丈取り物語 [たけとりものがたり]
「知ってるか?
最近、この辺で不審者が出るんだってさ」
寺院山河、略してじいさんが声をかけてきた。
「ダメだぞ、じいさん。
近所の人に迷惑かけちゃあ」
「俺じゃねぇよ。
あとじいさんって呼ぶな」
そんなくだらない話をしながら登校していると、輝夜姫乃が校門前で突っ立っていた。
「どうした輝夜?」
じいさんが声をかける。
すげぇな。
この地区で一番可愛いって評判の美少女に、平然と声をかけられるじいさんを尊敬した。今の一瞬だけだが。
「帝くんを待っていたんだ」
「俺を?」
学校では、俺に話しかける女子なんていない。
もちろん輝夜も例外ではないはず。
美人局か?
妖怪の仕業か?
「うん。相談があるんだ」
「俺じゃないのか?
帝より、俺の方が役に立つよ」
じいさんがアピールしだす。
「うーん。寺院くんは、ちょっと席を外してくれないかな?」
「ああ、そう。わかったよ。
……帝なんて呪われちまえ。
夜道には気をつけろよ」
じいさんは走り去った。
相変わらずバカな奴だ。
「そ、それで俺に相談って?」
くそ、最初の声が裏返った。
「そんなに緊張しないで。
同級生よ、私」
彼女はクスクスと俺を笑った。
顔が熱くなる。
学校で一番かわいい美少女と、平然と話せるコミュ力があれば、もう少し女子と仲が良いはずだ。
「昨日ね、変なおじさんに声をかけられたんだ」
「それは、警察に相談した方がいいよ」
俺に相談されても。
「ええっと、そうじゃなくて。
なんというか、すごく変なおじさんだったの」
「なおさら、警察に行くべきだと思うよ」
「…………」
輝夜が黙りこんだ。
俺も黙った方が良さそうだ。
「帝くんって、オカルトに詳しいんだよね?」
一度咳払いをした後、輝夜が切り出す。
「う、うん」
出た、こういうイジメか。
だいたい、こういうのは小学校でフルコース味わった。
まさかここでもそう来るとは思わなかったが。
「ちょっとオカルトっぽい話なんだけど、信じてくれるかな?」
あれ、真面目なトーンだ。
そうか。
彼女をよく見ると、わずかに暗い影が見える。
呪われているみたいだ。
妖怪の仕業だな。
「詳しい話を聞かせて?
少しは力になれると思うよ」
「うん、あのね。
昨日、竹々公園の近くを通ったら、すごく大きなおじさんが声をかけてきたの。
たぶん、2メートルは軽く超えてると思う」
「うん」
「それでね、おじさんが聞いてきたんだ。
『ここの竹を取っていいかな?』って」
「逃げなかったの、輝夜さんは?」
聞くだけで危なそうなおじさんだ。
まあおそらく、逃げようとしても無駄だったとは思うけど。
「うん、なんか逃げる気が出なかったんだよね。
それで、
『ダメだと思います』って答えたんだ。
だって公園の竹をとったらダメでしょ?」
「そうだね。
それで、そのおじさんは?」
「『そっか、じゃあ代わりに、君の丈をもらおうかな』って言ってきたんだ。
だから
『私は竹なんて持ってないですよ』って答えたら、
『じゃあ、その立派な丈はもらってもいくよ。持っていることに気がつかないなら、無くなっても大丈夫だろう』っておじさんが言うの」
「それでそのおじさんは、どうした?」
「それが、ここからなんだよ、オカルトっぽいのは。
どういう意味だろうと思って、聞き返そうとすると、風がバアって吹いて、消えちゃったんだ。
変な話でしょ?」
ああ、妖怪に呪われたんだな。確実に。
「輝夜さん、身長何センチ?」
「えっ、それは、170センチだよ」
「えっ、俺より大きいのに?」
俺は175センチだったはずだ。
彼女は180センチはくらいあると思っていたけど。
「あのさ、女性に体のことを言うのはだめ。
これは覚えておいた方がいいよ。
いつか死んじゃうから、社会的に」
輝夜の目が笑っていない。
かなり怖い。
「う、うん。気をつける。
俺に教えたくないなら、ちょっと保健室か何かで測った方がいいよ」
「どうして?」
「もし俺の予想が正しければ、縮んでると思うから」
輝夜とは下駄箱で別れて、教室に入ると、じいさんが俺に掴みかかってきた。
「何、どうした?」
「テメェ、輝夜と何を話したんだ?」
場合によってはタダじゃおかねえ、と目が言ってる。
「ああ、なんか妖怪に襲われたって相談されただけだよ」
「それは、大丈夫なのか?」
「さあ?
一応名刺は渡しておいたよ」
「お前、俺の時みたいにギリギリまで助けない、なんてのはやめろよ」
じいさんはバカだな。
俺はギリギリまで助けないってわけじゃない。
依頼がなければ助けないだけだ。
「依頼があれば、すぐにでも助けるよ」
「そういうとこだよ、そういうとこが、女子に嫌われるんだ」
何言ってんだ、こいつ。
「ビジネスとプライベートを混同する奴のほうが、女子に嫌われるだろ。
これだから、社会を知らない奴は……」
これ見よがしにため息をつく。
「とにかく、輝夜を怖がらせるなよ」
じいさんはようやく、俺の襟を離した。
野蛮な奴だな。こういう奴こそが、モテないはず。
「あっ、いた」
輝夜の声がした。
「帝くんの言う通り、1センチ縮んでた。
いやぁ、いい妖怪っているんだねぇ」
輝夜は何を言ってるんだろう。
腐敗と発酵のように、妖怪の善悪なんて、人の捉え方次第だ。
「いやいや、輝夜、妖怪はやばい奴なんだって。
本当に気をつけた方がいいぞ」
じいさんが、輝夜に注意する。
「大丈夫だよ。
というか、寺院くんに話したの?」
ちょっと責めるように、輝夜が俺を見る。
女子に睨まれるのは怖い。
「ごめんなさい」
「2人の秘密にして欲しかったのに。
おしゃべりだなぁ」
「とにかく、何かあればすぐにこいつに電話しろよ。
お金がなければ貸してやるから」
「えっ、じいさん、何言ってんの?
女の子に、お金を、貸そうとしてる、の?
へぇ、そういう人だったんだ」
じいさんに、優しく注意してやる。
女の子にお金を貸すなんて、セコイことを言う奴だ。
そこはどんとあげればモテるのに。
「えっ?」
輝夜が軽蔑の目で、じいさんを見ている。
「お前にだけは言われたくない」
輝夜とそんなやりとりをしたのが、6日前だ。
女子と会話した日は覚えている。
女子と話すことの少ない、悲しい習性だ。
朝登校すると、またしても校門で輝夜が待っていた。
輝夜は俺よりちょっと大きいくらいまで、縮んでいる。
「あのさ、ちょっと不安なんだけど、このまま消えちゃうってことはないよね?」
「うーん、大体一日で1センチくらい縮んでるのかな?
あと175日くらいで、跡形もなく消えると思うから、手を打ったほうがいいよ」
「そんな、嘘だよね?」
「嘘なんかつかないよ」
ショックを受けているみたいだ。
ああそうか。
せっかく気にしてた身長が縮んだのに、それが戻らないか心配なのかな。
「もし妖怪をどうにかしても、食われた身長は戻らないから、安心して」
「もし、これ以上食べられたら……」
「逆、かぐや姫だね」
小粋なジョークがモテるコツだ。
「お願い、助けて帝くん」
「うん、じゃあ料金は見積もり価格だけど、10万円ね」
「えっ?」
「『えっ』て、えっ?」
「お金、とるの?」
「え、タダ働きしろと?」
微妙な空気が流れた。
一体どうしたんだろう、輝夜は。
無料で命をかけてくれる奴がいないだろう。
もしかして、輝夜にはいるのか。
美少女ってすごいな。
それとも、金額の問題だろうか。
そうか、親に相談してないのかも。
ビジネスを知らないんだな。
ならしょうがない。
「親に相談すれば、すぐ払ってくれるよ。
なんなら、俺が説得しようか?」
俺が親切心で声をかけると、輝夜は後ずさった。
「怖がらせるんじゃねぇよ」
後ろから現れたじいさんが、俺を引っ叩こうとしてきた。
それをスッと避ける。
「怖がらせてなんていないけど……」
「お前自身が普通に怖いんだよ」
「何言ってんのさ。出るタイミングを見計らって、ずっと物陰に隠れてた、じいさんの方が怖いよ」
輝夜が一歩、じいさんから離れた。
「ち、違うから。
こいつが輝夜を怖がらせないように、見張ってただけだから「ストーカーのようにね」やめろ」
「で、どうする?
現金一括払いしか受け付けないんだけど……」
「あのさ、俺が払うよ」
じいさんが輝夜に申し出た。
「ほ、本当?」
「へえ、それで輝夜さんになにするつもり?」
「違うから‼︎」
「お金はどうにかするから、寺院くんは気にしないで」
じいさんの申し出を断った輝夜は、俺に向き直った。
「助けてください。お金は払います」
「うん、じゃあお金はどこで支払ってくれるかな?」
「放課後、家に来てください」
「じゃ、放課後ね」
放課後になり、輝夜の家へ一緒に向かった。じいさんと。
やっぱりこいつ、ストーカーの素質がある。
輝夜に聞いた先は、俺の実家と同じくらい広い家だった。
「いやあ、広い家だな。
お前の家と同じくらいか」
「これだけ広ければ安心だな。
10万円くらいなら、簡単に用意してくれるだろう」
「あの、なんで寺院くんがいるの?」
輝夜がじとっとした目で見ている。
やっぱりストーカーは怖いよな。
「勝手についてきたんだ。
ストーカーだからね」
じいさんは、家の大きさに圧倒されているみたいで、ストーカーを否定しなかった。
「そう、なんだ。
……これ、10万円ね」
輝夜が10万円を差し出してきた。
確認したが、全部本物だった。
「うん、たしかに。
こちら領収書です。
じゃあ、丈取りおじさんを呼びますか」
「「丈取りおじさん?」」
じいさんと輝夜がハモった。
「妖怪の暫定的な名前だよ」
「ネーミングセンス、あるのかないのか」
「無いな、たぶん」
ごちゃごちゃ言っているのを無視して、話を進める。
「さて、呼び出すから、結界を作るよ。
絶対に、結界の中に入らないでね」
さっくりと妖怪は倒した。
これは輝夜が惚れるパターンだろう。
そう思って輝夜をみると、完全に引いていた。
俺が近づくと顔を赤くして、バッと離れる。
なぜだ。
そうか、輝夜は特殊な性癖を持っているのか。
「くそ、こいつ戦ってる姿が無駄にカッコいいとか、マジふざけるな。
呪ってやる」
じいさんが走り去って行った。
あいつはバカだな。
俺に呪いは聞かないことなんて知ってるだろう。
あいつなりの慰めかもしれない。
あいつはストーカーだが、友達としてはいい奴だな。
さて、俺も帰るか。
「それじゃ、輝夜さん。
俺も帰るね」
「ちょっと待って、お茶くらい飲んでいって」
特殊性癖に気づいたことがバレたか。
一服盛られるかもしれない。
面倒ごとは避けるに限る。
「お気になさらず。
俺は帰るよ。
輝夜さんの特殊性癖については口をつぐむから、安心して」
そう言ってさっさと門へと急ぐ。
輝夜が俺の腕をつかもうとしていたが、妖怪のスピードほどではない。
俺なら余裕でかわせる。
バイバイと手を振って家に帰った。
この小説を読んでいただき、ありがとうございました。
面白いと思っていただけたなら、
評価や評価や感想等をお願いします。
一応、シリーズ化していますので、
ほかの短編もお楽しみいただけたら幸いです。
また連載小説も書いていますので、
そちらの方も合わせてよろしくお願いします