、ツキカゲ、あたし達は部屋に戻りましょ。貴方は一度シャワーを浴びた方が良いわね」
「わかった。龍華、マスターの事お願い」
「嗚呼、任せて。あと洋服で良いよね?」
「……出来れば和服が」
「わかった。主人に見立てを頼む」
「あんまり期待はしないでね…?」
龍華の期待してると云う視線に湊は苦笑を漏らした。ツキカゲは濡れた髪を掻き上げ、こちらを見ない湊の頬を両手で包むようにして自分の方を向かせた。
「頼むねマスター」
「っ…あ…」
にっこりと良い笑顔で云われ、湊の顔が林檎のように真っ赤に染まった。ツキカゲが前髪を上げてて水滴が落ちてて!
「……眼福です…」
直視出来るかぁあ!!イケメンモードのツキカゲを見て、湊が倒れそうになったのは言うまでもない。
番外編に入った理由としては、物語の関係上何処で語れば良いか分からないものがあった+入れたかった、からです!次回はまた来週です!冬ですね!




